第4話 町はずれの幽霊屋敷を探れ①

「だからさ、あの屋敷のウワサはホントなんだって!」

「えー、ウソー!」

「絶対怖がらせるために言ってんじゃーん」

「そんなことねぇって、な! お前も見たよな!」

「あれはマジだって、ほんとパネェんだから」


 晴明たちクラスの中で、いや夕柳高校全体で何やら最近もっぱら噂になっている話がある。町はずれにある山のいただきに古くから廃墟としてたたずむ大きな西洋風の屋敷があるのだが、そこに幽霊が出現するといった噂である。

 あながち根も葉もない流言や風説の類ではなく、かなりの目撃証言や証拠写真まで出回っているほどで、県内外から心霊マニアなども押し寄せているらしい。その上夕柳町ではヘルガイストの件もあるので、より一層幽霊屋敷騒動に真実味を持たせていた。


「お前もそう思うよな、榎戸。お前確か、オカルト研究会に入ってたよな? 気にならね?」


 クラスメートの一人、稲田が榎戸水鏡に話しかける。

 面倒な会話に加わりたくなかった榎戸は一瞬表情をゆがませるものの、眼鏡を整えたのちに顔をパッと上げて作り笑顔で答える。


「僕は、その、あくまでも宇宙人や呪術的なことが専門なので……。幽霊とかにはあまり興味がありませんから……」


 返答を聞いてなのかそうでないのか、稲田は「あっそぉ」と興味なさげに今度は晴明の方へと駆け寄る。榎戸はそんな彼にギリギリと歯ぎしりをしながら恨みがましい視線を送り続ける。


「晴明はもちろんその話知ってるよな! そういうのって除霊とかしないのか?」

「え? まあ、そうだな。俺んちは何も実害がない限り動かねぇからなぁ」

「そっかぁ」


 無論、たびたび晴明も耳にはしていたのだが、事実その幽霊たちが別段なにか悪さをしたという話を聞かないため晴明としては、というよりも阿倍野神社としてはほうっておくことにしている。もしもいたずらにおはらいなんてしようものなら何か恐ろしいたたりが起こってもおかしくはない。万が一その土地を守る守護神までも誤って祓ってしまえばそれこそ大惨事を巻き起こしてしまう。

 こういう時は静観が大事だと先々代に当たる彼の祖父からいつも口酸っぱく言われてきた。と言うよりもまだまだ現役で今でも耳にタコができるくらい聞かされている。


「でもここまで噂が広まったらさ、なんか怖くないか? ちょっとだけ調べてくんね?」


 稲田は手を合わせて「お願い!」と頼み込む。晴明も腕を組んで「う~ん」と悩むが後ろからめぐるが「面白そうじゃん! 調べてみようよ」と、いらぬ後押しをしてくる。

 なるがなるべく関わりたくはないが晴明本人も気にならないと言えば嘘になる。

 高校生たるもの、誰もが興味深く首を突っ込むモノに自分も興味を示すことは自然の摂理である。

 さんざん悩んだあげく彼の天秤は好奇心の方に振れた。


「しゃーない、今日の放課後にでも調べてみるか」

「「やーりぃ!」」


 晴明が重い腰を上げると、稲田ともう一人の噂を一番熱心に話していた森川の両名はハイタッチをして喜ぶ。


「なんでお前らそんなに喜んでんだよ」

「「いや、別に~。ニシシシ」」

「?」


 意味ありげに笑う二人に晴明は疑問を浮かべるがチャイムが鳴り、全員が席へ着くためにバタバタとあわただしくなってしまったため、それ以上問い詰めることができなくなってしまった。



