第6話 狙われたヒミツのトップスター①

 ――あの子まだ一人でアイドル気取ってんの?

 ――そんなに歌が上手いの自慢したいのならアイドルやめて歌手にでもなればいいのにねー

 ――それ言えてるー。でもプロデューサーのお気に入りってウワサだよね?ほんっと、ありえんし……

 ――どうせ色目使ってんでしょ、マジでムカつくー


 またあの声が聞こえてくる。

 そのたびに私は少しづつ声を失ってしまう


 ――違う……私は、ただアイドルが好きだから……。純粋にアイドルっていうお仕事がしたいだけ……。それをなんでみんな分かってくれないの?


 そんな気持ちは誰にだって明かすことは出来ない。そうやって、だんだんと自分の歌声は小さくなっていき、やがて消える。

 倒れる私を周りは心配そうにするけれども、さっきまで聞こえた声のせいで全くみんなの心の内が読めない。それともただ私の心が荒んでいるだけなの?


 誰か教えて――いや、


 助けてッ!



 ☆☆☆☆☆



 教室へ向かう最中、朝からなにやら軽快に鼻歌を鳴らし、やけに康作は上機嫌だった。何か聞いてほしそうな目で晴明にチラチラとアイコンタクトを向けてくる。

 うっとおしいと思いつつも聞かなければずっとこれなので何があったのかと尋ねてみる。だが、彼がここまで機嫌がいい時は大抵お決まりの返事が返ってくることも承知の上だ。


「無論かおりんのニューシングルに決まっとろうが! 夜通しでリピートしたったわ。今回はいつもとは違い激しめのロック調の曲でな。目を瞑ればライブで高らかに歌い上げるかおりんの様子が目に浮かぶんじゃ……」


 カバンからCDを取り出して鼻息を鳴らしながら説明しだす康作の目元にはキラリと光る涙が一滴。マニア特有の熱い心が涙腺をもふるわす。彼の持つジャケットには人気アイドル『かおりん』こと赤羽あかば佳織かおりのバストアップの写真が映っている。

「また始まったか」と呆れつつも晴明もそのアイドルに全く関心がないわけではなかった。最近のアイドルといえば十数人の、いやもっと多くのメンバーからなるアイドルグループが主体であるにも関わらず、この赤羽佳織というアイドルは今の時代には珍しく、グループに所属せず単体で売り出しているのだ。

 歌唱力はもちろんのことダンスや女優としての評価も高く、まさに絶賛売り出し中のアイドルとして、康作のような熱狂的なファンだけでなく幅広いミーハー層にも大変人気がある。



「てか想像なんてしなくても動画サイトに公式PVとか上がってるだろ」

「アホじゃのう、そんなもんすでに見とるに決まっとろうが。それ以上の想像をするのがファンっちゅうもんじゃろが」

「知るかよ……」

「それにしても、ここ数日のかおりんは心配じゃのお……」


 件の赤羽佳織は最近なにやら不調続きで各所から心配の声も上がっている。数日前に生放送中に歌っている最中、声がかすり始めたかと思うと突然に歌うのをやめて、そのまま舞台上で倒れてしまったのである。スポットライトに照らされた彼女は呼吸も深く、顔色を真っ青にしながら異常なほど汗を流しているので急遽病院へ運ばれた。後日、体に特に異常はないと本人もカメラの前で元気さをアピールしていたが、やはりと言うかワイドショーやネット上では様々な憶測が飛び交い、連日彼女の話題が尽きることはなかった。

 結果的に休みなく仕事に出ずっぱりでだったが故の精神的・体力的な疲労ではないかとの話しに収束し、数日は番組出演を休むこととなった。


 そんな話をしながら歩いていると二人の目の前に急に人影が現れた。

 なんだ?と思って目線を移すと、メガネをかけ、襟元からスカート丈にかけて制服を校則通りきちっと整え、髪もしっかりと結ったいかにも真面目をかたどったような女子生徒が二人を睨みつけながら立ち塞がるようにして仁王立ちしている。

 彼女はビシッと音を立てそうなほどキレのある動きで人差し指を突きつけ、もう一方の手でメガネをクイッとただし、


「あなたたち! 学業に必要のないものを持ってくるのは禁止されているはずです、没収しますよ!」


 と、詰め寄ってくる。どうやら康作の手に持って入るCDを指して言っているようである。

 いわゆる風紀委員と言う奴だ。お堅い人たちが集まってやれ校則がなんだ、やれ風紀がなんだと口うるさくいってくる集団。そのために生徒達からはたびたび疎まれている存在である。なんでそんな嫌われ役をわざわざ買って出るのか晴明たちにとっては理解に苦しむところである。

