第1話 召喚、陰陽ロボ‼︎②

 翌日の練習でも謙介は機嫌が悪かった。

 昨日の出来事のせいでなかなか寝付けなかったことに加え、例の高校生たちが今日も練習を見に来ており、そのおかげでカケルが妙に張り切って練習に臨んでいるため、いつも以上に目障りに感じた。

 ポーンと外野に打ち上げられ、レフト方向に吸い込まれているフライ球をベンチに座りながら何となく目で追っていると、その軌道の先には得意げにグローブを構えるカケルがいる。

 謙介は小さく舌打ちし、


(落としてしまえ)


 と心の中で毒づいた。

 その瞬間、急にビュウと強い風が吹いたかと思うと球が不自然にフワッと浮き、カケルの後ろへ落ちてテンテンと転がっていく。謙介を含め、その場にいた全員一瞬何が起こったのかわからず、固まっていた。カケルも「しまった」とつぶやきながら照れた様子で球を拾ってから内野に向けて投げ返す。


「よっしーどんまーい!」

「アンラッキーアンラッキー」


 とカケルの珍しいミスにチームメイトも特に気にした様子はなかったが、謙介だけが何か強烈に違和感を覚えた。

 監督が「日吉ー、もう一回行くぞー!」と掛け声をかけてレフト方向にフライを打つ。しっかりと目で球を追いながら、カケルは再びグローブを構えて捕球の態勢をとる。

 違和感の答え合わせをするように謙介は今度は心の中で(コケてしまえ!)と強く念じてみた。

 カケルは飛んできた球に合わせるように一歩、二歩……と後ろへ下がる。あと少しでグローブにキャッチできると思った瞬間、かかとが何かに当たりうしろ向きに倒れてしまう。

 その瞬間、謙介の疑念が確信へと変わった。

 皆は驚いて彼のもとに駆け寄った。だが特に怪我もないようで、再び照れくさそうに無事をアピールする。

 謙介は一人その場にたたずみ昨日の出来事と目の前で起こったことを頭の中で整理し、自分に特別な力が宿っていることを自覚した。



 ☆☆☆☆☆



 普段チームメイトも見たことがないような凡ミスやアンラッキーが立て続けに起こる。


「どうしたんだよ、よっしーらしくない」

「ご、ごめん。ちょっと油断してたかも、アハハ…。気を引き締めるよ」


 チームメイトの心配する声に明るく振舞って見せるものの、その態度とは裏腹に心の奥は複雑な気持ちでいっぱいだった。

 体調がすぐれないというわけではない、むしろめぐるたち三人に良い所を見せようとする分いつもより好調な方だった。それが空回りしているのかもと考えてみたが、そこはいつも通り冷静なプレーを心がけているのでありえない。

 一方の謙介はまるで我を忘れ、カケルにもっと恥をかかせようと躍起やっきになるばかりである。それは既に逆恨みであるなしは関係なく、彼の意識以上に負の感情が膨れ上がっていく。


「うう、見ていらない……。んもー、カケルったらどうしたのよ!」

「お姉ちゃんが見とるから緊張しとるのかもしれんのう」


 その後も動揺からか、エラーを繰り返すカケル。グラウンドの端でめぐるは歯がゆそうに見守る。

 康作はフォローを入れるが、晴明だけは険しい表情で見つめていた。


「どうしたんじゃ晴明? そないに怖い顔しとったら子供たちが怯えるじゃろが」

「ん? ああ、すまんすまん。……ただ、このグラウンド内から微弱ながら霊力を感じてな。それも悪意を含んだ霊力だ」

「……ッ!? れ、霊力というとヘルガイストのことか!」

「そ、それってもしかして今のカケルの状況に何か関係があるの?」


 二人の話にめぐるは慌てて尋ねてみる。しかし晴明は「まだ分からない」と、かぶりを振るだけだった。負の感情を放つ人や物に取り付き、その恨みやつらみをエサとしてむしばみ、その力を増大させる異形の存在ヘルガイスト。

