第4話 町はずれの幽霊屋敷を探れ②

「逃げるんじゃぁぁぁ!!」


 突如叫び声をあげて一人走り出した康作に3人が呆気に取られる。晴明たちも振り返ると、長髪を振り乱しながら追いかけてくる幽霊の姿が目に飛び込んでくる。「――ッ!」という声にならない絶叫と共に全員一目散に走る。


「なにあれなにあれなにあれ――ッ!」

「いいからとりあえず逃げるんだ!」

「ヒィッ、ついて来てますぅ!!」


 サキが後方を確認すると幽霊も同じくらいのスピードで彼らを追いかけてくる。両手両足を使って這いずるような姿勢にもかかわらずである。

 とっさにどこかの部屋に飛び込んでドアを閉めるがそれも意味をなさず、通り抜けて襲い来る。再び廊下へと逃げおおせて走り続けるが、逃げるだけではジリ貧だと感じた晴明は学生服の胸ポケットから紙人形を取り出す。


「クソォ! こうなったら時間稼ぎだ、頼むぞ形代かたしろ!」


 取り出した大量の紙人形たちは廊下全体を覆うように壁を作り、彼らを守る。さすがに霊力をため込んでいる形代の壁は幽霊も越えられないようで、晴明たちは呼吸を整えるように安堵の息を漏らす。バリバリと爪を立てるような音がだんだんと弱まり、やがて静かになると、固い守りを築いていた形代も役目を終えたとばかりにハラハラと形を崩す。

 霊の姿はもうなく、一安心する。しかし今度は廊下の突き当りから康作の悲鳴が聞こえる。急いでそちらに向かうと今度は子供くらいの背丈の霊が十数体が、腰が抜けてその場に尻もちをつきながら「あばばばば……」と怯える康作の周りを囲んでいた。

 ついにサキは気を失い、倒れる彼女をめぐるが抱える。


「めぐる、サキちゃんと一緒に安全なところへ!」

「安全な場所って!?」

「分からん!」

「無責任!」


 悪態をつきながらも彼女は近くの部屋、客間らしき部屋に逃げ、負ぶっていたサキを横に寝かせてからドアの隙間をのぞき込んで2人の様子を見守る。

 晴明は厄払いのお札を投げつけながら小さな霊を次々と払いのけ、その中心にいる康作を引っ張り出す。康作はいまだ動けない様子なのでその巨体を引きずってめぐるたちのところへ向かう。


「晴明! こっち!」


 めぐるが手招きし、晴明は相手をけん制しつつ部屋まで康作を運んで投げ入れる。自分も部屋に転がり込むと素早くドアを閉めて護符ごふを取り出し、貼り付ける。すべて貼り終わると体中の空気をすべて吐き出すように深呼吸しながら、壁にもたれかかるようにして床に腰を下ろす。


