第3話 男、約束! 指切りげんまん②
「お兄ちゃんがアイドルを好きなのは今に始まったことじゃないから分かっているんだけれども……」
大型ショッピングモールの中の休憩スペースにてムスッとさせながら座るいなほと、その目の前には申し訳なさそうに縮こまって座る康作の姿があった。
「今日は私の買い物に付き合ってくれるって言ったのはどの口!? てか男に二言はないんじゃなかったの!」
「す、すみません……」
「まさか買い物に来て早々、限定グッズ販売の列に2時間も並ばさせられるなんて思ってもみなかったんだけど……。その辺どうなのお・に・い・ちゃ・ん!」
「はい、深く反省しております……」
厳しい視線と言葉をぶつけられますます小さくなっていく康作。いなほは椅子の背もたれに両腕を乗せて吹き抜けの天井を仰ぎ、大きくため息をつきボソッと呟く。
「モテないよ、お兄ちゃん」
その一言が康作に深く突き刺さる。いなほはゆらりと体を前に戻し先ほど以上に鋭い視線をぶつけてくる。ダラダラと汗を垂らす兄に追い打ちをかけるように続ける。
「あのね、別に趣味を持つなとは言わないけれども。女の子との約束をぶっちしてまでアイドルの追っかけやってるなんて正直モテる要素皆無だよ。引かれるよ?」
「や、やめてくれぇぇぇぇ……、いなほぉぉぉぉ。それ以上はぁぁぁぁ……」
「そんなだからめぐるさんも相手にしないで晴明さんの方しか見ないんだよ……」
「ぐはぁっ!」
その攻撃、もとい口撃康作のメンタルにクリティカルヒット。彼の頬にツーと一筋の涙が流れる。
(さすがに言い過ぎたかな?いやでも、)
そう思いかけたが首を振る。いなほは今日、兄の将来のために心を鬼にすると決めたのだ。毅然とした態度に戻り再び訊ねる。
「ちゃんとわかってくれた?」
「はい、もうホントに反省しとります……」
「今度から一緒に外出する時は我慢できる?」
「はい、できます……」
「限定品であっても心惹かれることない?」
「……善処します」
「……」
「ダイジョウブデス」
若干不安は残るがひとまず兄の言葉を信じて、話に終止符を打つようにテーブルをバンッと叩いて立ち上がる。「それじゃあ、約束通り今度こそ私の買い物に付き合ってもらうから!」といって康作の手を強引に握って走り出す。急に手を引かれた康作は一瞬よろけるが何とか足を踏ん張っていなほについて行く。
「ヤ……ク……ソ……ク……?」
康作たちのすぐ近くに座っていたヘルガイストの男は生気のない視線を遠のいていく二人に送り続けていた。
☆☆☆☆☆
「じゃあ次レフトいくぞーっ!」
「「お願いしまーす!」」
カキーン
レフトに打ち上げた球はだいぶ前の方に落ち、難しい跳ね方をするが、カケルは落ち付いてキャッチし、ホームへ投げ返す。晴明は子供たちをそれぞれの守備位置に近い所ところにつかせてノックをする。小学生とはいえさすがは少年野球チーム所属なだけあって皆上手に捕球する。
先日の試合ではライバルチームに勝ったとはいえ、ところどころで守備の甘さが目立っていたのは晴明も感じていた。 部活動でも
たまに手を合わせた瞬間を部長に見つかり、集中ノック練習を味わうことになるがそれはまた別の話。
「そろそろ休憩するかー。よーし全員もどってこーい」
謙介がフライを取り、ホームにまで投げ返したところで晴明は手を振って子どもたちを呼び戻す。
「お疲れさん、わざわざ俺が教える必要なんてないんじゃないか?」
そう言われた子供たちはみんな「えへへ……」と、嬉し恥ずかしと言った感じに笑う。晴明は空き地を見渡し、改めてその広さに感嘆を漏らす。
「それにしてもよくこんな土地見つけたな。普通にグラウンドでやるのと代わんないぐらいはあるぞ」
「でしょ? 下校中に寄り道とかして見つけたんだ。見回りの先生に見つからないように探すのがコツなんだ」
「おっ、なかなかワルだねぇ例の女番長にシメてもらうか?」
「そ、それだけはぁ~!」
