第三章

1 メッセージ

「では畑中さんは、今回の殺人は子供に虐待を加えた親、この場合は被害者ですが、彼らの行動に原因があったとおっしゃりたいんですか?」

「原因がまったくないとは云えないんじゃない? だって、子供を虐待してた方法で殺されちゃったんだからさ」


 司会者の質問に、畑中と呼ばれた五十代の男が答えた。彼のネームプレートには、小さく映画監督と書いてある。


「確かに殺しってのはさ、ひどいと思うよ。残酷だしさ。絶対にやっちゃいけないことだって思うんだよね。でもねぇ、それで虐待されてた子供が保護されたってんだから、いくら殺されたとはいえ、被害者の方にも悪いところはあったんじゃないの?」

「しかしそれだと、犯人擁護とも取れますよね」


 畑中の隣のゲスト席に座っている、四十代後半ぐらいの女性弁護士が畑中に冷たい視線を向けて云った。


「いや、だからさ、ちゃんと云ってるじゃん。殺人は駄目だって。人の話聞いてるの? あなた?」

「きちんと聞いているから、反論しているんです。どんなやり方だろうと、殺意を持って人を殺せば、それは犯罪、れっきとした殺人ですよ。例え子供を虐待から救うためとか、虐められた子供の恨みを晴らすためだとか、どんな理由があったとしても、犯罪は犯罪です」

「そんなことはあんたに云われなくたってわかってるけど、じゃあ子供への虐待はどうなるんだよ。犯人に罪があるのは、俺にだってわかるぜ。でもさ、その犯人のおかげで、虐待の事実が浮かび上がって、子供が助かったってのも事実なんだよ。犯人をかばうわけじゃないけど、被害者の親たちにも子供を虐待してた罪があるんじゃないのかと、俺はそう云いたいんだ」


 映画監督と女性弁護士の言葉の応酬に、司会者が柔らかな口調で割り込む。司会者の隣に座っている女性アナウンサーも、わずかに苦笑しているようだ。


「まあまあ、畑中さんも本間さんもあまり熱くならないでください。木崎さんは、専門家の見地からいかが思われますか?」


 木崎と呼ばれた三十代後半ぐらいの男が、ゲスト席から身を乗り出した。ラフな麻のジャケットと白のシャツで、ネクタイはしていない。


「被害者に罪があったかどうかはともかくとして、今回の事件は、確かに児童虐待について無関係とは思えませんね。犯人は、意識的に子供への虐待を連想させる手段を選んでいるようですし、そこにはどうしてもメッセージのようなものを感じてしまいます」

「メッセージですか?」

「ええ、子供を虐めるな、殺すな、という犯人の意思ですね。これを世間に広く伝えたいというのが、今回の連続殺人の目的のような気がします」

「それは、子供を虐めたら殺す、という意味ですよね? では、今回の被害者たちを特定して狙ったわけではないと?」

「そういった可能性も無視できないかと思うんです。今回の被害者の二組に関連性があれば怨恨という線もあると思いますが、まだそういった事実も発表されていないですよね」

「警察からの発表にはありませんね」

「今回の犯人は、児童虐待の現状に対して強い危機感を抱いているんじゃないでしょうか。実際、今度の事件で久しぶりにテレビや雑誌等の報道機関で、連日児童虐待が取り上げられるようになりましたが、これまでも虐待の問題は根深く、そしていつでも深刻だったんですよ。犯人は、そうした児童虐待に関する危機感を強く持っている人物で、今回の犯罪によって警鐘を鳴らそうとしているんじゃないでしょうか」

「木崎さんは、児童虐待の防止を目的とするNPO法人、天使の盾の代表をやってらっしゃいますが、現状がどれほど深刻か、ざっとお聞かせ願いますか?」


 木崎は、カメラをちらっと見てから、手元の資料を確認して答える。


「そうですね。児童虐待を通報した数だけで云えば、平成十四年度で二万四千件、そこから五年間で四万件まで増加していますね。あ、ボード出ますか? お願いします」


 女性アナウンサーが座っている席の横から、木崎の読み上げた数字を綺麗なグラフでまとめたボードが出てきた。どうやら、あらかじめ用意してあったようである。


「通報というと、警察にですか?」

「いえ、児童相談所や、各市町村にです。児童虐待の場合、平成十二年に施行された児童虐待防止法によって、我々一般人はもとより、警察、病院、各教育機関による通報の義務化が強化されたんですが、その通報先は、児童相談所か各市町村が設置した担当窓口と決められているんです」

