第二話 偶然の再会

「いらっしゃいませー」

 幼い顔つきをした男性店員の気だるそうな声が、店内に入った男へとすぐに投げ掛けられた。マニュアル通りの機械的なその声に、男はいつもうんざりしていた。雑誌のコーナーから店内をコの字型に回り、缶ビールを一本とおつまみのカップラーメンを一つ手に取り、レジに向かった。いつものパターンだ。体には良くないと思いながらも、まったくやめられずにいた。人並み程度に家庭でも持っていればやめられるものかな、と考えたこともあるが、家庭を持てるような性格ではないと自覚し男は半ば諦めていた。

 レジのカウンターに商品を置くと、店に入った時と同じように「いらっしゃいませー」と機械的な声が店内に響いた。何気なく店員の顔を見ると、どこかで見覚えのある顔だった。それから、名札に視線を移すと「竹本たけもと」と書かれていた。竹本、どこかで見覚えのあるその名前に、レジのバーコードの読み取り音を聞きながら思案した。

 時間にするとおよそ十秒ほどだったろうか、男は様々な人物の顔を思い浮かべ、中学校の同級生で同じ美術部だった「竹本克己たけもとかつき」に思い当たった。

「お会計、三百八十円です」

 思案している間に、バーコードの読み取りが終わっていた。男は少し慌てながら、スーツの上着の左の内ポケットに手を入れ、くたくたになった茶色い革の小銭入れを取り出した。そこからちょうど三百八十円を出し、レジのカウンターに丁寧に載せた。

「ポイントカードはお持ちですか?」

「いや、持ってないな」

「はい、失礼いたしました」

「では、三百八十円ちょうどお預かりいたします」

 そんなどこのお店でもありそうな会話をし、店員は商品をレジ袋に詰め始めた。この店員は本当に『竹本克己たけもとかつき』だろうか、そう考えてる間に商品を詰め終わった店員が「商品こちらになります、ありがとうございましたー」とレジ袋の持ち手をこちらに差し出していた。男はレジ袋を受け取りながら「どうも」と言い、続けて「もしかして、竹本克己?」と思わず口に出していた。

「え? どうして、知っているんですか……?」

「やっぱり、そうか。竹本克己だよな!」

 少し嬉しくなり声が大きくなった男に対し、竹本克己と呼ばれた店員は怪訝けげんそうに表情を曇らせていた。名札には苗字しかないのに、なぜだろうかと。そして、しどろももどろになりながら――

「あ、いや、そうですけど、あなたは……?」

「ああ、突然すまない。俺は中学校の時、あなたと同じ美術部だった、天本隆之あまもとたかゆきだ。あなたの顔に見覚えがあって、名前も見たことのある名前だったから、気になって声をかけてみたんだ」

 そう言われた竹本は、当時の記憶が蘇ったのか、いぶかしげな表情から一変し、笑顔へと変わった。

「え? 天本? 天本って、デッサンがとても上手で、いつも顧問に褒められていた、あの天本か?」懐かしくなったのか、笑いながら嬉しそうに言った。

「そうだよ! その天本だよ!」天本もつられて笑顔でもう一度、名前を言った。

「ああ、そうだ。思い出した、タカだろ! いつも部室に最後まで二人だけ残って、作品作りに没頭してたよな」

「そうそう! タカか、そんな呼ばれ方をしたの学生の時以来だな、懐かしいよ。竹本はタケって呼ばれてたよな?」

「そうだったなー、本当に懐かしい」

 二人は一瞬で中学生の時を思い出し、嬉しそうに笑いあい、五分ほどレジの前で昔話に花を咲かせていた。それから二人はこのあと、飲みに行く約束を交わした。

「わかった。駅前の居酒屋だな、終わったら行くよ」

「ああ、楽しみにしてる。じゃあ、後でな」

 わずか五分ほどのことだったが、レジに少し列ができていて、慌ててコンビニを後にした。

 居酒屋に行くとなると、さっき買った缶ビールが無駄になるな、と思った天本はコンビニの入り口近くで、一気に喉に流し込んだ。カップラーメンは持っていた通勤カバンに無理やり押し込み、駅前のロータリーに向かって歩き出した。

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