第2話 水曜日

ピピピピ、ピピピピ。5時半の目覚ましで目がさめる。携帯を開くとお母さんからの通知が一件。〝ごめんね、酔っ払って終電無くなっちゃった。お弁当間に合いそうにないから駅前のお弁当屋さん行ってね!〟通知時刻は夜中の3時。しょうがなく制服に着替えて駅前の商店街に向かう。駅前は家から歩いて10分くらい。まだ湿気った空気と昇りきらない太陽が朝の眩しさを際立たせていた。シャッターが閉まった商店街をしばらく通ると小さなお弁当屋さんがある。昔からずっとあって朝早くから開店してるお弁当屋さん。昔はよくここにお母さんと買いに来て食べてたっけ。店主のおばさんがいつも優しかったなあ…と。その時私は不意をつかれたように目を丸くした。宮本くんが店に立っていた。宮本くんも私に気づいてくすぐったそうに笑う。

「いらっしゃい、おはよう千晴ちゃん」

「あ…おはよう。なんでここに…」

「あ、そっか知らないか。ここ僕ん家。って言っても叔母の店なんだけどね」

宮本くんは今にもウインクをしてきそうな穏やかな笑顔を浮かべた。

「そうなんだ…」

「あ、何にする?お勧めはオムライス弁当かなぁ、卵がフワフワで美味しいよ」

私が状況を飲み込めずきょとんとしているのも気づかず宮本くんは私に対しておすすめのオムライス弁当をグイグイ押してくる。どうやらすごく手慣れている様子。悩んだ末に私は

「オムライス弁当1つ下さい!」

そう言った。

「お、さすが千晴ちゃんありがとう、また後でね」

人柄の良さが出ているような笑顔のまま手を振ってくれた宮本くんに、手を振り返した後の帰り道、私には疑問が残った。なんで叔母さんの家に住んでいるのか。いつからなのか。結局考えても答えは分かるはずもなくて慌ただしい朝の時間は早々に過ぎた。家を出発して数分後。

「千晴ー!おはよー!!」

水璃が元気よく手を振りながら駆けてくる。

「おはよう、水璃!」

「お、なんかいい匂いしてるね〜」

水璃が私の手提げのビニール袋をチラッと見る。

「今日実は、宮…いや、近くのお弁当屋さんのお弁当買ってきたんだ!」

宮本くんの、と言いかけてやめた。私だけが知る宮本くんの秘密かもしれないから。私だけが知る秘密にしたいから。そんな欲からだった。

「そうなんだ〜今度水璃にも買ってきてね!」

嘘ではない。でも、隠し事を水璃にしたことに関してはちょっと罪悪感。しかしその後学校へ言っても宮本くんと喋ることはもちろん、目を合わせることすらなかった。それこそ、朝の宮本くんが別人かと思うほど。そのまま放課後を迎えた。今日もどうやら水璃は部活らしい。記録会が近いとか言ってたっけ。帰ろうと思った時、

「千晴ちゃん」

聞き慣れた優しい声、宮本くんだった。

「あ、今朝はありがとう」

軽く頭を下げる。

「いいえ、こちらこそありがとう。それより千晴ちゃんさ、一緒に帰らない?多分家、近くだよね」

「私はいいけど…家は宮本くんの家から10分くらいかな」

「それなら一緒に帰ろう」

歩き始めて数分。宮本くんが口を開いた。

「千晴ちゃんさ、僕に聞きたいことがあるんじゃない?」

図星だった。今日1日朝のモヤモヤがずっと引っかかっていて授業はまるで頭に入らなかった。

「あのさ、私、昔は宮本くん…」

「湊和でいいよ」

自分でも耳まで真っ赤になっていると分かるような顔の火照りを隠しつつ、飛び出しそうな心臓を必死に抑えて平然を装う。

「そ、湊和の家のお弁当屋さんに何度か行ったことがあるんだ。でも、湊和には会ったことがなかったなぁ…って、なんて、たまたまだよね!」

「んーっと…たまたまじゃないよ。僕があそこに住み始めたのは4年前。それまでは違かった」

「そうだったんだ。でも、なんで?」

「両親が事故で死んだんだよね」

ハッとした。でももう遅かった。湊和はどこか遠くを見つめていた。

「ごめん!そんなつもりじゃ…!」

「良いんだよ、もう4年も前のことだし。実は僕もさ、その事故に遭ったんだ。でも運がよくて今こうやって生きられてる。あ、なんかごめんね重くて」

えへへ、と湊和は笑った。けどその目はどことなく寂しそうだった。綺麗な目だけど何かが物足りない、そんな感じ。でもきっとそれが普通。何年経っても大切な人を失った哀しみは簡単には消えないだろうから。

「僕、このこと人に話したの、千晴ちゃんが初めてだ」

湊和がポツリと呟いた。胸を締め付けるような悲しみに矛盾した幸福…返す言葉が見つからず無言で歩き続けているとあっという間に私の家に着いてしまった。

「家ここだから!今日は色々ありがとう!」

「ううん、僕もありがとう」

またニコリと笑った。今度は寂しそうな表情はなかった。それじゃあねと言って湊和が背を向けた時、あ。と、呟きくるりと振り返って言った。

「千晴ちゃん。また一緒に帰ろう」

どうして湊和は恥ずかしげもなくそんなことを言うのだろう。私は首をコクリと頷くことしか出来なかった。

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