女番長の名は知れ渡っているのか、全員が思わず背筋を伸ばしてしまう。
☆☆☆☆☆
しばらく休憩しながら談笑していると遠くの方からめぐるが自身のスマホをかざし、慌てた様子で走ってくるのが見えた。晴明も何やら様子がおかしいと察してカケルと一緒に彼女のもとに駆け寄る。
「どうしたんだよ、そんなに慌てて……」
「とりあえずこれを見て!」
突き出されたスマホにはSNSで流れてきた映像が映し出されている。その場所は晴明にも見覚えがあった。夕柳町の大型ショッピングモールの映像、今日康作といなほが二人して出かけている場所だ。
映像の中では何かが崩れ落ちるような大きな音と揺れ、買い物客がパニックになっている様子、それと一瞬だが禍々しいような巨大な影が映った。
「これは、ヘルガイスト!」
男の怒りや恨みを養分として巨大化したヘルガイストが実態と化しショッピングモールで暴れまわっている様子を撮影したものだった。もしこのまま暴れ続ければどんな事態になりかねるか分からない。
晴明はそれを確認するや否や、彼のカバンの中からウエストポーチを取り出して巻く。
「ばんちょーといなほちゃんって今日ここにいるのよね……。早くいかなきゃ二人が……」
「分かってる、すぐに向かう! めぐるはここで子供たちを頼む!」
「オーケー、任せて!」
「……
ポーチの中から一枚のお札を取り出し、それを天高く掲げ叫ぶ。雷鳴の如く天に放たれた光は雲を呼び起こし、その中から巨大な戦闘機『Dフライヤー』が姿を現す。
「Dタイザンだ!」
「すげ、ホンモノまじかで見ちゃった」
「晴明兄ちゃん、今からどっか行くの?」
子どもたちの問いかけに「ちょっと行ってすぐに戻ってくる。それまで自主練だ」とだけ返すと、Dフライヤーの下部から光の帯が晴明に向けて降り注ぎ、彼を吸い込んでいく。するとカケルがいつの間にやら横についてきたようで、一緒にDフライヤーに乗り込んでしまう。
「ちょっ、お前!」
「ごめん兄ちゃん!でも一度乗ってみたくて……」
「……ついてきちまったのはしょうがねぇ。しっかりつかまってろよ?」
「了解!」
カケルがシートに座るのを確認すると、晴明は操縦桿をグっと引き、現場へと急行した。
☆☆☆☆☆
ショッピングモールで暴れるヘルガイストはまるで怒りをぶつけるかのように無差別に建物を荒らす。その足元にはあの男が気を失ったまま倒れ伏していた。
「お兄ちゃん、どうしよう……!」
「大丈夫じゃ。これだけの騒ぎ、すぐにDタイザンが駆けつけてくれるじゃろうて!」
「そ、そうだよね……」
店内に身をひそめながら、康作は震える妹の肩を抱いて安心させる。だが危険はすぐそばにまで迫ってきていた。バキバキ……と音を立てながら床が割れていく。
「あ、危ない!」
そう思ったのも時すでに遅し、ひび割れがいきなりガラガラと大きな音を立てながら崩れ始め下の階層の地面がむき出しになる。康作はいなほの手を引いてその場から逃げ出すが、その様子を見たヘルガイストがギロリと睨みつけたかと思うと二人のもとに拳を振り下ろす。
「うわぁ!」
「キャーッ!」
かろうじて康作は逃げ切ったものの、いなほは足を踏み外してしまう。下に落ちれば瓦礫や散らばった商品棚の山で無事に済むはずもない。康作はがっしりと妹の手をとり引き上げようとする。だが先ほどどこかで打ったのだろうか、腕に力が入らない。
「ぐぅっ……いなほ……!」
「お兄ちゃん離して!このままじゃお兄ちゃんまでアイツに!」
ヘルガイストは依然として兄妹のもとへ一歩ずつ近づいてくる。
だが康作は自身の持てる力を振り絞って叫ぶ。
「バカ言え! ここで妹の手を放すような兄貴なんて居るはずがなかろうがッ!」
「お兄ちゃん……」
だが疲労の限界に加え、汗により滑りやすくなる。いなほの身体がズズズッと落ちていく。
もうダメだ、そう思った瞬間――。
『よく言った、康作! Dタイザン、ディフォォォォムッ!』