 それがカケルを邪魔しているのでは……と考えるが、いまだ感じ取った霊力の小ささ故にはっきりと断定できないでいた。しかし同時に新たな疑問が浮かび上がる。


「仮にカケルのエラーの原因がヘルガイストの仕業なんだとして、どうしてあの子を狙うの?」

「うむ、たしかに。この練習場を狙うのならば、他の子たちにも異変が起きてもおかしくないんじゃがなぁ」

「そうだな……。カケル個人に対して特別悪意を持っている――なんてこともあるな。例えばレギュラーになったアイツを生意気だと思った誰かがカケルだけを狙い撃ちして恥をかかせているとか」

「なにそれ! そんなの陰湿すぎるんじゃない!?」


 めぐるは声を荒げて怒りをあらわにする。弟があんな目に合わされているのだ、無理もない。晴明はいきどおる彼女の様子に驚いて「あくまでも例え話だからな」といさめようとする。


「それに、ヘルガイストに取り憑かれた人はみんな行動をコントロールされるんだ。本人の意思以上に大きな力が作用してしまうんだ。最初はほんの小さな嫉妬心でも、時間がたつごとに怒りが増幅され、しまいにはヘルガイストの養分にされちまう」


 ヘルガイストについての恐ろしさを伝え、晴明は先ほどよりも神妙な面持ちでグラウンドを見つめる。


「徐々に霊力が力を増して来ている。これは一波乱起きるな」



 ☆☆☆☆☆



「日吉、あまり調子が良くないようだな」


 監督はついにカケルの不調を見かねて、彼のもとに駆け寄る。


「す、すみません監督」

「いや、別に怒ってるわけじゃない。ただ体調がすぐれない状態で練習に参加しても他のチームメイトがお前のことを心配して練習に身が入らなくなってしまうし、何より日吉、お前自身の為にもならないからな。今日は帰りなさい」

「でも俺、せっかくレギュラーになれたのに」


口を尖がらせてうつむくカケルをみて監督は大きくため息をつく。だがそれは呆れたようなものではなく、あくまでも彼の優しさから出たものだった。


「はぁ……あのな日吉、たかだか一日ぐらい休んだって別にレギュラーから外そうなんて誰が考えるってんだ。それよりも不調が続いて試合に出られなくなる方がお前だって嫌だろ? そのためにも今日ぐらいは家に帰って休む! いいな?」

「わ、わかりました!」

「よっしゃ、元気になったらまた来い」


 監督は大きくうなずいてカケルの頭を優しくポンポンと叩く。カケルはぺこりとお辞儀して小走りで帰り支度を始める。

 二人の会話を聞いていた謙介はこの機を逃してはならないと、適当な理由をつけて練習を抜け出そうとしていた。監督は代わりのレフトに彼を指名しようとしていた様子だが、謙介にはそんなことはすでにどうでもいいことだった。


「今日は体調が悪そうだから無理せず休めって監督に言われちゃった」

「そう……。まあ無理しちゃダメだもんね」


 落ち込みを見せまいとはにかむカケルにとそんな弟を心配に思うめぐる。彼女らを元気づけるべく晴明は、


「よし、じゃあ今日は俺がメシでも奢ってやるよ。」


 と提案する。するとカケルは大きな瞳を輝かせながらぴょんぴょんと跳ねる。


「ほんと!? 男に二言はないからね!」


 多少元気が戻ったようでニシシといたずらっぽい表情を見せる。康作は「まったく現金な奴じゃのぉ!」と頭をぐりぐりしながら豪快に笑い声をあげる。晴明は後ろから感じる視線を常に気を張りつつ、4人は土手を上がっていった。

 彼らより少しタイミングをずらして謙介はひっそりと付いて行く。



 ☆☆☆☆☆



「誰かがついて来とるな……」

「お前も分かったか」


 街中を歩く4人の後ろを付けてくることにさすがの康作も気が付く。とはいえしょせんは子供、自分の姿を上手く隠せないどころか純粋な敵意をむき出しにしているため、それだけ気配も大きく分かりやすい。

