第19話

 とーさんに荷馬車を借り、私は馬を操っていた。畑に行くのに、まさか王家の紋章付馬車というわけにはいかないだろう。

「アリシアって馬車も運転出来るんだ。凄い!!」

 隣に座るジーンが感動の声を上げる。

 この国では、馬車を扱えて当たり前である。

「そんなに難しくないわよ。行きたい方向を指示すれば、馬が勝手に道を歩いてくれるから」

 私はそう言って、わざと馬車の速度を上げた。荷馬車がぶっ壊れそうなきしみ音を上げる。

「ちょ、ちょっとアリシア?」

 ビビったらしく、ジーンが悲鳴じみた声を上げた。・

「シートベルト締めてね」

 良いながら私も締める。彼が慌てて同じ事をしたのを確認すると、私は思いきり馬に鞭を入れた。

「さっきのキスのお返し!!」

 短く言うと、私はマシンを限界速度まで加速させていく。そして、目的地への間借り角で急旋回。馬車は車輪を横滑りさせながら綺麗に曲がっていった。

 なぜただの荷馬車にシートベルトが付いているのか。それは、この荷馬車は元々私専用のマシンだからだ。コイツの特性はすみずみまで知っている。そういや、荷台の芋を落とさないように運ぶよう、よく鍛えられたっけ。

「ごめんなさい。もうしません、もうしません!!」

 まるで呪文のように呟き続けるジーンは無視して、私はひたすら荷馬車を走らせたのだった。


「なによ、もう情けないわねぇ」

 ようやく目的地に着いた時、ジーンは気絶していた。

 これだから都会育ちは……と胸中でぼやいてみる。

「アリシアちゃん、せっかくの旦那が逃げちゃうよ」

 農民のオジサンが大きく笑う。まあ、ちょっとやり過ぎた感はある。

「しょうがないわねぁ。ちょっと待つか……」

 と私が言った時だった、いきなりジーンが復活して私に抱きついてきた。

「怖いよ。アリシア怖いよぉ」

 まるでうわごとのように、ジーンはひたすら呟き続ける。

 ……こりゃ薬効き過ぎたな。

「はいはい、ごめんね。ほら、しっかりして」

 そう言いながら私は彼の頭を撫でた。こういう時のジーンは可愛い。

 しかしまあ、これじゃ本当に妻というよりお姉さんである。まあ、いいけどさ。結局、小一時間ほど掛かり、ようやくジーンは復活した。

「アリシア、絶対仕返ししてやるからな」

 なんか怖い目つきで言うジーンの言葉は無視して、私はオジサンに声をかける。

「あの、農業体験したいんだけどいいよね?」

 このオジサンとは昔なじみだ。今さら聞くまでもない。

「ああ、もちろんさ。でも、アリシアはともかくそっちの坊ちゃんは大丈夫なのかい?」

 少し心配そうにオジサンが言う。私は昔からやっているので問題ないが、ジーンのポテンシャルは謎だ。

「もちろんです。必ず仕留めてみせます!!」

 さすが男の子。ここはビシッと決めた。何を仕留めるのか分からないが。

「仕留めるって……まあいいか。細かい事はアリシアに聞きな」

 そう言ってオジサンはどこかに行ってしまった。

「全く、相変わらずいい加減ね……。いい、アレサ芋は土の中に生えているの。上の葉っぱは不要だから廃棄ね。掘ればすぐ出てくるから、わかりやすいと思うわ。

 そう言って、私は適当な畝の1本を掘った。大量の芋が付いている。今年は豊作ね。

「えっと、芋ってそうなっているんだ。知らなかった……」

 これが王族の標準的な反応だろう。私も王族だけど、ちょっとやんちゃだったもので……。

「ジーンも掘ってみて」

 私がそう促すと、ジーンは恐る恐る1本掘った。

「うわ、ちょっと感動。これが芋の収穫なんだね」

 ジーンが感慨深そうに言うが、残念ながら私には当たり前の事。

 まあ、喜んで貰えればそれでいい。

「じゃあ、今からどっちが大量の芋を掘れるか競争よ。ハンデで私は10分遅れてスタートするわ。いい?」

 私がそう言うとジーンは黙って頷く。そして、芋掘り大会が始まった。


 夕日が差す畑で私は愕然としていた。

「ま、負けた……」

 何が原因か分からないが、僅差でジーンの掘った芋の量が多かったのである。

「だから、仕留めるっていったでしょ?」

 勝ち誇るジーンがなんかムカつく。

「おやおや、アリシア様とあろうものが。坊ちゃん頑張ったな」

 オジサンがニコニコ笑顔でそういう。

 ……くっ、なんたる不覚。

「さて、もう日が暮れるし帰るか。アリシア、芋を馬車に積むの手伝え」

「……はい」

 オッチャンに言われるまま手伝う私。

 こうして、農業体験は私のトラウマに近いものになったのだった。

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