第26話 旅行の終わり

 翌朝、日の出前。私はジーンを引き連れて共同温泉へと向かっていた。宿にも温泉が付いているが、ここでなければダメなのだ。アレが見られるのは共同温泉だけなのである。

「あのさ、男女別風呂?」

 ジーンが聞いて来る。

「もちろん。混浴なら共有出来たんだけどね」

 私がそういうとジーンはえーっと声を上げた。昔は混浴だったらしいのだが、様々な問題行為が多発したため男女別になったとか。

 まあ、ともあれアレをジーンと共有出来ないのは寂しいところだが、そもそも見られるか分からない。今日帰る私たちにはチャンスは1度しかないのだ。

 共同温泉の入り口でジーンと別れ、私は脱衣所で服を脱ぐのももどかしく温泉に向かった。

 すると、すでに大勢の人たちが湯に浸かりながらその時を待っていた。もう少しで日の出。見られるかどうかは運次第。さてどうなるか……。

 しばらく湯に浸かっていると、やがて空が白み始めた。いよいよである。真っ赤な朝日が昇り、真っ白な雲海が眼前に広がった。よし、見られた。周囲からどよめきが起こる。

 まるで雲の上に浮かぶ温泉である。これが通称天界の湯と呼ばれる所以で、ここの名物だ。毎回見られるわけではない。むしろ、見られる方が希という一大スペクタクルである。

「アリシア、見てる!?」

 男湯と女湯を隔てる壁の向こうから、ジーンの声が聞こえてきた。

「もちろん見てるわよ」

 私も壁越しに返す。

「なんか凄い物見ちゃった。なんなのこれ!?」

 ジーンの声は興奮して上ずっている。

「ラッキーだったわね。きっと良いことあるわよ」

 私はそう言って、肩まで湯に浸かったのだった。


 10日間の旅行を終え、私たちは港にいた。護衛の駆逐艦は先に出航し、辺りに目を光らせている。あとは私たちだけだ。

 荷物の積み込みが終わると、国王と王妃が先にタラップを昇り、続けて私たちが昇る。

 もしかしたら、もう帰ってこないかもしれない。そんな思いがちらりと脳裏を過ぎる。

 タラップが切り離され、船がゆっくりと岸壁を離れて行く。誰も見送りが無いのは寂しいが、とーさんもあれで忙しい身である。

「面白かった。久々に楽しかったよ」

 ジーンが隣で呟くように言った。

「私も久々に田舎を満喫したわ。帰ったら都会かぁ」

 思わずそう呟いた時だった。ボロ馬車に乗ったとーさんが、素晴らしい勢いで桟橋に駆け込んできた。

「またなー、いつでも来いよ!!」

 とーさんが叫ぶ。

 ……だからそれ、嫁いだ娘に言う言葉じゃないって。

 船の汽笛が鳴る。長声1発短声2発。世界共通の敬意を示す合図だ。船は桟橋からどんどん離れて行き、やがて港の中を航行し始めた。

 私は船の後部甲板から自分の故郷が見えなくなるまで、ただ無言で立っていた。この時は不思議とジーンも沈黙していたのだった。

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