 その上先ほどグランド内で感じた霊力を晴明は後方から感じ取り、カケルの邪魔をする犯人がヘルガイストに憑りつかれているであろうという彼の説は立証された。


(あとはこれからどんな妨害をしてくるか、だが……)


 晴明は謙介にこちらが全く気付いていないことを装うためにわざと大きな声でカケルと話す。


「カケルは昼メシ、何が食いたい?」

「ん~そうだなぁ……あっ! ラーメン! ラーメンが食べたい!」

「ラーメンならリーズナブルに済むし……。よし連れてってやるよ」

「やった! それじゃ”スペシャル特大チャーシュー麺”食べるぞぉ!」

「お、いいのぉ。晴明にしっかりと奢ってもらえ!」


 カケルと康作の二人はにやりと悪い顔を浮かべながら、男に二言はないとでも言いたげにVサインを晴明に見せつける。


「バッ、お前それあの店でいっちばん高い奴じゃねぇか!」

「「えーケチー」」

「コラ二人とも調子に乗るな!」


 口をそろえて不満をぶつけながらおちゃらける二人に対してめぐるが拳を振り上げる。カケルは「姉ちゃんコエー!」と笑いながら小走りで逃げていく。

 彼がビルの建設現場を横切ろうとしたとき、これまで以上に大きな霊圧が晴明にビリビリと伝わった。上の方でクレーンのワイヤーがバツンッと大きな音を立てて千切れ、つり下げられていた鉄骨がカケルめがけて落ちていく。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「カケルーッ」

「……ッ!? 間に合えっ、形代かたしろ!」


 晴明は咄嗟に人の形に切り取られた霊力を蓄えられている小さな紙、『形代』を数枚、落ちる鉄骨に向かって投げる。勢いよく飛んでいく形代は鉄骨を囲むと、落下スピードを抑えながら軌道をカケルの方からそらし、地面にドスンとおろす。

 腰が抜けたカケルは地面にぺたんと座り込み、上からは工事関係者が慌てて降りてきてへたり込む彼に謝りながら無事を確認する。


「いよいよしびれを切らして本性を現しやがったなヘルガイストめ」

「がぁっ……! ハッ……」


 晴明が振り返り睨みつけるその先には苦しむ謙介にまとわりつく巨大なまがまがしい霊体の姿があった。晴明に邪魔をされた怒りからか、紫雲でできたその化け物は次第に実体となり、大きな獣の姿へと形を変える。異形は『キシャァァァァ!!』と、耳をつんざくほどの不愉快な雄たけびを上げ、それを見た現場作業員や通行人は全員「化け物だー!」と逃げ出す。



 ☆☆☆☆☆



「な、なんだアレ!? お、お化け……!? それに下にいるのは6年の上村だ!」

「カケル、あの上村ってのはどういう奴なんだ?」

「お、俺とレギュラーをかけてずっと争ってたヤツだよ。それで俺が勝って……」


合点がいった。間違いなくこれまでの事も彼の仕業に違いない。


「そういうことか。……今日お前を散々邪魔してきた正体はあのヘルガイストっていう悪霊だ。悪霊がお前に対する上村の嫉妬心をコントロールし、まるでお前が不調のように見せかけていたんだ」

「そ、そんな」

「だが姿を見せればこっちのもんだ、いくぞ!」


 そう言うと晴明は腰のポケットから一枚のお札を取り出し、それを天高く掲げ叫ぶ。


召喚サモンッ! Dタイザァァァァンッ!!」


 その声に答えるようにして、お札から一本の閃光が空へと放たれ、雲を突き抜ける。するとその雲の切れ間から巨大な飛行機が現れ、晴明に向けて光を放つ。

 晴明はその光に吸い込まれるようにして飛行機に搭乗し、「Dタイザン、ディフォーム!」の掛け声とともにシートの脇にあるレバーを思い切り引く。

 巨大飛行機はゴウゴウと大きな音を立てて、空の上でその形を変えていく。推進器が脚となり、キャノンが砲塔に収納されるとその反対側から拳が突き出される。機体の胴部分が展開して頭部が姿を現し、Dタイザンと呼ばれるマシンは完全な人型へと変形、大地へと降り立った。