「い、いったいどうなってんだここは……」


 気絶しているサキだけでなく康作もめぐるも疲れ切って一言も発さない。

 その後、心臓の音と外が静まるまでほどほどの時間を要した。



 ☆☆☆☆☆



 先ほどまで屋敷内をこだましていた晴明たちの叫び声を思いだし、森川と稲田は嬉しそうにニンマリと笑う。


「奴ら相当ビビってんな」

「実際いろんな奴らをオドかしてきたけど、ここまで驚いてくれるとは」

「しかし晴明の奴、普段から幽霊と戦ってる割にこんな仕掛け程度で悲鳴をあげるなんざ、意外と小心者だな」

「だよな、これは良い情報ゲットした――ん?」


 稲田は何かが背中に振れたような気がして森川の方を見る。


「お前今背中叩いた?」

「え、俺が? いや何もしてねぇよ」

「っかしーなぁ、なんかが背中に当たったと思ったんだが……」


 そう言いながら後ろを振り向くと、先ほど晴明たちを追いかけていた女の霊が張り付けたような気味の悪い笑い顔を髪の隙間から覗かせながら彼らのすぐ後ろに立つ。

 稲田は一瞬凍り付くも、前へ向きなおし森川の肩をたたいて問う。


「な、なぁ。俺たち人形なんて用意したっけな……?」

「はぁ? 人形なんて使ってねぇだろ。何言ってんだ」

「だ、だよな……。じゃあアレはいったい……?」

「んだよ……さっきから――」


 ハッキリしない稲田の物言いにイライラする森川が後ろを向くと、ほぼ彼の目と鼻の先に女の霊が迫っている。見開かれ、充血した目は森川を捕らえ、じわりじわりと顔を近づけてくる。真っ赤な口から吐き出される冷たい吐息が彼の鼻をくすぐった瞬間、体全体に危険信号が走る。


「で、出たぁぁぁぁ!!!!」

「ギャァァァ!!!!」


 我に返って逃げ出そうとするが霊から伸びた腕が2人をとらえて離さない。振り払おうとするが力が抜けているうえに強く握られているためにびくともしない。

 幽霊は冷たい息を吐きながら2人をズルズルとどこかへ引きずろうとする。


「「た、助けてェーッ!」」


 悲痛な叫びが届いたのか、2つの斬撃音と共に彼らをつかむ幽霊の両腕がゴトンと落ちる。晴明が魔力を込めた一撃を幽霊に食らわせ、腕を切り落としたのだ。


「「は、晴明!」」


 晴明の顔をみて安心しきった2人は思わず涙目で彼の顔を見る。


「大丈夫だったか2人とも」

「す、すまん俺たちお前らを脅かそうとして……」

「話はあとだ、とりあえずこの場から離れるぞ!」

「「お、おう!」」


 幽霊は苦しそうにうめきながら地面に落ちた腕をもとの身体にくっつけようと這いつくばっていた。その隙に晴明は彼らを先ほどの客間へと連れて行く。



 ☆☆☆☆☆



「俺たちもまさか本物の幽霊が出るなんて思ってなかったんだ……」

「手の込んだいたずらをしてやろうって噂流したり、驚かすためのからくりを作ったりして……」

「それに晴明たちが幽霊屋敷に行ったとなりゃ話に箔が付くと思ってさ」


 2人の話を聞いてためぐるが言葉を挟む。


「あきれた、それで本物の幽霊に襲われたんじゃ世話ないじゃない!」

「めぐる、お前だって興味津々にしてついて来たんだろうが。こいつらのことは言えねぇよ」

「……スミマセンデシタ」

「めぐるちゃんに同じく……」


 ゲッソリとした康作と不服そうにすねた顔をするめぐるを横に晴明も押し切られたとはいえ、噂に興味を持ってしまったことを後悔する。また祖父に何か小言を言われかねない。

 状況を打破しようにもサキは気を失ったままだし、Dタイザンを呼んだにもかかわらずなぜかやってくる気配がない。おかしいと思って部屋の窓から空を眺めると巨大な結界が覆っていたことに気が付いた。ただここまで状況が出来すぎていると明らかに自分を狙っての事だと考えざるを得ない。

 目の前でうなだれる稲田と森川がヘルガイストに操られてのおとしいれたのでは?とも考えたが、彼らの話を聞くにただ巻き込まれた被害者らしく黒か白で言えば白だ。


「Dタイザンは呼ばないのかよぉ……」

「呼ばないんじゃなくて呼べねぇんだよ。この屋敷周辺の空に結界が張り巡らされててDタイザンが来れねぇんだ」

「ま、マジかよ……」

「なんだ、からババァン! って出てくるわけじゃないのか……」


 落胆するような稲田の言葉に晴明は反応する。


「……地下? それだッ!」


 晴明は急にしゃがみ込むと、地面に手を付けて目をつぶる。そして何かに納得するように「やっぱりそうだ……」と頷き、目を開いて立ち上がるとDタイザン召喚用のお札を握り叫ぶ。


