第五話 伊藤さとみ
玄関ホールに入り、竹本がオートロックの装置に鍵を差し込みドアのロックを解除した。エレベーターの前に行くと、ちょうどエレベーターが降りてきて、中に乗っていた夫婦らしき二人とすれ違い、エレベーターに乗り込んだ。竹本は慣れた手つきで『13』と書かれたボタンを押した。
十三階に着いたエレベーターから降りると、左右に廊下が伸びていた。その廊下を右に歩き始めた竹本に、天本も続いた。
廊下は左側に玄関扉が並び、右側は手すりになって奥まで続いていて、十階ということもあり、下を覗き込むとヒヤリとするような高さだった。玄関扉を三つ過ぎ、四つ目で竹本の歩みが止まった。
「ここだよ」
竹本はズボンの右ポケットに手を突っ込み、小さな鈴のストラップが付いた鍵を取り出し、その鍵を鍵穴に差し込み左に回した。ガチャと鍵が開く音が聞こえた。
黒く金色で縁取りされた重そうな玄関扉のドアノブを手前に引き――
「さぁ、どうぞ」
竹本は天本を先に入るように促した。「ああ、ありがとう」と天本が言いながら玄関に足を踏み入れると、それに続いて竹本も入った。
玄関はとても広く、二畳分の広さがあった。入ってすぐ左には、壁一面が床から天井まで続く、大きなシューズボックスになっていた。右には、腰ぐらいの高さの備え付けの台があり、そこに玄関を彩るインテリアの品々が大小並べられていた。おそらく、竹本の婚約者の趣味だろう、と天本は思った。
二人は靴を脱ぎ、玄関からまっすぐに伸びる廊下に足を踏み入れた。その廊下は突き当りにリビングに続くであろうドアがあり、左右に二つずつドアが並んでいて、計五つのドアがあった。
天本は左右に並ぶドアを横目に、竹本に続いて突き当たりのドアまで歩いた。ドアを押し開けながら竹本が「ほら、入ってくれよ」と天本を部屋に招き入れた。
入るとすぐ正面に、両壁の端から端、天井から床まですべてを使った、とても大きなはめ殺しの窓があり、竹本の視界はその大きな窓でいっぱいになった。
右の壁には大きなテレビ、その前にはソファ、他にも様々なインテリアが置かれていて、さながらモデルルームのようだなと天本は思っていた。
「いらっしゃいませ」
――突然、左の方から声が聞こえたことにびっくりすると同時に、その声がとてもたおやかなことにも天本は驚いた。驚きはしたが、咄嗟に左に向き直ると、そこにはカウンター型のシステムキッチンが備わっていることに気付いた。そのキッチンに何か作業をしている、すらっとした女性が一人、立っていた。
女性は真っ白なワンピースを身に着けていて、とても部屋着とは思えないほどの雰囲気を
「どうも、お邪魔いたします」と女性に挨拶を返した。
「さっき話してた彼女だよ。『
「
「すみません、天本さん。来たばっかりなのにびっくりされましたよね?」とさとみは取り繕うのに必死になっていたが、天本は気にもせず――
「大丈夫ですよ、気にしないでください。それにしても、本当に美人だな、竹本。お前どうやって、こんな美人さんを口説き落としたんだよ」
「どちらかと言えば、口説き落とされた側だけどな。……自慢じゃないぞ!」と、慌てて付け足すも――
「自慢にしか聞こえないわ」
などと、軽口を言い合い二人は笑い合った。そんなやりとりを見ていたさとみも微笑んでいた。それをチラと見た天本は冗談の通じる女性だなと思い、ホッとしていた。少しやり過ぎたかな、と考えていたからだ。
「紹介も済んだし、このまま三人で談笑するのも楽しいのだけど……竹本、そろそろ本題に移ってもらってもいいかな?」
催促するみたいで悪いな、と申し訳なさそうな表情で天本を見た。
「来たばかりのお客さんを、そんなに急かしちゃだめよ」
「さぁ、天本こっちだ。さとみは後でお茶でも持ってきてくれ」と言い放つと竹本は、リビングに入ってきたドアの方へと向き直り、歩いて行った。
竹本はさとみの注意など聞く耳を持っていなかった。
「本当にすみません、天本さん。あの人、人の言うことを聞かない人で……」
「いやぁ、大丈夫ですよ。竹本は中学校の頃から、あの感じなんで慣れてますから」と嘘っぽい、愛想笑いにならないよう、努めて笑いながら言った。
そんな風にさとみとの会話を切り上げ、天本は竹本の後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます