第三話 現在と未来

 コンビニを出た後、予定まで少し時間があり、コンビニから駅に戻る道にあった書店に立ち寄った。そこで週刊誌を立ち読みしたり、店内を少しぶらついてみたりして十五分ほど時間をつぶし、駅前のロータリーに戻った。

 まさか、たまたま普段と違う駅で降りてこんな再会があるとは。いつもと違うことをしてみるのも悪くないな、そう考えながら天本は約束した駅前にあるチェーンの居酒屋の暖簾をくぐり、店内に入った。

「いらっしゃませー!」

 マニュアル通りのセリフだが、この居酒屋店員のそれは元気があり、天本をうんざりさせることはなかった。店に入ってすぐ十二席ほどのL字型カウンターがあった。天本はその角に案内された。

「あとでもう一人くるんだが」

「あ、はい! かしこまりました! お隣空けるようにしておきます!」

 案内された席に天本は腰を下ろした。

「ご注文は?」

「生ビールで」

「かしこまりました。生一つお願いしまーす!」

 店員がカウンターの中に声をかけた。

「お待たせしましたー! 生ビールです」

「ありがとう」

 先ほど缶ビールを一本飲んだはずだが、またゴクゴク飲むことができた。五分くらい経っただろうか。竹本はまだ来なかった。そろそろ終わってるはずなんだが、そう天本は思っていた。