Dフライヤーが風に乗って颯爽と現れ、晴明の掛け声とともにDタイザンへと姿を変える。
兄妹のもとへと着地したDタイザンは二人を手の中に乗せて安全な場所へと避難させた。
『遅くなったな、すまん二人とも』
「そうじゃ、ちぃとばかり遅すぎるわ! おかげでワシの大事な腕がもげるとこじゃったわ!」
『すまん、だがその分あいつに礼はたっぷりさせてもらうぜ。行くぞ、ヘルガイストォッ!』
Dタイザンは立ち上がってまだ暴走を続けるヘルガイストに向けて人差し指をさす。
「この世に未練を残し、罪なき人々を傷つけるヘルガイストめ、このDタイザンが胸の五芒星に代わって成仏させてくれる!」
『キシャァシャシャシャシャッ!』
「でも、ここで戦えば被害がますます増えるよ!」
「それもそうだな、移動させるぞ!」
晴明は再びDフライヤーへと変形させて、軽くミサイル攻撃を加える。急にちょっかいを入れられたことによって怒ったヘルガイストは注意をショッピングモールからDフライヤーへと移し、上手く誘導する手はずが整った。
☆☆☆☆☆
被害を最小限に抑えられる場所にまで連れてくると、再びDタイザンへと変形を戻して双方にらみ合う。
「さぁ、ここならどれだけでも暴れていいぜ。暴れることができればの話だがな!」
『キシャァァァァァッ!』
両手を上げて襲い掛かってくるヘルガイスト、それをDはよけながら指を組んだ腕をハンマーの様に振り落として地面と経叩きつける。そのまま後方へとジャンプしてトゥートップ・バルカンを数発、お見舞いしてやる。
ヘルガイストは苦しそうにもがきながら転がりあおむけの姿勢となり、口から弾丸のようなものを吐き出す。上手く空中制御の取れないDタイザンにそれが命中してしまい、彼らもま仰向けの姿勢で叩きつけられる。起き上がったヘルガイストは何度も何度も力強い拳で殴打、Dタイザンのボディを執拗に責める。
「いてぇ……カケル、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ兄ちゃん……。それよりもあいつも飛び道具持ってるんだね」
「かなり厄介だな、パワーもあるみたいだしチェーン・シャクジョウでは動きを封じ込めるとも思えん。とはいえ、このままじゃ俺たちがやられる!」
「何かいい武器はないの? あの腕でも”切る”とかさ!」
「切る……?それだ!ショルダ・ブラスター!」
カケルの言葉で何かを思い出したかのように晴明は超近距離でショルダ・ブラスターを浴びる。ヘルガイストはその威力によろめき、その隙をついてDタイザンは体勢を立て直して両腕を空高く上げる。
「タイザァァァァン・ファルクスッ!」
Dタイザンの頭上が眩く光ったかと思うと、鎌状の武器がその姿を現す。
「こいつで貴様のその腕、かっ切ってやる! 覚悟しろ!」
よろめくヘルガイストに走って近づいたDタイザンはファルクスをばってんに振り下ろし腕を切る。
その痛みからか断末魔のような叫びをあげ、再び口から弾丸を発射するヘルガイスト。しかし晴明はそのすべてをかわして弾切れを見計らってペンタグラム・ホールドをお見舞いする。
Dタイザンの胸の五芒星から放たれた星型レーザーはヘルガイストをがっちりと包み込み、身動き一つとれなくさせる。
「タイザァァン・アミュレット!」
Dタイザンはアミュレットを腹部から引き出し、右手の人差し指と中指で挟んで前に掲げ、晴明は目をつぶって念を唱える。
「ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ! 必殺、エクスペル・バーン!」
そして再び開眼したとき、アミュレットに込めた念が火柱となって放出され、ヘルガイストを巻き込み、上空にてその業火で焼き尽くす。悪霊が消え去ると空を覆うブ厚い雲もあっという間に晴れる。
☆☆☆☆☆
ヘルガイストに憑りつかれた男はあの騒動の後すぐさま病院へと搬送され一命をとりとめた。
男が目を覚ました時、彼のの恋人が真っ先にお見舞いに駆けつけ、おまけにあの日彼女と一緒に歩いていた男まで病室に入ってきてギョッとする。目を白黒させて驚く男に彼女は当日起こったすべての出来事を一つ一つひも解くように話し始める。
彼との待ち合わせ場所へは、彼女の兄が車で送ると約束していた。にもかかわらずエンジントラブルが発生してしまい車は出せなくなり、予定していた時間が過ぎてしまったのだ。遅刻させてしまったお詫びとして兄は彼女を待ち合わせの場所まで見送りに行ったのだが、兄と面識のない男がその場面を偶然目にしてしまった。
結果、男の立場からすれば彼女が別の男と歩いていると勘違いしてしまうのも無理ない。つい勢い余ってその場から立ち去ってしまい、彼女と合流することが叶わなくなってしまったのだ。
動揺をしていたとはいえ、ふたを開けてみればなんてくだらない話なんだろうか、自分が冷静にいれさえすればすぐにでも誤解が解けたではないか、そう思うと男は全身の力が抜け、ベッドに身体を埋もれさせた。唯一の救いはヘルガイストに憑りつかれている間の記憶がないことだろう。恋人は何度も謝り続ける。彼女の兄もひたすら男に対して謝罪するが男の耳には入って来なかった。
『勘違いごときであれほどの強大な怒りを向けられるとは、人間の恨みとはつくづく面白く、興味深い』
病院の敷地外にてジャシーンと榎戸はそのやり取りを水晶越しに視る。
「その通り、人間の心は常に不安定な位置をさまよっているんだ。そこにすこし僕らがエッセンスを加えればたちまち強いヘルガイストを作ることができる。いくらでも人間に利用価値はあるさ」
『今は実験段階ということか。面白い、次なる強い怨念に期待しようではないか』
ジャシーンが高笑いをしながら水晶に戻ると映し出された映像はフッと消え、榎戸も不敵に笑いながら病院を後にする。
☆☆☆☆☆
「いやぁ、かっこよかったよ! 兄ちゃん!」
「だろう? だけどなお前、勝手に乗りこんじゃダメだろ! 姉ちゃんにもきつく言ってもらわないとな!」
「そんなぁ、ごめんってば~」
泣きすがるカケルを見てヤレヤレと言った表情を見せて、頭に手を置く。
「でもお前の助言のおかげでたすかったぜ。ありがとよ」
「に、兄ちゃ~ん!」
すると向こうから田端兄妹がやってくる。多少のけがはしているが二人とも無事の様だ。
「すまんな晴明、おかげで助かったわ」
「ありがとうございます。晴明さん!」
「いなほちゃんも無事でよかった。しかし、あんな状況で手を放すように言うなんて男気あるねぇ」
「うんうん、すごかったよ!さすが女番ちょ……あっ」
カケルがハッ、と口を滑らせたことに気づいたが時すでに遅く、いなほは恥ずかしさゆえに肩をプルプルと震わせ、耳まで真っ赤にしていた。しどろもどろに視線を泳がせる彼女の姿をお気の毒に、と思いながら晴明はカケルに対して「南無三……」と、合掌。
「なんでそれを……。そ、その話、誰にも言ってないでしょうね……」
「晴明兄ちゃんにだけ……かな」
その瞬間いなほの肩の震えはいっきに怒りへと変わった。
「う……ぐッ……こらーッ!」
「ワーッ! ごめーん!」
恥ずかしさと怒りが混在しパニックになるいなほはカケルを追い回す。晴明は「可哀想だが、一番いい薬になったんじゃないか?」と笑うが依然として話の読めない康作は頭にはてなマークを浮かべていた。
めぐるや小学生たちが現場に着いた頃にはカケルはいなほに捕まり、引きつった笑顔を見せながら、いなほは額に青筋を浮かべながら、
「カケル君はいい子だもんね~。さァ、私がどんな人か言ってごらん」
「いなほちゃんは根っからの優しい人ですぅ~」
と、延々と言い合っており小学生たち全員が怯えて縮こまっていた。
女性だけは怒らせないようにしよう……晴明は一人、心の中で誓う。
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