第5話 バカを化かしてばかしあい②

「す、すみませんでした!」


 濡らしたハンカチで頬を冷やす晴明にサキは何度も頭を下げる。それに対してなぜかめぐるが「いーの、いーの」と、勝手に返事する。

 これは彼女による先ほどのささやかなお返しだ。だが真面目な性格のサキはそれでも気が済まず、申し訳なさそうにする。


「いえ、まさかタヌキが先輩に化けているとは思わずぶってしまうだけでなく、あまつさえヘンタイ呼ばわりしてしまうなんて……」

「ヘンタイ呼ばわりは間違ってないからいいんじゃないの」


 そう言いながらめぐるはジトっとした目つきで晴明を見る。思い当たる節がある晴明はあまり強気には出られず頬を押さえながら小さく縮こまる。はぐらかすように話題を変える。


「けど、このまま放っておいたらそれこそ町中で混乱が起きるよな……」

「そうですよね。それこそ私と晴明先輩みたいなことが起きないとは言えませんし……」

「一刻も早くタヌキを見つけないとね」


 そんなサキの心配ははやくも的中する。少し向こうの大通りでいかにもトラブルが発生した、とでも言わんばかりの喧騒が響いてくる。

 3人は顔を合わせて無言でうなづくと、


「「「あそこだーッ!」」」


 と、声をそろえて叫ぶとさわぎの起こる方向へ走り出す。



 ☆☆☆☆☆



『何やら町中が騒がしいな』

「確かに。いったい何があったんだ?」


 町のざわめきに耳ざとく反応するジャシーンと榎戸。2人が何事かと思っていると、例のタヌキが彼らの近くをのうのうと歩いている。一風変わったオーラを放つ存在に気づいた榎戸はとっさに街路の曲がり角に隠れて様子を見る。


『あれは、妖狸ようりではないか。なるほど騒ぎの原因はあやつか』


 そういうとジャシーンは榎戸に耳打ちして、タヌキをヘルガイスト化するよう提案する。人里に妖怪がおりてくることは珍しい昨今、その利用価値に目をつけたのだ。


「分かった、やってみよう」


 ジャシーンが生み出したヘルガイストの素体を榎戸が受け取り、迂闊うかつにも彼らに背を向けるタヌキにそーっと近づく。ほとんど目と鼻の先ほどの距離で榎戸は一思いに素体を投げつけて植え付けようとする。

 だが、紙一重で榎戸の気配に気が付いたタヌキは飛んできた素体を自らのしっぽで打ち返した。


「なっ……! ヘルガイストが!」


 榎戸が驚いていると、はじき返されたヘルガイストの素はジャシーンの水晶に直撃し、榎戸の手から落ちると転がっていく。榎戸がそれを慌てて拾いに行こうとすると、怒ったタヌキは「ぽんぽこーッ!」と叫びながら何十枚もの木の葉を宙に放り投げて、それをすべて水晶に変えてしまう。水晶となった木の葉はジャシーンの水晶の方へと転がっていき、それを飲み込んでしまう。

 飲み込まれたジャシーンは他のものと紛れてしまい、榎戸はどれが本物の水晶か分からなくなってしまう。それを見たタヌキは腹を抱えてあざけるように笑い転げる。


「な! ど、どこに行ったんだジャシーン!」

『こ、これはいったいどうなっておるのだ! 水鏡!』

「あのクソダヌキ! この僕をコケにしやがって!」

『早く我を見つけ出して、奴を追うのだ!』

「わ、わかってる!」


 珍しくあわてた声をあげるジャシーン。悪態をつく榎戸に対しても余裕そうにタヌキは遠巻きに尻をペンペン叩き、あっかんべーをして挑発する。

 榎戸は悔しさをこらえながらも水晶を一つ一つ拾い上げるが、そのどれもがドロンと木の葉に戻り、なかなか本物を見つけ出すことができない。それを眺めるのも飽きたのか、タヌキは再びどこかへと走り去っていく。


「クソーッ!」


 榎戸の叫びむなし……。



 ☆☆☆☆☆



「いたぞ、あそこだ!」

「あんなところに!」


 町中を駆けずり回っていると公園でタヌキを見つける。榎戸とジャシーンを翻弄したタヌキは満足げに悠々とベンチで寝転んでおり、今がチャンスと踏んだ晴明は形代を取り出して奴の方に投げる。形代を使って追い込み漁的にタヌキをおびき寄せて捕まえようという寸法だった。

 勘のいいタヌキは耳をピクッと動かして警戒する。だがそれも織り込み済みの晴明は複数の形代をずらりと並べて囲い込む。さすがにタヌキもたじろぐ。

 しめたとばかりに晴明はパチンと指を鳴らす。紙人形たちはタヌキを覆って閉じ込める。


「やったか!?」


 そう叫ぶ晴明だったが、なにやら形代の様子がおかしいことに気が付く。タヌキを捕まえたはずなのにどうも手ごたえを感じなかったからだ。3人はベンチに駆け寄って形代を拾いあげるもどこにもタヌキはおらず、また逃げた形跡もない。


「瞬間移動……ですかね」

「ど、どこへ行ったの」

「分からん……」


 すると急に晴明の掴んでいる形代の1枚が彼の意思に反してもぞもぞと動きだすと、煙を立てて元のタヌキの姿に戻り、晴明の腕の中から飛び降りる。タヌキは形代に姿を変えて潜んでいたのだ。


「また化けてやがったのか!」


 もう何度とこのやり取りをしただろうか、散々バカにされ続けた晴明もいよいよ怒りが爆発しもはや報奨金10万円なぞは頭から消え去っていた。めぐるもサキも晴明と同様に怒りのまま、ただ捕まえる事だけを考えて追いかける。



 ☆☆☆☆☆



 ずっと走り回っているために、晴明たちも疲れているがタヌキもタヌキでそろそろ疲労が見えて来た。追いかけて追いかけられてを繰り返しながら、タヌキは近くの民家の壊れた壁の隙間に逃げる。

 いよいよ捕まえんとしていた晴明たちは、見失うものかと曲がり角を横切ろうとしたとき、突如として建物の影から巨大な化け物ががぬぅーっと姿を現す。


「ひゃー!」

「こんな時にヘルガイスト!?」


 今はそれどころではない、と言いたいところではあったが、ヘルガイストを放ってはおけない。めぐるとサキを下がらせて、晴明はお札を取り出して天高く掲げる。


「チィッ、しゃーない……。召喚サモンッ! Dタイザァァァァンッ!!」


 晴明を収納したDフライヤーはDタイザンへと変形すると、地上に降り立つ間もなくチェーン・シャクジョウを構えて化け物に突き立てる。


「この世に未練を残し……、ええい俺たちを邪魔するヘルガイストめ、このDタイザンが胸の五芒星に代わって成仏させてくれる!」


 いつもより激情的に啖呵を切る晴明。今の晴明の心情に合わせてDタイザンのツインアイもいつもより激しく光を放っている。シャクジョウを持ったまま睨みをきかせるDタイザン。だが相手の様子がどこかおかしいことに気が付く。

 全く微動だにしないのだ。

 いつもならばDタイザンに立ち向かってくるはずのヘルガイストが何も仕掛けてこず、ただ仁王立ちをしているのは不気味で仕方がない。


「晴明、どうしたの! そのまま倒しちゃいなさいよ!」

『お、おう! ペンタグラムホールド!』


 めぐるが声を張り上げて化け物を倒すように促すと、晴明も言われるがままに五芒星のレーザーを相手に撃ち込む。星型の光は化け物を包み込んで抑え込もうとするも、なんとすり抜けてしまった。


