第22話 海へ

 朝からドタバタしてしまったが、旅自体は順調だった。

 必死に無い頭を絞り、出かけられそうな場所を脳内で検索した結果。城から馬車でしばらく行ったところに、小さな砂浜がある事を思い出した。

「えっ、海? 行ったことないから行ってみたい!!」

 朝の剣幕はどこへやら、すっかりいつもの調子を取り戻したジーンの一声で決まった。

 そして、こうして私の操る荷馬車(改)は、海岸へと向けて快調に飛ばしている。

 諦めたのか慣れたのか、隣に座るジーンは私が渡した地図を片手に道案内までするようになった。

「次、交差点右。その先ジャンプ。しばらく進んで左カーブ」

 ジーンの案内に従い私は次の交差点で右折して、すぐ待ち構えていた段差をジャンプして飛び越えていく。端から見ていたらさぞや豪快な絵が見えただろう。

 こうして、私たちは海へと到着した。

「ふぅ、着いたわね」

 馬車から降りて、私はジーンに言った。

 白い砂浜に青い海。これ以上気持ちいい場所はそうそうない。

「へぇ、これが海かぁ」

 まるで子供(いや、子供だけど)のように、砂浜を走りまくるジーン。それを眺めながら、私は持参したジュースを飲んだ。

「くわぁ、うめぇ。染みるぜぇ!!」

 ……失礼。王族だけど育ちが良くないもので。

 ちなみに、この砂浜は珊瑚礁の欠片が堆積して出来たもので、裸足で歩くと独特の感じがする。色が白いのもそのためだ。

「あんまりはしゃがないでよ。熱でも出されたら大変だから」

 ジーンに声を掛けながら、私もサンダルを脱いで砂浜を歩く。

 海なら散々船に乗ったはずだが、やはりこういう海は別格である。

「アリシア、これ何?」

 ジーンに呼ばれて行くと、そこは海岸の外れにある磯だった。

 そこにいた見覚えのありすぎる生物を指差している。

「ああ、それヒトデよ。これでも生き物だから、こうやってひっくり返すと……。

 ヒトデを1匹捕まえてひっくり返して岩の上に置く。しばらくはそのままだったが、そのうちうねうねと正しい向きに直っていく。

「うわ、気持ち悪いけど面白い!!」

 またもや子供モード炸裂のジーンである。お姉さんの次は生物の先生か。

 こうして散々遊んだあと、日も暮れてきた頃になって私たちは撤収した。

 適当な速さで馬車を流していると、シートベルトをしていないジーンがいきなりもたれ掛かってきた。

 どうやら遊びすぎで疲れたらしく、寝てしまったようだ。

 そう言う私も眠いがここは踏ん張りどころ。城はもう近い。

 こうして、今日も1日無事に終わった。翌日、まさかの展開になるとは思わずに……って大げさか。


「うー、納得いかないんですけどぉ」

 私はベッドに横になりながら、ガタガタと震える体をどうにか静まらせる。

 なんと、熱を出したのは私だった。子供かよぉとこっそり自分にツッコミを入れる。

「アリシア、大丈夫?」

 ジーンに心配そうに声を掛けられ、私は情けなくて泣きそうになった。心の中ではとっくに泣いているが……。

「あー、もう、大丈夫、だよ。しししし心配しないで」

 熱のせいでろくすぽ呂律が回っていない。誰がどうみても、大丈夫ではなかった。

「全然大丈夫じゃないね。薬貰って来たから飲んで」

 そう言ってジーンが差し出してきたのは、別名「病人殺し」という万能魔法薬だった。

 効果は抜群だが味が最悪に酷い。これ以上不味いものがこの世にあるとは思えない。

「あ、あのさ、もうちょっとハードル下げてくれないかな……」

 私はジーンの差し出した薬を受け取り拒否した。

「だーめ、飲んで!!」

 言うが早く、ジーンは薬を自分の口に全部含むと、いきなり口移しで飲み込ませて来た。

 そして……

「おげぇぁぁぁ!?」

「うげぁぁぁぁ!?」

 2人仲良く悶絶する羽目になった。この強烈な苦みと甘みが混じり、かつ香ばしさと生臭さのコントラスト。史上最低の味である。

 ジーンも格好付けようとしたのだろうがとんだ災難である。

「だ、だから言ったでしょ。もっとハードル下げてって!!」

「は、早く言ってよ、。これ最悪!!」

 良薬口に苦しとはいうが、これはその限度を超えている。ただ不味いとしか表現しようがない。

 これで効果なかったら訴えるぞ。マジで。

「あー死ぬかと思った……」

 ジーンがぽつりと呟いた。

「それはこっちのセリフ。何するのよもう……」

 いちおうキスではあったが、こいういうのは嫌だ。

 とまあ、そんなわけで今日はどこも出かけられない。その代わり、ジーンが付きっ切りで看病してくれている。

「明日は温泉だから、それまでに体調治すわ。気合いよ気合い」

 そう、明日はいよいよ温泉である。ここ久しく忘れていた国王様にも会うだろう。

 せっかくの温泉で体調不良というのは、私としては不本意だ。

「変な気合い入れないでいいから、もう寝た方がいいよ。薬も飲んだし」

 ジーンにそう言われてしまった。

「寝ろっていわれても、こんな真っ昼間から……」

 私が言いかけた時だった、ジーンはいきなりキスをして私に何かを飲ませた。

「これ僕の常備薬。強力な睡眠薬だからすぐ寝られるよ」

 ……ジーンてもしかして不眠症? じゃないな。しっかり寝てる。じゃあなぜ? 

 その答えを知るまでもなく、私の意識は遠のいたのだった。

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