 そしてDタイザンはツインアイを光らせながらゆっくりと腕を上げて、見得を切るようにヘルガイストを指さす。


「この世に未練を残し、少年の心をもてあそぶヘルガイストめ、このDタイザンが胸の五芒星に代わって成仏させてくれる!」


 次から次へと目まぐるしく起きる状況の変化に追いつけない様子のカケルに康作が説明する。


「兄ちゃんを吸い込んだ飛行機がロボットになっちゃった……!」

「あれこそ晴明のDタイザンじゃ。陰陽師である奴がアレを操り、悪霊と日々戦っとるんじゃ」


 そびえ立つ巨大ロボットと対峙する化け物ヘルガイスト。高さにして20〜30mほどの巨体が互いににらみ合うようにそびえ立つ姿を見上げ、カケルたちは固唾をのむ。


「さぁ、来い化け物! すぐにでもノックアウトにしてやる!」

『ギャァァァオッ!!』


 ヘルガイストは晴明の挑発に乗るように謙介の体から離れてDタイザンに襲い掛かる。だがDタイザンはするりとそれを避けるとヘルガイストの背中に激しい蹴りを入れる。


「ランバス・ミサイル!」


 よろける相手に向けてすかさずDタイザンの腰部に備え付けられたミサイルを浴びせ動きを封じ込める。

 もくもくと立ち込める煙の中から影がゆらりと揺れたかと思うと、中から飛び出してきた2本の触手のようなものがDタイザンを捕らえ、機体を締め、高く持ち上げたかとおもうと地面に叩き落つける。


「ぐッ! 味な真似を……。ショルダ・ブラスター!」


 晴明の掛け声ににより、伏した体勢のまま肩部アーマーがガパッと外側に折りたたまれ、大口径の砲が伸びる。


「ファイヤ!」


 放たれた弾は機体に巻き付けられた触手に命中し、ビチビチと暴れながら引きちぎる。ヘルガイストは苦しそうにわめき散らし、ちぎれた部分を抑える。だがその後のDタイザンの攻撃はすべて素早い動きでかわし、晴明もなかなか止めを刺すことができないでいた。

 このままではらちが明かないと思い、Dタイザンは脚部から棒状の武器を取り出し、頭の上で大きくそれを振り回す。


「ちょこまかちょこまかと! チェーン・シャクジョウ!」


 ダッシュで距離を詰めると錫杖しゃくじょう型の武器を高速で何度も突き出し、袋小路に追いやる。


「す、すごい。アレがDタイザン!」


 カケルは目を輝かせながらその戦いぶりを凝視する。

 Dタイザンが柄の部分のボタンをカチッと押すと、チェーンがガラガラと音を立てながら伸び、シャクジョウの先が勢いよく飛び出す。

 追い詰められたヘルガイストの身体をグルグルと巻き締め上げ、動きを封じ込める。そして先ほどのお返しと言わんばかりにシャクジョウを大きく振りかぶって、ヘルガイストを持ち上げると地面に叩きつける。

 ヘルガイストは手足をピクピクとさせ、起き上がる様子を見せない。


「いまだ、ペンタグラムホールド!」


 晴明の叫びとともにDタイザンの胸に描かれた五芒星が輝きを放ち、敵に向けて星型のレーザーを撃ち込まれる。星の光はヘルガイストをがっちりと包み込み、いよいよ完璧に身動き一つとれなくなる。


「タイザァァン・アミュレット!」


 Dタイザンは巨大な札を腹部から引き出し、右手の人差し指と中指で挟んで前に掲げる。晴明は目をつぶって呪文のようなものを唱える。詠唱を終え、アミュレットに念を込めると、パッと開眼する。


「ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ! 必殺、エクスペル・バーン!」


 アミュレットからまっすぐ放たれた火柱はヘルガイストを閉じ込めると、まるで飛龍のように空へと昇る。断末魔を上げる悪霊は上空で業火のごとく焼き尽くされ、消滅する。ヘルガイストの姿が跡形もなくなると暗雲は晴れ、明るい日差しがさし込み、いつものような平穏な日常が舞い戻る。

 Dタイザンのかざすアミュレットは役目を終えたとばかりに、日に当てられ、キラキラと光を反射させながら灰のように消えていく。


「やったー! ヘルガイストを倒した!」


 めぐるが手をたたきながら喜び、康作もガッツポーズを見せる。カケルは後ろの方で倒れている謙介のそばに寄り、彼の身体を揺する。


「う、うぅ~ん……。ハッ、あの化け物は!」

「さっきの化け物は晴明兄ちゃんが、Dタイザンが倒してくれたんだ」


 目を覚ました謙介はカケルの声を聴くやいなや驚いて後ずさりする。

 ただ彼の指さす先のDタイザンを見て状況を飲み込んだ。自分が何をして、どうなったかを、ヘルガイストに体を支配されていた時の記憶を思い出す。


「そっか、あの化け物は僕が……。あ、あの……。その……」

「……」

「日吉、ごめん。僕、お前につまらない嫉妬なんかして、それであんなことを」

「ううん、いいんだ。気にしてないから」


 カケルは首を横に振りながらニコッと笑う。

 晴明はDタイザンのコクピットから降りて、謙介に何か一言言ってやろうかと思っていたが、その二人のやり取りを見ているとその必要がないと悟り、ただ微笑ましく見つめる。



 ☆☆☆☆☆



「所詮は小学生の嫉妬心、か」


 遠くからため息をつきながら榎戸は心底つまらなさそうに眺める。その横にはまるで生きているかのような黒い炎が怪しげに燃える。

 呪術師である榎戸が契約を交わしたヘルガイストの神『ジャシーン』のエレメントである。彼にヘルガイストの存在を教え、それを操る能力を与えた存在。


『しかし相変わらず厄介かなDタイザン。せっかくの成長途中であるヘルガイストをこうも簡単に打ち砕くとは』

「間違いない。阿倍野晴明とDタイザンはこの僕にとっての仇敵きゅうてき。奴を倒さない限り僕らの野望は掴むことができない。……これからもよろしく頼むよ」

『当たり前ではないか我が同志よ。貴公と我が力が合わされば奴らを倒すのも夢ではない。さあ、次なる器を探そう』


 エレメント・ジャシーンはメラメラを燃え盛りながら不気味に笑う。榎戸も彼につられるように不敵な笑みを見せる。



 ☆☆☆☆☆



 日曜の朝『夕柳レックス』対『雷鳴サンダース』との試合が行われていた。

 選手はみな張り切って白球を追い、いい試合運びをしている。もちろんカケルもいつもの好プレーで周りをざわめかせていた。めぐるや晴明、康作もレックスを熱心に応援する。

 そして、同点で迎える最終回。ツーアウト二、三塁。一打サヨナラの場面でカケルの打順が回ってきた。初めて試合に出る彼にとってプレッシャーでしかなく、なかなか足が進まない。

 それを見た監督は、


「代打だ。日吉に代わって――」

「――上村」


 呼ばれるとは思ってもみなかった謙介は驚いて監督の顔を見る。彼は謙介に対してウインクをして肩をポンと叩く。


「こういう場面はお前が一番強い、行って勝って来い!」

「謙介頑張れ!」

「かっ飛ばせ上村ー!」


 カケルも大役を担わずにホッとした様子で、謙介に対してVサインをみせる。それが彼を決心させた。ヘルメットを深く被り、バッターボックスに立ちピッチャーをキッと睨む。

 ピッチャーが思い切り振りかぶり、謙介は――。


 カキーン!


 小気味良い金属音が鳴り響くと共に、ワッと子供たちの元気な声がグラウンドを包み込む。

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