「アレ?」


 晴明はその光景に目を疑う。ごしごし目をこすってみるが、やはりペンタグラムホールドの効力は働いておらず、相手を固定できていない。めぐるが下で「なにしてんの!」と怒鳴ってくるのでもう一度レーザーを放つがやはり状況は変わらず、ヘルガイストを捕らえることができない。

 その瞬間、「まさか!」と気づく晴明。キョロキョロと見回すと高い木のてっぺんでタヌキの姿を見つけた。カメラをズームすると晴明を馬鹿にしたようにおどけながら飛び跳ねていた。

 ではヘルガイストはと言うと、先ほど奴が立っていた足元に大量の木の葉が落ちているだけでどこにも化け物の姿はない。タヌキの姿も見当たらないあたりまたどこかへ隠れたに違いない。

 Dタイザンはむなしく立ち尽くしたまま、晴明は悔しさゆえコクピット内で頭をガリガリと掻きむしる。息を吸って吐いて、なんとかムシャクシャした気持ちを落ち着かせようとしていると何かを思いついたサキがとある提案を晴明に持ち掛ける。


「このまま化かされるだけじゃシャクですから……。今度はこちらが化かし返しましょう!」


 サキから漂う得も言われぬ闘志が晴明とめぐるに妙な説得力をおぼえさせる。



 ☆☆☆☆☆



 人をまやかし、怒らせることに快感を感じているこの妖怪の行動はエスカレートする一方だった。当分晴明たちが追いかけてくることはなく、彼らから完全に逃げ切ったと喜んでいるタヌキの足取りは軽く、性懲しょうこりもなく次なる標的を探している。

 すでに町は夕暮れ時、人の姿もまばらになっており、相手を絞るのにはちょうど良い時間帯だった。

 そんなさなか、住宅街のむこうの人影に気が付いたタヌキはこっそりと忍び足で近づき、おどろおどろしい幽霊の姿に形を変えて物陰に隠れる。その影の人物が近づいてきたときに急に飛び出して驚かせようと待ち構えていた。

 一歩、二歩と近づく影。タヌキは笑いそうになるのを我慢しながら影が目の前にまで来たときに飛び出す!

 だがおかしなことに誰の姿も見当たらない。変に思ってあたりを見回すとすでにさっきの人影は別のところを歩いている。なんだか虚を突かれたような思いはしたが、それで退くほどヤワではなかった。

 もう一度あの人影を脅かそうとする。後ろから迫ればさすがに驚くだろうと思いワッ、と飛び出す。だが、また人っ子一人見当たらない。

 これにはさすがに異様だと慌てだすタヌキ。オロオロとしていると自分の足元の影がぬぅっと伸びる。心臓がドキンと鳴り響き、金縛りにでもあったかのように固まるタヌキ。恐る恐る振り返ると高さ25メートルほどもあるDタイザンが上から見下ろしていた。めだまが飛び出てしまうかと言う程驚いたタヌキは、後ろを見ながら一目散に逃げる。

 Dタイザンは追ってくる様子こそないが、その立ち姿は一言では言い表せないほどの威圧感がある。よそ見をしながら走るタヌキは前方不注意で顔を何かにぶつけてすっ転んでしまう。痛みをこらえて前を向くといつの間に追いついたのやら、さっきまで後方でつっ立っていたDタイザンがなんと目の前に立ち往生しているではないか。

 身の毛が総立ちしたタヌキはあっちへ逃げ、こっちへ逃げとどうにかしてその場を離れようとするがどこへ逃げてもDタイザンが立ちふさがる。

 しだいに退路を断たれ、もはや逃げ道はない。気づけば四方八方をすべてDで塞がれている。

そのうちの一体がゆっくりとかがんで恐怖で身動き一つとれないタヌキをいとも簡単につまみ上げる。


「「「つ~かまえた~……」」」


空耳ではない、聞き覚えのある3つの重なった声を聞き、戦慄が走る。どうにかして逃れられぬものか、とジタバタと暴れていると、腹部のコクピットハッチがいかめしく開き、晴明とめぐる、サキが出てくる。

 その3人は、逆光で顔こそ見えないがどうやらそろって笑みを浮かべているらしい。そしてタヌキに聞こえるような声で話し始める。


「さて、どう料理してくれようかな」

「そりゃあれだけあたしたちをバカにしくさってくれたんだから」

「決まってますよ、ねぇ……」


 口元は笑っている。だが声が笑ってはいない。もう終わりだ、もう逃れられないと悟ったタヌキ。そいつは自らの行いを走馬灯のように思いだして悔いながら、泡を吹いて気を失った。



 ☆☆☆☆☆



「やっと見つけた! ジャシーン!」

『水鏡よ、よくぞ見つけ出してくれた……』


 すっかり日も暮れ、あたりが暗くなった中、榎戸はジャシーンの水晶玉を見つけ出すことができた。


「これであのタヌキに仕返しができる!」


 そう意気込んでいるとジャシーンが『静かに、誰かが来る!』と告げる。物陰に隠れて様子をうかがっていると、棒に縛り上げたタヌキを抱え、まるで百鬼夜行のようにフラフラと歩く3人が通り過ぎていく。

 タヌキは暴れながら何かを訴えているようだが3人とも気にも留めない。その姿がやけに脳裏に焼き付き、榎戸だけでなくジャシーンまでもがじ恐れる。一行が通り過ぎていくのを静かに見送った榎戸とジャシーンは、顔を見合わせ、何もせず黙って引き上げることを決めた。

 その夜、夕柳町に奇怪な動物の悲痛な鳴き声がこだましたという……。



 ☆☆☆☆☆



 翌日、件のタヌキは二度と悪さやいたずらをしないよう、阿倍野家できっちりと封印されることになった。悪霊として滅しないのはせめてもの恩情ということだった。何はともあれお騒がせ化け狸のいざこざはこれをもって終息したのである。

 晴明、めぐるそしてサキの3人は学校へ向かう途中、昨晩の話に花を咲かせていた。


「いや、しかしよくタヌキをだましてやろうなんて考えたなぁ。サキちゃんは」

「木の葉をヘルガイストにしていたのを見て思いついたんです。晴明先輩の形代もおんなじことができないかなって」

「それで形代にDタイザンの幻燈げんとうを映して、影を作って妖怪を惑わす、か。一本取られたな、こりゃ……」

「どーだ。やるでしょ、ウチの後輩は!」


 めぐるはサキの両肩をつかんでさも自分の手柄のように自慢する。対するサキは照れくさそうに笑うと、何かの気配に気が付いて後ろの方に目をやる。すると晴明たちから十歩ほど下がったところの壁際で、康作がカバンで顔を隠しながらススス……と歩いていた。

 その行動に疑問を持ったサキは「康作先輩はいったいどうしたんですか?」と尋ねるが晴明もめぐるも何も答えない。彼女は頭に疑問符を浮かべながら歩くスピードを下げて康作と並び、「先輩も前に来てください」と彼の手を引っ張る。

 すると康作はめぐるの顔を見るや否や、耳までゆでだこのように真っ赤にすると、


「ワシは……ワシは汚れてしまったんじゃー!!」


 と、叫びながら全力で走っていく。謎がさらに深まったサキは先輩2人の方を振り返ると、どちらも康作をなんとなく憐れむようなまなこで見つめていたのでギョッとする。


「い、いったい何があったんですか……?」


 そう尋ねるとめぐるは、


「ばんちょーの名誉のために聞かないであげて……」


 と答え、晴明は、


「なんだかんだでアイツが今回一番深い傷を負ったような気がするな……」


 と達観したような物言いで答える。その言葉で康作に何があったかを大体察したサキはそれ以上何も言わなかった。人を化かして楽しんでいたタヌキは、意外にも多くの人間の心身をともに疲労させる恐ろしい相手であった。

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