「一年で四万件も通報があるってことは、それだけ子供が虐められてるってことだろ?」


 畑中監督が、話題に割って入ってきた。


「残念ながら、その通りです。ちなみに児童を保護するための一時保護施設では年間約一万九千人が収容されているんですが、そのうちの約四割が親から虐待を受けた子供たちだったというデータもありますね」

「七千人以上じゃねえか。ひでえな」

「そして死者ですが」

「虐待で亡くなった子供たち、という意味ですか?」


 司会者の隣に座っていた女性アナウンサーが、木崎におずおずと訊いた。


「ええ。厚生労働省が平成二十年度に発表したデータによれば、親からの虐待によって一年間で六十七人の子供が犠牲になっています。親と一緒に死んだケース、つまり心中の場合も六十一人が亡くなっていますから、年間で一二八人の子供たちが、自分の意思とは関係なく親に殺されてしまったと云えるでしょう」

「そんなに……百人以上もか。虐待は、見つけたらすぐに通報しなきゃならんですな」畑中が木崎に語りかけた。

「でも、本当に虐待してるかどうかわからないですよね。しつけ、かもしれないし」女性アナウンサーが木崎に訊く。

「そう、そこが問題なんですね。もし隣の家から子供の悲鳴が連日聞こえていても、世間的にもどこからどこまでが虐待かという線引きが曖昧ということもあって、隣近所は二の足を踏んでしまう。実際、子供が亡くなってから、その家の近所の方々にお話を伺ってみると、かなりの数の方たちが以前から虐待を認知していたということが多いんです」

「とにかく、まず通報することが大事、ということですか?」と司会者。

「ええ。例え間違っていても、子供が亡くなるよりはいいですから。それと、一応、虐待の定義をお話しておきますと」


 新しいボードが現れて、先ほどのボードと入れ替わった。


「児童虐待防止法では、子供への虐待を四つに分類して定義しています。一、身体的虐待、二、性的虐待、三、ネグレクト、これは育児怠慢、または育児放棄のことです。最後に、四、心理的虐待ですね」

「最後の心理的虐待というのがよくわからないんですが」

「無視や言葉による脅かしといった、子供の心を傷つけるような行為は、すべてこの心理的虐待といっていいでしょう。多く報告されているのが、他の兄弟と故意に差をつける行為、著しく差別的な行為を行っているケースですね」

「例えば、一人だけ食事の内容が違うとか?」

「意図的に行うことで、その子供の心を傷つけているのであれば、それは間違いなく虐待です」


 本間弁護士が木崎の言葉の後を継いだ。


「子供の人権を尊重しているかどうかが、この定義では大事な線引きなんですね」

「その通りです」と木崎。「親が子供の人権を犯すことが、すなわち虐待であると云っていいでしょう。子供に過剰な暴力を振るったり、親が子供を対象として性的な行為を行ったり、満足な食事を与えずに世話を怠ったり、差別や言葉の暴力等で子供の心を傷つければ、それらはすべて児童虐待であるということです」

「事件の話に戻りますが、木崎さんは、今回の連続殺人事件の犯人は、子供を虐待している親たちに対して、殺人でメッセージで与えているとお考えのようですが」

「はい」

「それでは木崎さんは、この事件がまだまだ続く可能性があると思ってらっしゃる?」

「十分考えられると、僕は思っています。実際、子供を虐めてる親は、先ほどのデータでもわかる通り大勢いますからね。犯人は、子供を虐待する親に殺人で恐怖を与え、さらに児童虐待についての世間の関心を集めようとしている。ということは、二つの殺人で満足したとは思えないですね。もっとその効果を高めようとするかもしれない」

「何だか恐ろしい話だなあ。そういえば、二つ目の事件の子供、まだ見つかっていないんだろ」

「もう今日で三日になりますね。まだ警察からの正式発表がないので、大変心配です。早く見つかるといいんですが」

「そうですね、無事でいてくれるといいですね。さて、そろそろお時間なんで、一度CMに」


 司会者が、画面の外にいるスタッフに目配せをすると、カメラが女性アナウンサーをアップにした。


「CMのあとは今日のニュースをお伝えします。新宿アルタ前で発生した爆弾事件の続報です」


 画面が切り替わって、ゲームソフトの画面が大映しになった。「第二のミスターボム、現る?」というテロップが、派手な書体で画面上に踊った。

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