第1話 召喚、陰陽ロボ‼︎①
春。
穏やかな気候に当てられてか草木は賑わい、小鳥はさえずり、動物たちも盛んに活動をはじめ生命の息吹が感じられる。ここ
その川沿いの土手に設けられたグラウンドでは地元の少年野球チームが練習をしていた。
カキーン!
小気味良い金属音が鳴り響くと共に、ワッと子供たちの元気な声がグラウンドを包み込む。
活気あふれる様子に下校中の
「見ろよ康作、『夕柳レックス』が練習してるぞ。懐かしいな」
「ほんとじゃのぉ。お、あのレフト……小柄じゃが、なかなかいい守備をしとるな」
康作はアグレッシブに守備をする一人の少年の動きに目を付けた。
背丈はまだ小さいが、小学生とは思えない身のこなしは大人顔負けで、取りづらい球も果敢に攻める。彼が華麗な守備を見せるたび子どもたちのみならず、周りの見物人まで「おぉっ!」とざわめく。
「最近の小学生はすごいな、ありゃウチのチームにもほしいぐらいだ」
「ゆくゆくは我が夕柳高校のトッププレーヤーになるかもしれんな。とは言えワシら元『夕柳レックス黄金バッテリー』みたいに伝説になるにはまだまだじゃがのう! がっはっは!」
「ちがいないな、はっはっは! ……ん?」
康作と冗談を飛ばして笑い合う晴明はふと視線を移す。視線の先には彼らの通う高校のセーラー服を着た少女がベンチに座り、練習の様子を見守っていた。
ポニーテールに結ってあるその後姿に見覚えがあった。
「あそこで座ってるの、めぐるじゃないか? ほら、あのベンチ」
「なにッ、めぐるちゃんじゃと! ど、どこじゃ!?」
康作はバッと目を見開き、晴明の指さす方を確認する。
彼は少女の姿を確認すると、大きく手を振りながら
「おーい、めぐるちゃーん!」
と、人目をはばかることなく少女の名前を叫ぶ。
名前を呼ばれた本人は後ろを振り向き、晴明と康作両名の姿を見て元気な笑顔で手を振り返す。
☆☆☆☆☆
「おー、晴明にばんちょー。どうしたのこんなところで?」
二人が土手を降りて彼女のもとに近づくと、左へと詰めて横に座るように促す。
彼女の名は
そんな彼は晴明にとられまいと体格に似合わぬ機敏な動きで彼女の隣を死守する。そんな行動に呆れつつ、晴明は康作を挟んでめぐるの方を向いた。
「どうしたもこうしたも俺たちは通りがかっただけで……。ってか、めぐるこそなんで少年野球の練習を見てんだ?」
晴明の言葉にめぐるがグラウンドの方を指さす。その指の先に先ほど二人が見ていたレフトを守る少年の姿があった。
「
ニパ~っと明るい表情を見せながら説明するめぐる、それを聞いて二人は「あ~っ!」と納得する。
先ほどは少し遠いせいもあり誰だか分からなかったが、なるほどよくよく見れば見知った顔である。
めぐると歳の離れた弟、カケル。昔何度かキャッチボールついでにお遊び程度で一緒に野球をした記憶があった。そんなカケルがいつのまにか上達しているのを目の当たりにし、なんだか感慨深く感じる。
「レギュラー獲得ってことは今年で4年生か。時が経つのは早いな……」
「なーにじじ臭いこと言ってんの。……でも心配して見に来たけれども、あの子ちゃんとやってんじゃない」
夕柳レックスでは小学4年生に上がるとレギュラー昇格のチャンスが得られる、つまりカケルはそれを手に入れたというわけだ。めぐるが感心するように弟の様子を見ていると康作は鼻息を鳴らしながら彼女に迫る。
「何を言うとるんじゃあ、めぐるちゃん! ちゃんとやってるどころかあの中でも群を抜いて上手いぞ。正直ワシらが子供のころより上手いかもしれん!」
「おい、お前さっきと言ってること変わってるじゃねぇか!」
「じゃかあしい! めぐるちゃんの弟なんじゃからワシらを超えないはずがなかろうが!!」
「何言ってんだ、コイツ……」
康作は無視して改めてカケルの様子をじっと眺める。やはりそのキレのあるプレーや堂々とした立ち振る舞いは目を見張るものがある。
「だがホントにすごいな。俺たちでもレギュラー捕れたのは確か小5の頃だったってのに」