「地面に結界は張られていない! 召喚サモンッ! Dッ!!」


 屋敷周辺を飛行するDフライヤーは地上に降り立ち、飛行形態からみるみるうちに戦車へと姿を変える。その名を『Dビークル』といい、地上と地中を得意とするマシンモードである。Dビークルは車両の先端にドリルを出現させると地面を削るようにして山の中に潜っていく。



 ☆☆☆☆☆



「フッ、阿倍野晴明め。逃げて隠れるだけでは面白くないぞ、Dタイザンさえなければ貴様は無力だということを思い知れ! トドメだ!」


 榎戸は傀儡かいらい師のごとく指を動かして屋敷の中の幽霊を操ってみせる。晴明の用意した護符もその効力を弱めてきたようでだんだんと不利な状況に追い込まれて行く。榎戸が勝ちを確信したその時、地面が大きく揺れ始める。


「な、なんだ!? 地震か!?」

『いや、違うぞ水鏡。この揺れはただの地震ではない、何かが地面から出てこようとしている……!』


 揺れはだんだんと激しくなり、自立することも困難なほど

 ジャシーンの言う通り、それは地震ではない。屋敷と榎戸たちを挟む空間から地面を引き裂くようにして尖塔が姿を現す。Dビークルのドリルである。

 その姿を見た榎戸は先ほどとは打って変わって悲痛な叫びをあげる。


「ディ、Dタイザンだと!? どうしてそんなところから……!」

『空が駄目ならば地下、か……。我々の慢心の隙を突くとは敵ながら見事だ』

「クソォ、阿倍野晴明ィ! こうなったらDタイザンに乗り込む前に屋敷ごと貴様をつぶしてやる、ヘルガイスト巨大化だ!」


 榎戸は屋敷に向けて念を唱え始め、屋敷はミシミシと音を立てはじめる。一方、先ほどの地鳴りでサキが目を覚まし、晴明たちは一刻も早く屋敷から脱出することを計画する。


「脱出って言っても、幽霊が待ち構えてるしそもそも結界? のせいで外に出ようにも出られないじゃない」

「分かってる、だからこそ無理やり突破口を開くんだ。Dビークルのショルダ・ブラスターをこの部屋の近くにブチかます!」


 あまりの晴明の思い切りの良さに康作とサキが必死に止めようとする。


「そ、そんなことしたらワシらまで巻き込まれるんじゃなかろうな!」

「そうですよ! それに空き家とはいえ壊しちゃったら絶対後で怒られますって!」

「経年劣化だとか適当な理由はいくらでもつけられる。それよりも今脱出することが先決だ。みんな下がってろ。ブチかませ、Dビークル!」

「知らねぇぞぉ……」

「お、俺も……」


 森川・稲田両名も流石に気が引けるらしく畏怖の対象として晴明を見上げていた。そして遠くの方から砲撃音が聞こえたかと思うと数秒も経たないうちにすさまじいほどの爆発が目の前で起き、薄暗くホコリかぶっていた屋敷に外の光が射しこんだ。舞い上がったホコリはキラキラとまるで星のように輝く。

 全員の(コイツやりやがった)と言う視線に目もくれず、晴明は人型に変形したDタイザンに乗り込み、屋敷型ヘルガイストに向けて見得を切る。


「屋敷に憑りつき、俺たちを閉じ込めんとするヘルガイストめ、このDタイザンが胸の五芒星に代わって成仏させてくれる!」


 ヘルガイストはみるみるうちに屋敷で晴明らを追いかけ回した幽霊のような人型に形を成すと、突然地団太じだんだを踏み始め屋敷の上で暴れ出す。その意味不明な行動に晴明は戸惑とまどうが、ヘルガイストの足元を見て肝を冷やす。

 屋敷から逃げているめぐるたち5人の姿をDタイザンのカメラがとらえたからだ。


(マズい! アイツらまだあんなところに……ッ)


 ヘルガイストを引き離すか、5人を安全な場所まで避難させるか。だがどちらも危険が大いに伴う。晴明が頭を悩ませる間に稲田は何かをひらめき自身のポケットに手を突っ込む。中からライターと爆竹を取り出すと、「これだ!」と言って康作の目の前に突き立てる。