 ☆☆☆☆☆



「聞いたか、ジャシーン?」


 授業の後校舎の裏手の方で榎戸は美しく磨かれた水晶玉を取り出し語りかける。水晶の中に赤い渦が映し出され、それがゆっくりと形を形成してジャシーンは姿を現わす。


『貴公が幽霊には興味ないと言うことについてか?』


 ジャシーンはククク、と先ほどの榎戸の言葉を嘲笑しながら反すうし、面白がって尋ねる。教室でのことを思いだした榎戸は再び顔をゆがめて歯ぎしりを立て、声を荒げる。


「そのことは関係ない! アイツらが急にこの僕をコケにするような問いをしてきたから答えただけだ! ……それよりも例の幽霊屋敷騒動の事だ」

『……それこそ、奴らの言うようにしょせん噂話に過ぎないのではないか? まさか貴公があの阿倍野晴明に変わって調査するわけでもあるまい?』

「いやすでに僕はあの噂が気になって『オカ研』の活動としてその幽霊屋敷を調べたことがあるんだ。結果は白、霊の気配を感じなかった」

『それではなおさら、ヘルガイストを召喚したところで霊力の源たる器がなければ意味がないではないか』


 ジャシーンの言葉に対して榎戸は指を振る。そして水晶玉を胸の前まで持ち上げると、目を瞑りながらそこに手をかざして呪文を唱え始める。

 ポワッと水晶玉の中に映し出されたのは件の幽霊屋敷だ。それを見るや納得がいったジャシーンはメラメラと炎で形どられた体を揺らしながら笑う。


『そういうことか、面白いことを考えたな』

「あぁ、あの建物そのものをヘルガイストの器にするのさ。気配も抑えてすっかりと覆ってしまうんだ。そして阿倍野晴明は何も知らぬまま幽霊屋敷に飲み込まれるのさ」

『さすがは我の見込んだ男なだけはある』


 そうと決まれば榎戸たちは早速、晴明たちよりも先回りして屋敷に向かう。時を同じくして稲田・森川両名も大きな荷物を抱えながら学校を出て屋敷の方へとひた走る。



 ☆☆☆☆☆



「くそぉ、やめておけばよかった……」


 かったるそうにする晴明の後ろには道中の自動販売機で購入した飲み物をゴクゴク飲む康作とめぐる、それに付き合わされた後輩のサキがついて来ていた。

 件の屋敷への山道は舗装されているとはいえ、随分手入れをしていないのか、うっそうと草木が茂っているため、じわじわとやる気を削いでいく。おまけに若干二名はハイキング気分でいるので何となく腹立たしい。


「阿倍野先輩ってヘルガイスト以外も除霊とかってしてたりするんですか?」

「てかどっちかというと普段はヘルガイストよりもそっちの方が多いな」

「えぇ! それってこの町にそれだけ幽霊が多いってことですよね……」

「だからこそ俺らみたいなのがいるんだけどな。でも最近のヘルガイストの活発さは異常だな」

「それってあれじゃないの? 晴明がDタイザンで活躍すればするほど幽霊が色めき立つとか?」

「より強い男を求めて力自慢たちがこぞって戦いを挑むってヤツじゃな! 青春じゃのぉ!」

「悪霊どもに青春のはけ口にされてもなぁ……ぐぇっ!」


 後ろを向いて話している晴明の後頭部を大きな枝をぶつけてそのこもるような痛みにうめき声を上げながらその場にしゃがみ込む。


「「「あっ!!」」」


 他の3人はそんな晴明には目もくれず、急に視界に飛び込んできた開けた空間とその中央にデンと座す大きな洋館に意識がいく。

 想像よりもはるかに大きいその建物は、古めかしいような、しかし真新しいような、不思議なフィーリングを有していた。また、ここまで歩いてきた悪路に反して建物自体は手入れが施されているのか、外壁や窓にひび一つない。


「さすがにこうやって来てみると気味の悪さがより目立つのぅ」

「ここまで来ておいてなんですけど、ちょっと帰りたくなってきました……」

「いっつつ……、そりゃこれだけ雰囲気漂わせていたらいわく付きでなくてもいわくが付いちまうよな」


 頭をさすりながら立ち上がった晴明も見上げる。上空に無数のカラスが飛び回りいよいよお化け屋敷の様相を成しているようだった。

 ここまでは簡単に来られたが問題は中に入れるかである。いったいどんな大きさの人間が出入りするのを想定して作られたかもわからないような背の高いドアの前に立ち、先頭に立った晴明と康作がそれぞれ左右のドアノブをひねる。

 思っていたよりもいとも簡単にノブは回り、嫌な音をさせながら扉を開く。

 建物の中は全体的には薄暗いのだが外からの光のせいなのか分からないが不自然なほど明るい場所が存在する。ホコリ臭さとカビ臭さとが入り混じり、なおかつ全体的におどろおどろしい雰囲気をかもし出しているため不愉快この上ない。

 晴明はドアの前にしゃがみ込んでカバンの中からゴソゴソと何かを取り出してドアに挟みこむ。


「何やってんの?」

「こういう時不用意にドアを閉めて閉じ込められるなんて馬鹿馬鹿しいだろ。経験上こうやってドアストッパーでも挟んでいざという時にすぐ出られるようにしてるんだ」

「なるほど、賢いじゃん!」

「はっはっはっ、もっと褒めろ。……さてこれで」


 ドアストッパーを挟み終え、パンパンと手をはたいて立ち上がり捜索を開始しようとしたその時、

 バタン――ッ!