 晴明は朝からそんなのに目をつけられて面倒だなと感じていると、康作は反論する。


「いいや、これは学業に必要じゃ!」

「え、えぇ……な、なんでですか!?」


 康作の異様な圧に若干相手が引いており、それに関しては晴明としても風紀委員の女子に同情せざるを得ない。だが今回ばかりは相手が嫌味な風紀委員の人間ということも相まって彼の中の天秤は康作に傾く。


「ワシはなぁ! かおりんのCDがあるからこそ勉学に力を注ぐことができるんじゃ! 今日一日を頑張り、家に帰ってシングルを聞く……そういった楽しみがあるからこそ毎日毎日勉強することができるんじゃァーッ!」

「そーだ、そーだ」


 康作の演説に晴明は後ろから便乗する形をとる。

 するとなぜか相手は顔を赤くして恥ずかしそうにうつむく。が、しばらくして何かに気が付くと冷静な顔に戻ってこちらを向く。


「……でも家に帰って聞くのであったら、わざわざ学校に持ってくる必要ないですよね」


 凛とした声で言われてしまえば2人の答えはただ一つ。

沈黙。

 晴明は負けを察して康作の肩に手を置き(こうなったら逃げるしかない)と耳打ちし、康作もその意見に賛同すると二人で回れ右してその場から離れようとする。

 しかし、


「どうしてもお渡しいただけないというのならこちらにも考えがあります。あなたたち野球部の阿倍野先輩に田端先輩ですよね。お二人のせいで野球部の練習ができなくなるかもしれない、と部長に説明してすることもできるんですよ……」


 ――おのれ風紀委員、卑怯な真似を……っ!


 2人は固まり、その場から動けなくなる。部長をキレさせたらただじゃすまない。と言うよりも部活が停止になったらキレるのは部長だけではない。部員全員だ。死期を悟るのにそう時間はかからない。


「そもそも二人とも服装を着崩していることすら本来は校則違反ですからね。それに関しては普段から甘く見てるんですからこれぐらいの事は……」


 何かくどくど言っているようだが二人の耳には入っちゃいない。


(ぐぅ、アイツ卑怯な手を使いおるわ……)

(仕方ない、素直に渡せ。俺も命は惜しい!)

(じゃが! これだけは!)

(いいから黙って渡せ!)


 しぶる康作からCDをひったくり頭を下げて風紀委員に渡す。その時、彼女の持つ教科書に記入された名前がチラリと見えた。


 ――持ち物にお名前の記入とはさすがお堅い風紀委員子ちゃん……


 そう思った刹那、晴明に戦慄が走る。


丹生谷にぶや薫子かおるこ


 以前部長に自慢の可愛い妹の話を聞かされたことがある。それがまさに目の前にいる子なのだとしたら……。ダラダラと冷や汗と脂汗を交互に流す晴明。薫子は「確かに受け取りました。これからは気をつけてくださいね」とだけ言い残して颯爽とというよりもそそくさと立ち去っていく。

 彼女の姿が見えなくなると「クソー、ちょっと顔がかわいいからって……」とブツブツ文句を言いつづける康作の胸倉を晴明が掴むと血涙を流しながら訴えかける。


「今日俺たちは死ぬ!」



 ☆☆☆☆☆



 晴明はめぐるを介してサキに彼らの教室へ来てもらうよう頼む。彼女は薫子と同じクラスメートらしく、彼女の情報を探ってなんとか兄・凌平に告げ口をしないように頼めないかという寸法だ。あこぎなことよ。


「でもばんちょーってほんとそのアイドル好きだねー」

「いや! 誤解じゃめぐるちゃん! ワシの好きはファン的な好きであってそう言うわけじゃないんじゃー!」

「言ってる意味分かんないけど、私も好きだよ赤羽佳織。やっぱり同年代だと憧れちゃうなー」

「めぐるにもそう言うのがあるんだな」

「ったり前よ! やっぱり女の子は誰だって一度はアイドルになりたいって思うんじゃない?」

「めぐるちゃんがアイドルになれば全力で応援せにゃならんな!」

「いや、無理だってーアハハー」


 などと教室でやいのやいのとやっているうちにサキが姿をみせる。彼女はいつも通り丁寧に頭を下げると上級生の目を気にしてか恥ずかしそうにちょこちょこと小走りで晴明達の座る席にやってくる。