「稲田、アンタそれ……」

「あぁ、ほんとはドッキリで使おうとしてた道具だ。これを使えば少しはヘルガイストの気を引くことができるんじゃないかと思って。康作頼む、投げてくれ!」


 野球部でピッチャーをやっている康作の肩を信じ、ヘルガイストに向けて爆竹を投げて少しでも怯ませようという魂胆だった。康作はためらいはするも、稲田の目を見て爆竹を受け取る。

 肩を思いっきり回してウォーミングアップを終えた康作は気合いを入れ、爆竹に点火するとヘルガイストの顔に向けて投げ上げる。

 空中で乾いた破裂音が響き、晴明もギョッとするがそれ以上にヘルガイストが体をよじらせて嫌がるしぐさをとる。


「いまだ! チェーン・シャクジョウ!」


 一瞬の隙を見たDタイザンは両手に構えたシャクジョウで相手のどてっ腹を突きさす。その攻撃にたまらず倒れたヘルガイストは苦しそうな声を上げながら起き上がろうとするが、すかさずミサイルを浴びせる。


『グ、グギャァァァ!!』

『いらぬ邪魔が入ったか……。そろそろ引き上げるぞ水鏡』

「ぐぅぅ……。稲田の奴め、どこまでも不愉快な!」


 榎戸は彼らの事を心底憎々しげに睨みつけながらも自身の正体がバレてしまっては面倒なことになりかねないので、ヘルガイストがやられてしまうよりも先に屋敷周辺から早々と引き上げる。


「喰らえぇ! ペンタグラム・ホールド!」


 バタバタと暴れながら砂埃を立てるヘルガイストをDタイザンの胸から射出された星型のレーザーがロックする。そのまま腹部からタイザン・アミュレットを取り出して身動き一つとれないヘルガイストの前に突き付け、晴明は念を唱える。


「ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ! 必殺、エクスペル・バーン!」


 アミュレットからまっすぐ伸びた火柱は見事にヘルガイストの胴体を貫くと登り龍の如く天を突く。爆発四散するヘルガイストを眺めながら晴明はシートにもたれかかりうなだれ、疲労を吐き出すようにため息をつく。



 ☆☆☆☆☆



「ま、晴明君がそういうんなら間違いないんだろうな」


 後日、警察から事情聴取を受けた晴明は事実とウソとを交えながらなんとか屋敷が半壊した経緯を説明する。地元で顔が広いということもあって晴明の話は聞き入れてもらいやすい。若い警察官はボールペンで頭を掻きながらも晴明の話を信じることにした。

 結果、屋敷の所有者が現れないということも相まって今回の事は不問にするということで決着がつき、とりあえず幽霊屋敷騒動にピリオドが打たれた。一部始終を見ていた稲田と森川も後ろの方で声をあげずに(よっしゃ!)とジェスチャーをとる。

 警官がその場を後にすると晴明は2人に詰め寄る。


「お前らなぁ! 今回ばかりは何とかやり過ごせたけどもう二度と――」


 そう続けようとした瞬間、晴明の気が何かを感じた。屋敷の方から視線のようなものが突き刺さる。

 屋敷にはヘルガイストはもういない。そのはずなのに無数の(クスクス……)と言う幼い笑い声が聞こえ、晴明は思わずたじろぐ。だが振り返っても何も見えないし何も感じない。


「ど、どうしたんだよ……」

「い、いや……」


 突然押し黙った晴明の様子に不安を感じ、森田が顔を覗き込んでくるが、曖昧な返事をするだけでそれ以上は何も言わなかった。


 その後屋敷周辺には「立ち入り禁止テープ」が張られた。取り壊し作業も計画されていたのだが、業者が相次いで手を引いたためそのまま放置されることが決定した。あの日屋敷にいた全員、屋敷で起こったことを口外することはなく、やがて幽霊屋敷騒動は鳴りを潜めた。

 屋敷の事を語る者はもう二度と誰一人として現れることはなかった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る