第5話 狂乱の婚姻の儀

 いよいよ婚礼の日だ。朝からなんやかんやと忙しい。少しでも多くの国民が集まれるようにと、儀式自体は夜かららしい。これは珍しい。

「私は今日は祝日にして、昼からと父に進言したのですが……」

 ジーンが困ったように言うが、嫁ぐ側の私に発言権はない。

「気にしないでいいですよ。夜の婚礼も悪くないです」

 私はジーンにそう言った。夜は魔があるとされ婚礼のようなめでたい事は昼に行うというのが私の国では常識なのだが、国も変われば常識も変わる。郷に入っては郷に従うというやつだ。

「そう言って頂けると助かります」

 ジーンは申し訳なさそうだが、時間は待ってくれない。ドレス合わせだのなんだのやることは山ほどある。あっという間に時間が過ぎ、城の窓から見える外の日が暮れ始めた。

 いよいよである。忙しい中でも気持ちが高まってくる。やっと落ち着いたのは式開始の少し前だった。

 控え室には、ウェディングドレス姿の私と王族の正装をしたジーンがいる。

「ジーン、大丈夫?」

 私は疲労の色も深いジーンに聞いた。

「大丈夫です。アリシアは大丈夫ですか?」

 あまり大丈夫ではなさそうだが、弱音は吐かない。さすがは男の子と思わず関心してしまった。

「私は大丈夫ですよ。田舎娘は体力と根性だけはありますから」

 私は笑った。伊達に冒険ごっこをやっていたわけでない。見かけは自信ないが、根性だけは自信がある。

「凄いですね。僕なんてまだまだ……」

 ……あーもう、変なところで落ち込まない。

「大丈夫です。人間に不可能はありません!!」

 などと根拠の無い事を言ってると、部屋のドアがノックされた。

「ジーン様。アリシア様。ご準備はよろしいでしょうか?」

 ついに来た。私とジーンの表情が引き締まる。

「はい、大丈夫です」

 ジーンが答えるとドアが静かに開いた。補佐を務めるメイドさん達だが、いつもの作業着ではなくちゃんと白をベースとした婚礼用の服装になっている。

「では、参りましょう」

 やたら歩きにくいドレスに苦労しながらも、私たちは控え室を出て階段を降り、城の外に向かっていく。

 なんでも、城内には大勢の国民が入れるスペースが無いため、城の広大な前庭を使って式を行うらしい。通常は式は2人と近親者だけで行い、お披露目で国民の前に登場となるはずだが、今回は式自体も国民の前で行う人前式スタイル。私はそれしか聞いていない。

「ジーン、緊張しないで」

 なんだか表情が壊れかけた玩具みたいになっていたジーンに、私は声を掛けた。

「はい、ですがこういうのは苦手でして」

 情けない事を言うジーンに、私は小さく笑みを浮かべた。

「男は度胸女は愛嬌。もう行くしかないわよ!!」

 目の前には城の大きなドア。これが開いた時から、全てが始まる。

「強いですね。私はもう死にそうです」

 やっと表情が戻ったジーンがそう言って苦笑した。

「私だって死にそうよ。でも、やるしかないじゃん」

 私はそう言って特大の笑みを浮かべてあげた。

 ……全く世話が掛かる。可愛いけどね。

 その時、城の鐘が鳴る音が聞こえ、ドアが静かに開いていく。全て開ききると、私とジーンは前に出た。

 一瞬地鳴りかと思った。それが国民の歓声である事が分かったのは、しばらく経ってからだった。

「うわ、すご……」

 思わず呟いてしまう私。まさかここまでとは思っていなかったのだ。

「あの、お腹が……」

 ジーンが顔真っ青でそう言う。

「我慢しなさい。もう後戻りは出来ないんだから」

 こういう時って、普通男がリードするべきだと思うのだが、全くもう……。

 地上から城のドアまでは階段が数段あり、ちょうど演台のようになっている。その真ん中に教会で見かける……名前知らないけど牧師が説教をする台が置かれ、牧師が待機していた。

 さすがに分かる。私たちはその前まで移動した。

「えー面倒くさい事は省略して、ジーン・エドワード・サロメテ。あなたはここにいるアリシア・エルザ・セフェムを病めるときも、健やかなる時も……」

 お決まりのセリフが始まった。どういう仕掛けなのか、牧師は普通に喋っているのに会場全体に声が響いている。

「誓います」

 牧師の言葉にジーンが答えた。さあ、私の番だ。

「アリシア・エルザ・セフェム、あなたはここに居るジーン・エドワード・サロメテを

病めるときも、健やかなる時も、富めるときも、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「誓います」

 私は定型文通りの答えを返した。ここで嫌だという勇気がある人はいるのだろうか?

「では、両名こちらに……」

 牧師の声に導かれ、私たちは説教台(?)に近づく。するとそこには、ちょうど手のひらが乗る程度の魔方陣が描かれていた」

「ほら、ちゃっちゃと乗っけちゃって」

 牧師に促され、私とジーンは魔方陣に手を乗せた。すると、私とジーンの手の甲にサロメテ王家の紋章が刻まれた。

「はい、完了。以上で結婚の儀を終了とする。さてと……」

 言うが早く、牧師はどっかの盗賊もびっくりのワンアクション着替えでいきなり国王になった。

「こ、国王!?」

 私は思わず声を上げてしまった。

「言ったろう。葬式みたいな結婚の儀は嫌いじゃと。それじゃ、始めるぜぇ!! ウ~フフフフ」

 最後に叫んだ瞬間いきなり花火が上がり、一体どんな仕掛けなのか地面から円形のステージがせり上がって来る。それに載っていたのは、派手な格好をして楽器を持った人たちだった。そして、いきなりアップテンポでど派手な演奏が始まる。

「この国で今1番売れているバンドです。まさか呼ぶとは」

 ジーンがそっと耳打ちしてくれた。

 ……おいおい。

 会場のボルテージは一気に上がり、夏の暑い夜がさらに暑くなる。

「えーっと、私たちは……」

 どうにも場違い感を覚え、私は国王に聞いてみた。

「主役がひっこんでどうする。この空気に乗れ!!」

 ……乗れって。

 その時、1曲目が終わった。

「えー、今日はこんなめでたい席に呼んで貰ってありがとう。新郎から一言どうぞぉ!!」

 ヴォーカルがそう言ってジーンに振るが、彼はどぎまぎして言葉にならない。

「おやおや、びっくりしちゃったかな。じゃあ、新婦から……」

 ほら飛んできた。心の準備は出来ている。

「おう、今日はみんなありがとう。今夜はオールでぶっ飛ばずぜ。いぇあ!!」

 タイミングを合わせ、さらにアップテンポな2曲目が始まる。

 王家の人間の言動ではないが、他にどうしろというのだ。

 結局、狂乱の結婚の儀は本当に徹夜で行われた。

 

 なお、箸休めであった国王のラップが、なぜか異常に上手かった事を追加しておく。

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