「いらっしゃいませー!」

 店員がそういうと同時に、天本は入り口の方に振り返った。そこにはコンビニの制服を脱いだ、私服姿の竹本がこちらに向かって歩いていた。

「おー竹本! 来たか、こっちだ」

「すまない、天本。待たせた」

そう言いながら、竹本は天本の隣の席に腰を下ろした。

「お前も生ビールでいいか?」

「ああ、それでいいよ。あっ、あと冷奴ひややっこも頼む」

「すみませーん。生ビールひとつと冷奴お願いします」カウンターの中にいる店員に天本は注文した。

「かしこまりましたー!」

 二分ほどで注文の品がやってきた。

「お待たせしましたー! ご注文の生ビールと冷奴です」

「どうも」

 天本はそう言ってすぐ、生ビールに口をつけ、一息ついて。

「で、天本はどんな仕事してんの? 俺はさっき見た通りの感じなんだけどさ」

「早速だな。俺は今、画商をやってる。小さなギャラリーで」

「すごいじゃないか! それじゃあ一応、夢を叶えたって感じだよな」

「まぁ、そうだな。本当は絵を描く方で食べていきたかったが、自分に才能はなかったからな」

「そうか、俺は今でも絵で食べていきたくて、描き続けてるよ……。それであんなところで、未だにアルバイトをしてる」

 二人とも寂しげに、伏し目がちにそう言った。竹本が冷奴に少し醤油をたらし、箸で小さくして口に運んでいると――

「俺は夢を追って生きてる竹本が羨ましいよ。」

 嫌味でもなんでも無いと伝わるように、天本はゆっくり言った。

「やりたいことやってるだけだけどな。俺も天本のように、そろそろしっかりした職に就かないとな、って考えてるよ。」

「前から考えてたのか?」

「ああ。彼女……いや、婚約者って言っても良いかもな。そういう人がいるんだ」

「なるほどな。それは、考えざるを得ないな。でも、竹本の夢は理解してくれてるんだろ?」

 天本は婚約者という言葉に少し面を食らった。自分たちの年齢を考えると、そういう相手がいて当然だと分かってはいたが。

「理解はしてくれているが、そんなに待たせることはできないだろ。やっぱり、男としてはさ」

 誇らしくありたいと思うがゆえか、少し自信に満ちた表情で竹本は言った。今は、まだそんな力量も無いのに。

 「俺もそう思うよ。俺にはそんな相手いないけどな」

 天本は少し自嘲気味に言った。それから妙案を思いつき、嬉しそうに突然、大きな声で――

「そうだ! 今、どんな絵を描いているのか一度、見せてくれないか?」

 そう言われた竹本は、その質問を待っていたのか、すごく嬉しそうに「本当か? 見てくれるのか?」と間髪入れずに聞き返した。

「もちろんだよ。こうして会えたのも何かの縁だとか、よく言うだろ。是非、見せてくれよ」

 二人は感情が高ぶっていた。

「ありがとう。画商をやってると聞いたとき、正直そんなうまい話があったらな、なんて下衆なことを思っていたんだ」

 竹本は恥も外聞も捨て、正直に自分の気持ちを言った。

「そんなことはない。夢を叶えるためなら、それくらいの気持ちは必要だよ。俺も仕事柄、竹本のような人をたくさん見てきているから、気持ちはよくわかってるつもりだ」

 たまたま再会した旧友に不躾すぎるお願いだったと、竹本は思っていただけに、快く絵を見ることを提案してくれた天本に感謝した。そして、そのことを思い、ほんのわずかばかり瞳を潤ませた。

「よし! 決まりだな。じゃあ、いつにする? 自宅がアトリエならそこに行っても構わないか?」

「お察しの通り、自宅がアトリエなんだ。日付はそうだなぁ、来週の土曜日はどうだろうか?」

 それを聞いた天本は通勤カバンから、手帳を取り出し、指でなぞりながら、スケジュールを確認し――

「来週の土曜日というと、五月の二十七日だな。大丈夫だ。時間はどうする? 午前十時くらいで大丈夫か?」

「もちろん大丈夫だよ。こっちは見てもらう側だし、そんなに無茶は言えないよ」

「都合が悪かったら遠慮なく言ってくれよ。それじゃあ、五月二十七日の午前十時……これで決定だな」

「わかった。まさか、こんなに上手く話が決まるとは、思っても見なかったよ。コンビニで声をかけてくれて、本当にありがとう」

 竹本は約束を取り付けて、ホッとしたのか――

「日本酒、追加で頼んでもいいか?」

「いいよ、好きに頼めよ」

 嬉しそうに天本は答えた。それから、他愛のない世間話を一時間、計二時間ほど居酒屋で二人は過ごした。


「いやー、楽しいなぁ……」

 しみじみと竹本が言った。夢を追いかけてばかりいた竹本は、同級生や友達とこういったことをするのは、縁遠くなっていたからだ。

「また、時間が合えば飲もう」

 天本は一人で飲むのが好きだったが、たまには良いもんだなと思い、そんな言葉を返した。

「そうだ! それなら連絡先を交換しないと、絵を見てもらう約束もしたのに、自宅の場所も教えてなかったしな」

「そうだったな。いまさらすぎるな」

 そう言いながら、二人は携帯端末を取り出し、連絡先を交換した。

「それじゃあ、あとで自宅の住所をメールで送っておくよ」

「わかった。それと、本当に都合が悪くなったら、遠慮なく言ってくれよ」

「ありがとう、本当に都合が悪くなったら連絡するよ」

ビジネスになるかもしれないとはいえ、あまり上下関係をはっきりとさせたくなかった天本は念入りに伝えた。

 残った酒を飲み干し、二人はそろそろ店を出ようと、席を立ち上がり、入り口近くのレジに向かった。

「ここは俺に払わせてくれ」

 レジの前に立った天本はぴしゃりと言った。そんな言われ方をされたら竹本もさすがに、遠慮するのは無粋だと思い――

「ありがとう、助かるよ」と素直に奢ってもらった。

 会計を済ませた二人は暖簾のれんをくぐり、居酒屋を出た。

「本当に今日はありがとう」

「こちらこそ、ありがとう。絵、楽しみにしてるよ」

 改めて、別れの挨拶をすると竹本は西へ、天本は駅前のロータリーでタクシーに乗るため東へと、二人は東西に分かれ家路に着いた。

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