第23話 王家の嗜み

 翌朝、私は快適に目を覚ました。体調は戻ったようだ。まだ寝ているジーンを置いて、私は城の中庭に向かった。ここなら怒られないだろう。

「今日は温泉か」

 特に何もなくていちいち述べていない日もあるのだが、今日は新婚旅行9日目。温泉に移動して一泊、そして帰りである。

「長かったような短かったような……まあ、息抜き出来たかな」

 時刻はちょうど夜明け頃。まだ誰も城の者は起きていない。私はその辺も十分熟知している。

 とーさんは宵っぱりの寝坊すけだし、城で働く者ももう少ししないと起きてこない。 思い切り伸びをすると、誰かが私の肩を叩いた。

「ん?」

 振り返るとジーンだった。寝起きだろうに、すでに全開らしい。空気で分かる。

「なに、鎖でもつけにきたの?」

 私はそう言って笑った。

「静かに、これからがいいんだよ」

 ジーンは声のトーンを落としてそう言った。

 ん? なんだ。

 程なく差し込んできた朝日が中庭を照らす。それは庭石を照らし、白い砂に陰を作った。

「この庭を造った人は天才だよ。ちゃんと日の加減まで計算に入れている。見てよこの躍動感。凄すぎて言葉にならない」

 ……わかんない。ジーンの趣味がシブ過ぎるのか、私がアホなのか。

「おや、分かりますかな」

 聞き慣れた声。珍しく早起きしたとーさんがこちらに来た。

「この庭は我が国最大の自慢でして、鬼才エリック・ホイットニー先生の作品です」

 とーさんがジーンに解説する。

「あのホイットニー先生の作品ですか。なるほど……」

 とーさんとジーンが分からない会話をしている。

「アリシア、相変わらずこういう事には疎そうだな」

 とーさんがそう言って来た。

「知ってるでしょ。興味無いって」

 私はとーさんに言い返した。ジーンはというと、刻々と変化していく光と影が描く芸術に見入っている。これは聞いてないな。

「芸術は王族の嗜みだぞ。用水路にイタズラしている場合ではない」

 ……うっ、イタズラしたのバレてる。

「だってよく分からないんだもん。絵とか見てもメチャクチャ描いてるだけみたいだし」

「はぁ、末っ子までは教育が行き届かなかったか……」

 とーさんはため息交じりにそう言った。

「芸術が分からなくても死なないでしょ。それにしても、今日は早いじゃない」

 私は話題をすり替えた。

「今日お前達は城を発つのだろう。起きたらいなかったでは寂し過ぎる」

 ……そのパターンも考えていたんだけど、さすが気づいたか。

「だからって、こんな朝早く起きなくても……」

 私がそう言うと、とーさんは首を横に振った。

「お前達ならやりかねない。そう思った」

 父よ、そこまで見抜くか。

「まあいい、じきに朝食も出来る。それまでゆっくりしていなさい」

 そう言ってとーさんはどこかに行ってしまった。

「あの、ジーン?」

 私たちの会話など耳にも入っていないという感じで、ジーンは庭を見続けている。

 何が良いのかわからないが、わたしはもう考え事をする事を放棄していた。

「あ、ごめん。つい夢中になっちゃった」

 しばらく無言の時が続いたのち、ジーンが慌てた様子でこちらを振り向いた。

「いいのよ。気にしないで」

 私は嘘を言った。嘘をつけるのは大人の特権だ。

「この庭は世界の宝だよ。さっそく父上にこの国との不可侵条約と安全保障条約の締結を 結ぶように進言しないと」

 ……そ、そこまでの庭か!?

 ちなみに、この国の軍隊は王家を守るため程度しかいない。

 他国に攻められたらイチコロだろう。

「アリシア、もう少し見ていていいかな。次はもうなかなか来られないだろうし」

「分かった。私は部屋にいるね」

 そう言って私は部屋に戻ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る