「あれ? ってことはウチの弟の方があんたら二人より優秀ってことね」
「ぐぅ、言うようになったなめぐる……。だが問題は試合でどれだけ活躍するか、だ。ここで
「はいはい、そういうことにしときます。ニシシ」
めぐるはいたずらっぽくにんまりと笑って二人を煽っていく。売り言葉に買い言葉、晴明が必死に負け惜しみを言うので彼女はさらにニヤつく。
これ以上言い返せないので晴明は康作に助けを求めようとアイコンタクトを送る。――が、彼は何やら真剣な顔つきをしており、二人の話を聞いている様子はない。
そして突然ボソッと一言、
「……もしかしたらワシは3年の頃にはレギュラーだった気がするのぉ」
などとトンチンカンことを言うのでおもわず二人はずっこけそうになる。
弟より優れていることをアピールし、よほどかっこ良いイメージを植え付けたかったのだろうが、全くもって当て外れである。
「ンな訳あるか! 4年からしかレギュラーになれねぇだうが!」
「特例とか……?」
「ねーよ! どんな負けず嫌いだ!」
小学生相手に負けたくない康作の必死さに晴明はツッコミを入れる。めぐるも「なにやってんだか……」と、そんな見慣れたいつものやりとりに思わずため息をつく。
一方のグラウンドでは相変わらず外野でスーパープレイが起こるたびにざわめきが辺り一面に響いていた。
☆☆☆☆☆
練習は終わりを迎えたようで、皆それぞれのポジションから離れてベンチに向かう。監督は子供たちに招集をかけ、全員が集まっていることを確認すると話し始める。
「今日の練習は、特に気合が入っていたな。いつもああだと嬉しいんだが……」
ジャンパーに突っ込んだ手を出して頭をポリポリとかきながらぼやくと子どもたちははにかみ、緩い空気が流れる。
「近々『雷鳴サンダース』と今年度最初の試合を控えている。うちとは因縁の相手だが、昨年度は勝ち越しているからな。今年も頑張っていこう!」
監督の言葉にみんな素直に「はい!」と返事をすると、彼はうんうんと満足そうに頷く。
「おつかれさまでしたー!」
「「「おつかれさまでしたー!」」」
6年生のキャプテンがあいさつをすると、後に続いて全員が元気よく挨拶をする。監督も「お疲れ様でした」と返すと、子供達は一斉に解散してグラウンド整備に取り掛かる。
練習後に遊ぶ約束とりつけたり、学校の話題で盛り上がりながらトンボかけや球拾いなどの後片付けを行い、年相応の微笑ましい姿を見せる。
しかし何やら様子が違う少年が一人。
6年生の
それもそのはず、彼は最終学年にもかかわらずついにスタメン入りすら叶わなかったのだ。
(――あいつさえいなければ)
2学年も下にもかかわらずレギュラー入りを果たしたカケルはさぞ生意気に見えたのだろう。劣等感が彼の心を
☆☆☆☆☆
「姉ちゃーん!」
片付けを終えたカケルはめぐるを見つけると無邪気に走ってくる。
「おう、カケル。お疲れ!」
「おつかれー、いぇーい」
姉弟は楽しそうにハイタッチをする。普段から仲睦まじい様子がありありと伝わる。
歳が離れてるだけあって、めぐるも相当弟のことを可愛がっているようだ。カケルの泥んこに汚れたユニフォームは、練習の成果を物語っていた。
「練習見てたぜ。前よりもうんと動きが良くなってたな。」
「まさか晴明にーちゃんとばんちょーまで見てるとは思わなかったや。また特訓に付き合ってよ!」
「おう、任せろ!」
「いつでも付きおうちゃるぞ」
晴明はカケルの頭をワシワシと撫でる。
するとその様子を見ていた周りの子供達が彼らの元に寄ってくる。まるで珍獣でも見たかのごとく形相で見知らぬ高校生たちをジロジロと凝視し、チームメイトの一人がカケルの袖をくいくいと引っ張ると「よっしー、その人たち誰?」と尋ねる。
「俺の姉ちゃんとその友人の晴明にいちゃんとばんちょーだ!」
男子というのはいつの時代も自分よりも強そうな人物に憧れを抱くもので、特に康作の風貌とその呼び名にキラキラとした眼差しを向けていた。
周りがばんちょー、ばんちょーと呼び出し、普段子供に囲まれ慣れていない康作は珍しくたじろぐ。カケルは「おまけに」と、自信満々に付け加える。
「二人は夕柳高校のバッテリーなんだ! 俺もよく野球の練習に付き合ってもらってたんだ」
野球少年たちには二人の姿がより一層輝いて見える。さらに、そんな二人に野球を一緒にやっているカケルが羨ましくないわけがない。「俺の練習にも付き合ってよ!」と誰かが言えば、俺も俺もと次々に詰め寄られる。
頼られるのが嬉しいのか、康作は何故かやる気満々で自身のバッグから道具を取り出そうとするが、一連を見ていた監督の冷ややかな視線に気づいた晴明がそれを制す。
「バカ! みっともないからやめろ!」
「ん? ミットならお前が持っとろうに」
「ちげぇよ! 恥ずかしいからやめろって言ってんだ!」
康作はしぶしぶ道具をバッグに仕舞い、晴明は適当な理由をつけて断りを入れる。みんな不平を垂れるが、聞き流していると子どもたちの迎えが来たようで晴明たちはやっと解放される。
その一部始終を見ていた謙介は、
「――くだらない……」
と小さく呟くと、自身の荷物を担いでとぼとぼと一人グラウンドを後にする。
☆☆☆☆☆
「くだらないくだらない! 何が高校生と一緒に練習だ! 僕だってこんなに練習しているのに!」
謙介はぶつくさと文句を言いながら小石を蹴る。先ほどのカケルたちのやり取りが余計に彼を苛立たせた。
「あいつさえレフトじゃなかったら……いや、あいつさえいなければ! チクショォー!」
足を振りあげて小石を思い切り蹴る。ポーンと飛んで行った小石はコロコロと転がって、誰かの足先にコツンと当たる。
(しまった!)
謙介は恐る恐る顔を上げると、微笑みを向ける青年が立っていた。彼は吸い込まれそうなほど綺麗な水晶玉を片手に持ち、一見してどことなく怪しい雰囲気をかもし出している。
まずいと思って小石をぶつけたことを謝ろうとするも、何故か声がうまく出てこない。そして金縛りにでもあったかのように体も言うことを聞かない。青年は小石を拾い上げると、それを軽く放り投げる。謙介はそれを反射的にキャッチして再び前を向くと青年はいつの間にか彼に近づいていた。
「ひっ!」と怯え、二、三歩ほど後ずさりをする。
「君、誰かを恨んでいるんだね?」
「えっ…」
いきなりそんなことを尋ねられたために驚く。その上先ほどまでの独り言を聞かれていたのかと思うと恥ずかしくなる。怯える少年の肩を青年の伸ばしてきた手ががっしりと掴む。
「――な、何すんだよ! 離せ」
「……ふむ、少年野球レギュラーに自分が選ばれずに年下の子が選ばれたのか。それは確かに悔しいだろうね」
「な、なんでそんなことがわかるんだ! 誰なんだ一体!」
「ふーん、あいつさえいなければ……か。よく分かるよ」
すべてを見透かしてくるように語り掛ける彼の存在がさらに恐ろしくなり、肩に置かれた手をはじいて後ずさる。
だが青年はものともしない様子で口角を上げる。
「僕の名は
榎戸と名乗る青年は目をつぶり、手を合わせると何やらぶつぶつと唱え始めた。
すると突然ぶ厚い
「うわぁぁぁぁっ!」
腰が抜けてしまい身動きの取れない謙介の体の中にそのオーラは容赦なく入り込んで来る。胸の奥が何かに侵食されるような不快感とともにだんだんと意識が薄れていき、その場にばったりと倒れこんでしまった。
☆☆☆☆☆
ハッと気が付いたときには空も元通りの青空になっており、榎戸の姿も見えない。自分の体にも何の異変も起こっていないことを確認するとホッと一息をつき、夢か幻でも見たんじゃないかと思って首を振り落としたバッグを拾い上げる。
きっと疲れているんだと言い聞かせてはみるが、肩を掴まれた感覚がやけにリアルに残っていた。
「相当な恨みの力だ……。そのパワーを使ってDタイザンを、フフフ……」
榎戸は怪しげに光る水晶を片手に、とぼとぼと歩いていく少年の後姿を見ながら不敵な笑みを浮かべた。
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