 ☆☆☆☆☆



「薫子ちゃんですか、いい子ですよ」


 サキに事情を説明すると晴明には思ってもみない答えが返ってきた。お堅いということで邪険にされてるという勝手なイメージが先行していたというのもあるが。


「いい子ってのはおかしいですよね、風紀委員ですし。でもそれだけじゃなくて細かいことにも気を使える子なんです。私もよく係の仕事とか手伝ってもらってますし、クラスの子も彼女に色々助けてもらってますから、嫌っている子なんておそらくほとんどいませんよ」

「へぇ~。言っちゃなんだが、なんか意外だったな」

「他人にも厳しいですが、自分にも厳しいんです。そういう性格ですから、彼女を知らない人には誤解されやすいんだと思います。だから人の嫌がるような、つまり先輩が心配するみたいに部長さんへの告げ口はしないと私は思いますよ」


 それを聞いてほっと胸を撫で下ろす。それと同時にちょっと彼女の事を悪く捉えすぎたことを反省する。今朝の件も冷静に顧みればこちらの方に非がある。彼女はただ委員会の仕事を全うしようとしただけである。

 そう納得している晴明に向けて、「でも……」と、サキは含みのある言い方で薫子の話を続けようとする。


「薫子ちゃんって結構学校を休みがちなんですよね。特別体が弱いってわけでもないはずなんですけど。それはまぁ入学当初からそうだったので私たちにとってはそれが普通だったんですけど、最近なんか疲れている、というよりもなんだかピリピリしてる感じがして」

「休みがち? それって結構な頻度で?」

「そうですね、多い時には週二日から三日。定期的に休む日が決まっている感じでしょうか……。先生方は何か知ってるはずですけど私たちには何も」

「なーんかそれににおうわね。真面目なのに休みがちって、なんか矛盾してるし」

「あぁ、きっと何か俺たちには分からない陰謀が――」


 と、晴明が言いかけたところで彼らの教室のドアがガラガラッと大きな音を立てて開く。先生がきたのかと思ったが、時計を確認しても次の授業まで時間があるのでおかしいと思いドアの方を見ると凌平が立っていた。


「おう、晴明……。ちょっと来い」


 凌平は晴明を見つけるとゆらりゆらりと手招きしながらドスの利いた声で呼び寄せる。晴明と康作は一瞬で顔色をサーっと青くし、ギシギシと油をさしていないロボットのようなぎこちない動きでそっちへ向かう。

 だが凌平は康作を下がらせる。


「康作、お前は来なくていいぞ。俺は晴明だけに用があるから」

「な、なんでですか部長! あれはアイツの所持品ですよ! 俺は巻き込まれただけだ!」


 晴明は半狂乱、奥では康作がガッツポーズをとる。しかし凌平は何を言っているのか全くわからないような表情で首をかしげる。


「何言ってんだお前。ちょっと頼みたいことがあるだけだ」

「……へっ?」


 いいからこい、と首根っこを掴まれ廊下に連れていかれる晴明。その様子を呆然と見つめるめぐるとサキ、康作はまだ心底嬉しそうにガッツポーズを続けていた。



 ☆☆☆☆☆



 凌平に空き教室にまで連れてこられた晴明はただ小動物のように震えることしかできなかった。


(死ぬんだな俺は。お父様、お母様至らぬ息子で申し訳ございません)


 神社の子なのに胸の前で十字を切る晴明。凌平はは晴明の前に椅子を置いてドカッと座るとゆっくり口を開く。


「相談っちゅーのは妹のことなんだがな……」


 妹という単語を聞いてさらにヒイッ! と恐れおののいて身を引くと、ガララという音ともに後ろの出入り口から薫子が姿をあらわす。内心(この野郎! 早速チクりやがったな)と毒づく晴明であったが彼女は晴明を見るなり瞬時に「すいませんでした!」と頭を下げる。


「へっ?」


 理解に追いついていない晴明は実に間抜けな顔をしながら間抜けな声を上げた。


「どんな手を使ったかしらんがウチの妹がお前に迷惑かけたみたいでな、すまん。お前もう少しちゃんと謝れよ!」

「本当にすいませんでした。ただああいう手段でないと田端先輩もついて来てしまうと思ったので……」

「ん? 康作がいると何かまずいのか?」

「まぁ、いろいろあってな。迷惑ついでにコイツの話を聞いてやってくれねぇか?」


 ここで康作の名が出てくるとは思わなかった晴明はキョトンとする。まさか彼女は康作に恋をしていて、そのお手伝いを親友である自分に……? などと考えたが、自分ならまだしもあんな奴にこんな真面目そうな子が恋をするなんてとんでもない。ましてや部長の妹だ、絶対にあり得ないと確信した。

 薫子を見ると、彼女は何やらもじもじとしながらうつむく。この反応のせいで自分が先ほど出した結論が揺らいでしまいかねない、「やめてくれ!」と心の中で叫んだ瞬間、彼女の口からトンでもない言葉が出て来た。


「……実は私、アイドルの赤羽佳織なんです!」

「へぇ~、アイドルかぁ~……って何ィ、あの赤羽佳織!?」


 ガシャーン!

