第十一話 画家の一歩

 七月一日


 天本はギャラリーのすぐそばにある、イベントスペースで個展の設営をしていた。会場に竹本の絵画を十数枚運び展示すると、立派な個展らしい会場になっていった。

 個展の入場料は無料にした。イベントスペースの利用料など色々と費用はかかるが、天本は特別に少し受け持つ、そう言って竹本の負担を減らしてくれていた。

 十時の開場に合わせて、会場内は慌ただしく、関係者で入り乱れていた。

 会場十五分前ほどになり、天本は関係者を集め、今回の個展の主催者として、挨拶などを含めた最終ミーティングを始めた。

「本日はみなさんが、一ヶ月の準備期間で力の限りを尽くしてくれたことで、ここまで立派な個展を開くことができました。本当に皆さんに感謝しています、ありがとうございます」

 一呼吸おき、天本は続けて――

「七月一日、二日の二日間という短い期間ですが、滞りなく終われるよう、私もまだまだ力を尽くしたいと思ってます。それでは十時の開場に向けて、みなさん最後の準備をよろしくお願いします!」

 そう結ぶと、関係者一同から拍手が上がった。


 開場の十時を迎えると、新人の画家が大好物な人、情報の早い人など、情報通な人々が次々に個展会場を訪れていた。開場から二時間ほど経った頃には、たまたま通りかかった人なども訪れるなど、結構な人数が竹本の個展を楽しんでいるようだった。

 天本は会場内をぶらつきながら時折、客に挨拶をしたり解説をしたりなど、一人でも竹本のファンが増えればいいな、と張り切っていた。

 十三時少し前になると、少し客の入りも落ち着き、休憩時間ができた天本は、いつもの馴染みの定食屋で昼食を済ませた。いつもは、もう少しゆっくりするのだが、今日の仕事はいつものギャラリーではない。その上、個展の客の入りがどうにも気になって落ち着かないため、足早に個展会場へと戻った。


「天本!」

 個展会場へ戻ると、会場内に入ってすぐのところで、竹本に声をかけられた。

「竹本じゃないか! どうしてここに? 今日はバイトを休めないと聞いてたぞ」

 事前に竹本から個展初日には、顔を出せないと聞いていた天本は驚いた。

「いやー、それがな。店長から何とか二時間だけ都合つけてもらって、慌てて見に来たんだ」

「そうだったのか、それは良かったな」

「で、単刀直入に聞くけど、お客さんは結構、来てくれてるのか?」

 会場の中を見渡してから、早くなる胸の鼓動を抑えきれないのか、急かす様に天本に問いかけた。

「昼休憩に行く前に、現在までの来場者数を係の者に聞いたんだが、午前で百人は超えてるそうだ」

「う、ん……。それは、多いのか? 少ないのか? よくわからないんだが」

 竹本は正直に言った。

「まだ無名な新人の個展にしては、大盛況と言っても過言じゃないだろうな。このままいけば、二日間で四百五十人から五百人くらいになるそうだ」

「本当か! 信じられないな……。俺なんかの絵をそんなたくさんの人に見てもらえるかもしれないなんて」

 まだ信じられない様子の竹本だが、明日の客の入りを見ればさすがに実感するだろうな、天本はそう思っていた。

「明日は開場から最後までいれるんだろ?」

「そうなんだ、明日はバイトが休みだから、一日中ここにいるつもりだよ」

「そういえば、今日はさとみさんは?」

「あいつも今日は仕事が忙しくてな。でも、明日はあいつも一日休みにしてくれてるから、一緒に来るよ」

「そうか。それなら良かったよ。こんな立派な個展を開いたんだ、さとみさんにも絶対に見てもわらないとな」


「そうだなー。これでようやく、あいつに『結婚してくれないか?』そう言えるんじゃないかと思ってるんだ……」


 竹本の唐突なプロポーズ宣言に、天本は度肝を抜かれかけた。が、元からさとみは婚約者だとも言っていたし、画家としてひとり立ちしたら、と言っていた。そのことを思い出し、なんとか天本は冷静になろうと努めた。しかし、驚きの表情は隠せていなかったのか――

「何でそんなに驚いてるんだよ、天本」

 少し、恥ずかしそうに竹本は言った。

「そうだよな、結婚はいずれしたいと言ってたもんな。おめでとう」

「ちょっと、気が早いよ天本。その言葉は明日に取っておいてくれよ」

 ちょっとギクシャクした感じになってしまった二人だが――

「あ、やばい」と竹本がその空気を良い意味でぶち破り、慌てて会場の出入り口に向かって小走りに駆け出してた。

「もう、戻らないと! 天本、また明日来るからよろしくな!」

「ああ、わかった!」

 急ぎ足に出ていく竹本に聞こえるよう、声を張ったが天本だが聞こえたかどうかわからなかった。


十七時になり、初日はおよそ二百八十人ほどが訪れる大盛況に終わった。ちらほらと絵画の購入を匂わせる話をする客もいたようだった。

 後片付けをしながら、土曜日でこれなら明日の日曜日はもっと人が来るかもしれないな、天本はそう思い嬉しくてしょうがない様子だった。


「本日は二百八十人ほどの来場者にお越しいただけました。明日も来場者の方々に楽しんでいただけるよう、頑張りましょう。それでは、明日もよろしくお願いします」

 と、主催者らしく初日終了の挨拶を天本はこなすと、明日を楽しみに思いながら自宅マンションへと帰った。

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