君が生きた瞬間(とき)
一花 一
第1話 火曜日
「____…かわー、すみかわー…、住川!」
「千晴!呼ばれてるって!」
「え、あっ、はぃぃい!!!」
「この問題解いてみろ」
「あ、えっと…?…分かりません…」
「居眠りするのもいいが俺の授業も受けてくれよなー_____」
イライラと落胆が混ざったような低い声と、射るような視線が刺さった。どうやら私は寝ていたらしい。水漓が起こしてくれた時にはもう遅かったみたいだった。春を感じさせる生暖かい日差しは私の眠気を増幅させる。私、住川千晴(すみかわ ちはる)は17歳。身長は152cmと小柄な方。髪は茶髪のミディアム。勉強も運動も平凡。特に得意なこともない。趣味を強いてあげるとすれば写真を撮ること。先月、最後のクラス替えを終え、高校生最後の春を迎えた。新しいクラスに慣れてない毎日はまだまだ新鮮。
「ったくー、私以外にも寝てるのにさ〜」
「まあまあ、しゃーないじゃん!」
様々な声が飛び交い、交差する授業後の休み時間を、いつもこうやっては時間を潰しているのが親友の仲野水璃(なかの せり)。身長が162㎝とスタイル抜群で陸上部のエース。ふわんとしたショートの髪がよく似合う。サバサバしているが場の雰囲気を明るく変えられて、クラスのみんなからの信頼も厚い。水璃の性格と部活での実績から少なからずファンもいると聞いたことがある。高2のクラス替えから今回のクラス替えでもずっと一緒で、毎日こうやって仲良くやっている。
「ほらほらあそこ、休み時間入っても寝てるって〜」
「あー、宮本(みやもと)くんね、確かに千晴並みに寝てるかも」
「宮本くん…(って言うんだっけ…?)よりマシだから!」
教室の一番左側、窓横の列の前から3つ目の席を見る。机の上に突っ伏すように寝ているのが宮本くん。栗色の柔らかそうな髪は、風が吹くたび耳の辺りで揺れている。肌は賑やかな他の男子に比べて白く、運動部ではないらしい。まだ一度も会話したことはない。そうやっているうちにまた授業が始まって、終わって、それを何度か繰り返して放課後がきた。
「千晴〜!今日部活の日だから先帰っといて!ごめん!」
「ああ、いいよいいよ!部活頑張ってね〜」
「ありがと!それじゃ!」
教室を出ていった水璃の廊下を駆けていくスリッパのパタパタとした足音がだんだん遠のいていく。人の気配がしなくなったような静かな教室。教室に残っているのは私を含めごく少数でほとんどが帰る準備をしている。その中でまだ眠っている生徒がいた。やっぱり宮本くん。別に何をしようという訳でもないけどそろそろ起こした方が良いんじゃないかな〜っていう思いつき。でも体は自然と宮本くんの方へ動いてた。小さな子供みたいに気持ちよさそうな表情。
「宮本くん?下の名前分かんないけど…もう放課後だよーってだけ言っとくね」
起きたのかどうかは分からなかったけどとりあえず声はかけたので静かに教室を出ようとした時だった。
「そうあ。」
穏やかで落ち着いた声だった。
「え…?」
「湊かなえの湊に平和の和で湊和(そうあ)。起こしてくれてありがとう。えっと…」
宮本くんが私に視線を飛ばした。整った顔で寝起きだからか潤いのある丸い目。髪だけじゃなくて目の色も澄んでいて、まつ毛が長かった。私は慌てて質問に答える。
「あ、住川千晴。千日晴れるって書いて千晴。」
「千日晴れる…。覚えとくよ、ありがとう千晴ちゃん。」
一瞬だけどドキッとした。そんなさらっと名前を呼ばれるなんて思わなかったから。
「じゃあね」
「あ、うん、じゃあ…」
5分満たないぐらいの短い会話。ただ、その会話でこれまでより宮本くんを気にするぐらいにはなった、気がする。
「ただいまー」
「あ、千晴お帰り〜、お母さん今から佐野さん達とご飯行ってくるから、お家のこと宜しく頼むわ。もう少しで陽太(はるた)も帰ってくるだろうから。」
「分かった、行ってらっしゃい〜」
「はい、行ってきます〜」
こうやって私の母は月に一度近所のママ友さん達とご飯を食べに出かける。遅くまで出かけることも多く、朝まで酔って帰って来ることも度々だ。陽太というのは私の弟で中学2年生の14歳。サッカー部に所属していて私より少し後に帰ってくる。私とは性格が真反対。落ち着きがあって、温厚だ。私は陽太が帰って来るまで自分の部屋で時間を潰すことにした。ベットにドサッと寝転んでスマホの写真フォルダを開く。まず眼に映るのは透き通るような青みを帯びた空の写真や静かな安らぎに満ちた花の写真、放たれた矢のように飛んでいく小鳥たちの写真。最近私が撮りためた忘れたくない風景。上の方までスクロールしていくとある人の写真がたくさん出てくる。一瀬麦(いちのせ むぎ)。2年も付き合っていたのに3ヶ月前に別れた私の元カレ。麦は容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、さらには性格も良かった。何をしても周りより1歩先にいるような素質に恵まれてた。でもそれを自慢せず周りと対等であるような姿勢は男女共に人気があって爽やかで誰からも尊敬されてた。家は大きな会社を経営していて裕福だったし、こんな完璧すぎるほど素晴らしい彼氏と付き合っていたのが不思議なくらいだったんだけれど、私は気づいてしまった。麦はずっと私のために無理をしていた。遊びに行って私が「帰りたくない」と言ったら麦はずっと隣にいてくれた。そこで本当は帰すべきなんだろうけど優しい麦は何も言わず隣に座っていてくれた。でもその時間も麦が麦のお父さん達にわがままを言って得たものだと、麦の妹の杠(ゆずり)ちゃんが教えてくれた。何も言わなかった麦に私は気づけなかった。それが悔しくて逃げるようにして別れたのが3ヶ月前。でも、ちゃんと2人で話し合って決めた結果だった。隣に居るのが当たり前だった2年間を自分から手放しておいて馬鹿かもしれないけど、ずっととか永遠なんてものは無いんだって知った。だからその瞬間を留めておける写真に魅力を感じた。付き合っている頃からよく写真を撮ったりはしていた。麦の焼けた肌と屈託のない笑顔も凛とした横顔も全部写真に収めた。その全部が綺麗で美しかった。だからこそ別れた今も撮り続けなきゃいけないと思った。写真があったから過去を今に繋いでいける、そう思ったから。思い出に蓋をするようにスマホの電源を切る。
「ただいまー千晴姉帰ってる〜?」
陽太の声。帰ってきたらしい。その後にお父さんも帰って来て3人で夕飯を食べた。
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