 驚きのあまり椅子から転げ落ちた晴明を見ながら凌平は「分かる」とでも言いたげに腕組をしながら頷いているのである。

 まさか、目の前のお堅いイメージの地味目な少女がテレビでキャピキャピと愛らしく歌って踊るアイドルだなんて想像もできない。椅子から転げ落ちた姿勢で口をポカンと開けたまま目を白黒させていると、薫子は急に立ち上がり眼鏡をはずし、髪をほどきだす。


 その瞬間、アイドル赤羽佳織が目の前に姿を現した。


「これで信じていただけるでしょうか?」


 晴明はただ首を縦に振るだけになり、目の前の彼女を凝視したまま体を起こして椅子に座りなおす。


「まぁ驚くのも無理はないと思うけどな。ウチの可愛い妹の事だ、アイドルをやっていても不思議ではないだろ!」


 妹バカが発動する凌平にいつもならほとほとうんざりしていたが、今回ばかりはそれに同意するほかなかった。それにサキが彼女は体が弱いわけでもないのに休みがちだという話に合点が行った、同時に康作を呼びたくない理由も分かった。奴がいればそれはもう簡単には言い切れないほどに大騒ぎしていたであろう。


「風紀委員の仕事にかこつけて……ッわ、私の大ファンである田端先輩からCDを奪い取り、私の名前が誰か分かれば二人とも兄の手前強くは出られないと思ったんです。それで兄に阿倍野先輩だけ呼び出してもらえればいつも一緒にいる田端先輩も流石についてこないだろうと……」

「なぁるほどな……」


 この娘、兄が周りにどう思われているかということをなかなかよく理解している。それを踏まえたうえで自分の名前が分かるように晴明にワザと見せつけていたとはなかなかの策士だ。アイドルはしたたかなとは言うが、よく言ったものである。それよりも『自分の大ファン』と言う言葉を使うことに抵抗がある当たりはなかなか愛らしさを感じてしまう。――それすらも演技だとすれば末恐ろしいのだが……。

 そんなことを考えながら、ではなぜわざわざ回りくどい手を使ってまで晴明を呼び出したのかを聞き出す。


「最近私が突然歌を歌えなくなった、ということをご存じですか?」


 晴明は頷く。例の体調不良だと噂されているあれだ。だが彼女の話曰くそうではないらしい。


「どの病院に行って調べてみても体のどこにも異常はないんです。確かに多少疲れてはいるんですけれどもそれ以上に何かが心の中で暴れるような感じで……」

「暴れる?」

「はい、スタジオ入りしたり、歌おうとするたびに周りからひどく非難されるような声が聞こえてきて。最初は空耳だったり他のアイドルの子たちのただのヒソヒソ話だと思っていたんです。自分は疲れてるだけなんだ、とも言い聞かせました。でもだんだんとそれが大きくなっていって、そして……」

「この間みたいに番組の最中に倒れた、と」

「はい、それで身内に相談するうちに、ある日兄が悪霊のせいでは? って言ってきたんです。最初は何かの冗談かと思ったんですけど、そこで阿倍野先輩の話を聞いて……」

「本当に自分にヘルガイストが憑りついたんじゃないかと思ったんだな?」

「はい……」


 彼女が晴明に相談してきていると分かった段階でヘルガイストの気が出ていないかは調べていた。だがたしかに少しピリついたような気は感じるものの、彼女を追い込むほど強力な気配を感じ取ることは出来なかった。

 むしろ問題は他にあるのではと思い、晴明は彼女の仕事場に連れて行ってもらえるかと尋ねる。薫子は快く了承し、兄・凌平も「妹のことを頼む」と頭を下げる。

 その行動に慌ててすぐさま頭を上げさせると、凌平から質問が飛んできた。


「なぁ、晴明よ。俺ってそんなに怖いか?」

「――そりゃ、今回の一件でマジで風紀委員に部活停止命令出されてたら殺しに来るでしょ」


 そういうと凌平は大口を開けて笑う。


「ハッハッハ、そこまでするわけないだろ! せいぜい部員全員でお前らを半殺しにするだけだわ!」


 ガシャーン!

 晴明は再び、いや今度は恐怖のあまり白目をむきながら椅子から転げ落ちる。凌平は自分の冗談がこんなにも通じないのかと少し反省した。

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