 さしたはずのドアストッパーはどこへと消え去り、一筋の光も差し込ませずに閉じられたドアが背後にあった。


「経験上……なんじゃったかの?」

「いや、うん。まさかな……」

「これって……」

「私たち閉じ込められちゃいました……?」

「そんなそんな、絶対に大丈夫だって」


 晴明はドアノブに手をやり、それを回してグッグッと力を込めて開けようとするが、押しても駄目、引いても駄目と何をやっても開く様子を見せない。



 ……。



「「「「わっはっはっはっはっ!!」」」」



 うつむく4人を静寂が包む……。

 現実から目をそらそうと乾いた作り笑いを浮かべるも、奥の方で何か物音がすると、その緊張の線が一気に張り詰められて切れる。


「嘘でしょ!? 閉じ込められたの!?」

「いやーッ! こんなところで死にたくないですーッ!」

「あ、あの噂は本当だったんじゃぁぁぁぁ!!」

「お、落ち着け! いざという時にDタイザンを呼べる準備はしてある。とりあえずここは他に出口がないか探すんだ」


 3人を落ち着かせながらポケットからスマホを取り出してライトをオンにして懐中電灯代わりにあたりを照らす。

 西洋風の甲冑や壁掛けの剥製など時代に見合わない随分と悪趣味な装飾品ばかりが目に付くが、そんなことで怯えていられるほどの余裕はない。ひとまず学校で稲田と森川が言っていた例の幽霊騒動の正体を探ることが何よりも先決である。

 一歩足を踏み出すたびに軋むフローリングさえも化け物の声に聞こえる。



 ☆☆☆☆☆



「ゼェ……ハァ……なん、なんでこんな山奥にわざわざ家を……建てるんだ!」


 榎戸は息せき切らしながらやっとの思いで屋敷のある山頂へと到着する。晴明たちから大幅に遅れをとってのことだった。


『……山奥と言う程でもなかろう。まさか貴公がこれほど運動不足とはな。老婆心ながらもう少し体力をつけることをすすめよう』

「うるさい、僕はアイツらみたいな体力馬鹿とは違うんだ……」


 半ば呆れるジャシーンに榎戸は怒鳴る。すると聞き覚えのある声が屋敷の方から聞こえて来たので草むらに隠れて様子をうかがう。その声の主は稲田と森川の二人だった。


「晴明の奴らの慌てっぷり、笑っちまうぜ。これドアストッパーを仕掛けられたの時は焦ったけどな」

「あぁ、だけどドアが開かないとなっちゃ流石にてんやわんやだったな! Dタイザンが出てきたらネタばらししてやろう!」

「ニシシ、面白くなってきた。さぁ、次の仕掛けを設置したところに先回りして脅かしに行こうぜ!」


 手の中に晴明が設置したドアストッパーを弄びながら忍び笑いをしながら屋敷の裏へと去っていく二人。過ぎ去る二人が姿を見せなくなると榎戸は草むらから体を出し、ズレた眼鏡のブリッジを指でクイッと上げる。

 光るレンズの奥の怪しげな瞳を見たジャシーンは状況から察するに彼が何か思いついたのだと分かるや否や楽しげに笑いだす。


「この幽霊屋敷騒動、奴らが一枚かんでいたのか。ではその仕掛けとやらを有効に利用させていただこう。ジャシーン!」

『すでにとびきりのヘルガイストは用意してある』


 ジャシーンは握った右手をパッと開いて球体状のヘルガイストの素体を召喚し、榎戸に渡す。素体を受け取った榎戸はそれを幽霊屋敷の上空に向けてかざし、呪文を唱える。榎戸の呪文に呼応するように暗雲が立ち込め、山全体をすっぽりと覆いこむと、その空に球体が吸い込まれていく。

 暗雲が球体を飲み込んだかと思うとピシャリと一筋の稲光が屋敷を貫き、全体からまがまがしいオーラを放つ。

 榎戸は念には念を入れるため空から地上にかけてドーム状の巨大な結界を張りめぐらせた。これで上空からDタイザンがやってきても着陸はおろそか、晴明がDタイザンに乗り込むことすらさせないためだ。


