第16話 到着

 普通の帆船なら風の具合にもよるが、セフェム大陸までは1ヶ月以上かかる。しかし、さすがは機械船というか、たったの2週間で到着してしまった。

 船から下りると、空の荷馬車が猛スピードで桟橋に突進してきた。

「おーい」

 その荷馬車の上で手を振っているのは、紛れもなく私の父親であるセフェム王国国王だった……。

「とーさん……じゃなかった。父上、もっとマシな馬車があったと思いますが……」

 なんというか猛烈に恥ずかしい。帰ろうかな……。

「へぇ、アリシアのお父さんか。いい人そうだね」

 私にそう言うと、ジーンはとーさんに向き直った。

「お初にお目に掛かります。私はジーン・エドワード・サロメテと申します。こちらは、アリシア・エルザ・サロメテ。私の妻です」

 ジーンがとーさんに挨拶して一礼する。

 ……そうだ。姓が変わったんだった。

 すると、とーさんは馬車から降りてジーンに一礼した。

「これはこれは恐縮です。私はアロンゾ・アリサ・セフェム。この国の国王をやっております」

 ……ちょっと、とーさんもっと真面目にやってよ!!

「して、今日はどうされたのですか。娘から何も連絡がなくて」

とーさんがジーンに問う。

「いわゆる新婚旅行です。今までなかなか行けなかったのですが、1度我が妻の生まれた地をこの目で見たかったのです」

 ジーンがサラサラと答える。さすが王族……って私もか。

「それはそれは……てっきりうちの娘が何かやらかして返品されたのかと思いましたよ」 そう言ってとーさんは笑う。その笑顔に、私のコークスクリューパンチがめり込んだ。

 ……なんてこと言いやがる。親とて容赦はしない。

「とんでもないです。アリシアは私にとって掛け替えの無い存在です。ありがとうございました」

「いやいやうちのバカ娘が……。ところで、あそこでタラップに引っかかっている御仁はどなたで?」

 見ると船から下りるタラップの外に、なぜか国王がぶら下がっている。

「あっ……私の父上です」

 頭を抱えながらジーンが言う。

 ……どーしてそうなった。

「なんと、サロメテ国王殿下であらせられますか!?」

 これにはびっくりしたらしく、とーさんも口をあんぐりとさせている。

「残念ながらその通りです」

 ジーンは嘆息した。あの派手好きの国王の事だ。また何かやろうとして失敗したのだろう。国王は今まさに護衛の兵士たちに引き上げられようとしていた。

 そして、再びタラップ上に戻ると、今度は派手に空中で回転して飛び降りた。

 次いで、王妃が普段からは信じられないような動きで華麗に飛び降りる。

「全くマントが引っかかるとは……。おっと、紹介が遅れたな。わしはサロメテ国王じゃ。でこっちが王妃。以上」

 これ以上はない簡潔な自己紹介をする国王様。

 ……いーのかそれで。

「こ、これはこれはようこそセフェムへ。して、どうされましたか?」

 まさかサロメテの国王と王妃まで来るとは思わなかったらしく、とーさんは目を白黒させている。当たり前だが。

「なに、わしらもちょうど結婚20年でな。息子の新婚旅行と合わせてこうして来たのよ。セフェムには世界一の温泉があるらしいからな」

「ということは、親子合同で旅行を?」

 新婚旅行としてはあり得ない展開を想像したのだろう。とーさんが恐る恐るという感じで聞いた。

「いやいや、わしらとて若いもんの邪魔はせんよ。ゆっくりと温泉に浸かって嫌なことを全部忘れるつもりじゃ。して、宿だがどこがいいかの?」

 国王がとーさんに聞く。セオリーでは城だが……

「サロメテ国王様ともあろうお方を一般の宿にというわけには参りません。狭いですが我が城で……」

「それでは休暇にならんよ。なに、護衛は揃っておる。良い宿を紹介してくれ」

 とーさんは困り果てた様子で考えていたが、やがてズボンのポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出した。

「温泉郷で最も古い歴史のある宿です。これはその割引宿泊券でして、20名様以上だとタイの尾頭付きが無料に……」

 ……あああああ。とーさん、やめてくれー!!

「おうおう、これはかたじけないの。ありがたく受け取るとしよう」

 国王様はその券を受け取った。

「すぐにその宿を貸し切りにさせて頂きます。すぐに使いの者を……」

「いや、それには及ばん。この国の民に迷惑は掛けられないからのう」

 通常ではあり得ない事を国王様が言う。

 しかし、何か思うことがあったのだろう。口調とは裏腹にその目は真剣だった。

「わかりました。安全な所ですが、くれぐれもご用心を」

「おう、心得ておる。では、わしらは行くかの」

「はい」

 国王の問いに王妃が答える。そして、船から下ろされたばかりの馬車に乗ると、そそくさと旅立ってしまった。

「なんというか、強烈な方ですな」

 とーさんがジーンに言った。

「いやはや、お恥ずかしい限りで……」

 これはもう恐縮するしかないだろう。

「ジーン殿、アリシア……殿?、もう夕暮れに近い時間です。本日は我が城にお出でください。この馬車は人を乗せるものではありませんのであちらの馬車で。先導します」

 とーさんがそういって馬車の御者台に乗る。私とジーンはサロメテ王国の紋章が入った馬車へと向かった。

「前の馬車を追え」

 乗る前に御者にジーンがそう言ってから、私たちは馬車に乗った。そして、動き出す。

 まあ、なんだかんだあったけど、ここは私が生まれ育った国。明日から楽しい旅行にしよう。私はそう胸に誓ったのだった。

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