「これで名実ともにこの屋敷は幽霊屋敷に生まれ変わったわけだ。おまけにDタイザンがやってきても無用の長物、阿倍野晴明は屋敷によって閉じ込められたままヘルガイストに翻弄されてジ・エンド。これでぼくらの邪魔をする者はいなくなる」

『手も足も出ぬまま終わりを迎える……か。いいぞ水鏡、その容赦無さ。我を楽しませてくれ』


 ジャシーンの言葉に満足したのか榎戸は口角を上げながら屋敷ヘルガイストを睨みつける。これから中で晴明たちに降りかかる恐怖を想像するたびに快感に近い鳥肌が彼の身体を包み込む――。



 ☆☆☆☆☆



「「「ギャー!!」」」


 晴明たち4人は突然屋敷に直撃した雷の音と光に驚き、その場に立ちすくむ。それは榎戸が屋敷をヘルガイスト化させるときに生じたものだった。ただでさえ暗く不気味な屋敷内であるのに突如として大きな音が鳴り響くと心臓の1つや2つがこそぎ取られそうになる。


「今日はずっと晴れるってお天気お姉さんも言ってたのに! お姉さんの嘘つき!」


 めぐるが面識のないお姉さんに悪態をついていたが、責任転嫁もいい所である。

 やっと心を落ち着けた晴明は状況の不可解さを覚える。

 屋敷に入ってからたびたびこちらを驚かせるような仕掛けが施されていたが、ラジカセからどこで手に入れたのかわからないホラーボイスCDの音声が流れたり、つり下げられたこんにゃくが頬をなでたり、窓の外を白い布を被った幽霊(?)らしき物体が素通りしていくなどどれも実にチープなものだった。

 しょせん尾ひれの付いた噂に踊らされ、二人に騙されてくだらないドッキリに引っかかっただけだと思っていたが、どうやら状況は一変してしまったらしい。

 屋敷全体からヘルガイストの気を感じるようになったのだ。神経を研ぎ澄まし、どこにいるのかを探ろうとするが、ヘルガイストの放つ瘴気しょうきは一転に留まらず、あちこちに分散しており場所を絞り込むことができない。

 雷の前後でどうやら噂の幽霊屋敷が現実のものとなってしまったらしい。ダメ押しするかのように光源代わりに使っていた晴明のスマホのライトがプツッと消え、あたりは真っ暗になる。

 そしてどこからともなく先ほどのラジカセの音とは全く違うはっきりとした、それでいて気味の悪い笑い声が廊下のむこうから聞こえてくる。その笑い声は徐々に近づいてきており次第に大きくなっているのが分かる。


「な、なんか聞こえて来たんですけど! サキ、アンタの声じゃないでしょうね!」

「私こんな声出せません! てか、先輩くるし……」

「こ、こんなところにずっといられるか! ワシは何が何でも脱出するぞ!」

「あ、お前! 死亡フラグの代名詞みたいな台詞吐きやがって――」


 パニックになった康作は恐怖でお互い抱き合うめぐるとサキの制止も意に介さず、廊下に転がっている木の椅子を持ち上げると、窓に向かって投げる。しかし窓には傷一つつかず、椅子だけが粉々に砕け散ってクズだけがパラパラと地面に落ちていく。康作は頭に乗った血が一気に降下し、みるみるうちに顔面から色素が失われる。

 普通の、しかも老朽化した家の窓ガラスがこれだけ頑丈なはずがない。晴明は窓ガラスを調べると強力なバリアのようなものがコーティングされてあるのが分かる。


「さ、さっきまであんな子供だましみたいなくだらない驚かせ方だったのに何でこんなことになってるんです!?」

「あたしに聞かれても分かんないわよ! 晴明なんなのコレ!」

「ヘルガイストだ。さっきの雷のせいか知らないがこの屋敷にヘルガイストが現れたんだ…」


 言い合いを繰り返しているうちに康作が何かに気づく。先ほどまで聞こえていた笑い声がピタリと止んでいたからだ。何かおかしいと思い恐る恐る後ろを振り向く。

 すると全身白いボロ布をまとった髪の長い女性のような人影がヌーっと立っていた。ゴクリとつばを飲み込んでじっと見つめると、髪の隙間から見開いた眼球と耳にまで届かんばかりにニタァと上げた口を覗かせている。バッチリと目が合った瞬間、先ほどから聞こえていた笑い声をあげ、ヒタヒタと近づいてくる。


「に、逃げるんじゃ……」

「「「えっ?」」」

「逃げるんじゃぁぁぁ!!」

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