第5話 アウトリーチ活動に行こう!②
車内では僕が助手席に座り、北条さんと修士の二人が後部座席に座った。
僕はこの機会に、運転をする今出川さんに研究のことやアウトリーチ活動のことについて質問してみた。
今出川さんは全国各地で今回のような有害魔獣駆除のアウトリーチ活動を行なっているらしい。
「まぁ、僕は論文が少ないからねぇ。こういうことで業績を稼がないと」、今出川さんはバツが悪そうに笑う。
「それにフィールドワークは持ちつ持たれつだからね。こうやって現地の人と信頼を深めておくと、なにか面白いものを見つけたときに教えてくれたりするんだ」
「でも、今出川さんの分野だったら魔獣医学部とかの方があってるんじゃないですか? どうしてまたシステム魔法学研究科なんです?」
「ははは、魔獣医学部がある大学は全国でも少ないからねぇ。ポジションを取るのもなかなか難しいんだよ。それに野生魔獣の生態調査は僕のテーマの一つではあるけれど、今の研究室でのテーマはそれとはまた別なんだ」
「現地につけばわかるよ」、そういって今出川さんはまた笑った。
車は高速道路を二時間ほど走り、だいぶ山の方へと入ってきたあたりでサービスエリアに止まった。今出川さんの話だと目的地までここから後一時間ほどだということだったので、僕たちは車を降りて昼食を取ることにした。
サービスエリアのフードコートで昼食を取り終わると、少しの間、めいめい自由に休憩することになった。僕は建物脇のベンチに座って高速道路から入ってくる車をぼんやりと眺めていた。少しすると北条さんが缶コーヒーを持ってやってきて僕の隣に座った。
「今出川さんとは話せた?」
「うん。やっぱりこの研究室はいろんな人がいて面白い」
「まぁ、自由すぎるのがちょっと問題だけどね」、北条さんはいつものようにいたずらっぽく笑う。
僕もつられて笑いそうになるが、そのとき北条さんの顔が急に真面目になった。
「ところで、ちょっと確認しておきたいんだけど……、あなた、どれくらい魔法が使えるの?」
突然の質問に僕は面食らってしまう。
「え、まぁ、普通の人が使うくらいにはなんとか。適性試験では明確な適正は出なかったんだ」
「わかった。じゃあ、渡辺くん。約束して。今回のアウトリーチ活動の間、絶対に私のそばを離れないで。いい?」
僕が返事をしようとしたとき、車の方から今出川さんが僕たちを呼ぶ声が聞こえた。
「行きましょう」
そう言うと北条さんはベンチから立ち上がって車の方へと歩いていった。
************
再び車に乗り込むと、今度は鞍馬口くんが助手席に座り、後部座席には北条さんと僕、そして松ヶ崎さんが並んで座った。
松ヶ崎さんは物怖じしない性格らしく、ほぼ初対面に近い僕に対して、出身地のこと、前の大学のこと、専攻のことなどを矢継ぎ早に質問してきた。僕がそれに答えていると助手席の鞍馬口くんが振り向きながら話に入ってくる。ところが、僕が鞍馬口くんに話を振ると彼は一言、二言話してすぐにぷいと前を向いてしまう。そんなやりとりが何回か続いた。そのあいだ、北条さんはずっと窓から外の景色を眺めていた。
「渡辺先輩はパソコン得意なんですよね! わたし今度新しいパソコン買おうと思うんですけど選ぶの手伝って下さいよ!」
「別にいいけど……」
「でも、先輩のPCってMacじゃないっすか? Macは高いし難しいからあかねには無理だよ」、鞍馬口くんが割って入る。
「ケンちゃんにそんなこと言われたくないですー! わたしだってMac使ってみたかったんだから」
「まぁ、研究目的だとMacを使ってる人も……」
「絶対にWinの方がいいって! 就職したらMac使ってるところなんかないって話だぜ」
僕は心を無にした。
車は高速道路を下りると本格的に山の中の道を走り始めた。カーブのたびに身体を左右に振られることが続き、それとともに車内の口数も少なくなっていく。北条さんと松ヶ崎さんに挟まれた僕はカーブのたびに彼女たち二人と肩が触れ、そしてそのたびに顔が少し熱くなった。特に松ヶ崎さんは華奢な体格に似合わない大きな胸をしていて、僕は自分の腕が彼女の胸に当たったらどうしようかとどぎまぎしていた。
目的地のロッジに着いた頃には緊張で僕はもうぐったりとしてしまった。
ロッジは丸太造りの2階建ての建物で、一階には広々としたダイニングキッチンがあり、二階にツインのベッドルームが2つあった。今出川さんが寝袋を使って一階で寝ると申し出てくれたので、僕と鞍馬口くん、北条さんと松ヶ崎さんでそれぞれ二階のベッドルームを使うことにした。
手荷物を部屋に運んでしまうと、全員でダイニングルームに集まって今出川さんから今回の有害魔獣駆除の仕事について説明を受けることになった。
「そもそも今回駆除する有害魔獣って具体的にどんなものなんすか?」、鞍馬口くんが質問する。
「うーん、端的に言ってしまうと……、人食い熊かな」
「はぁっ!?」
鞍馬口くんが素っ頓狂な声を上げた。僕と松ヶ崎さんも唖然とした表情で今出川さんを見ている。北条さんは苦り切った顔をして
「ははは、まぁ今回のやつはまだ誰も殺されてないから大丈夫だよ」
今出川さんはそう言って呑気に笑うと説明を始めた。
「本来、人間も含めてあらゆる動物はある程度の魔力を持っている。でも、その程度の魔力では通常、動物の行動には影響を及ぼさない。僕たちが研究室で魔獣と呼んでいるものはたいてい実験に使用するために人為的に魔力を増強された動物だ。しかし、人間でもそうだけど、野生動物においてもごく稀に通常に比べて著しく強い魔力を持つ個体が生まれることがある。そういった個体は魔力に影響されるのか、普通の個体に比べて凶暴だし身体能力も高い」
今出川さんの説明を聞きながら、僕はそれとなく北条さんの方を見た。北条さんは唇を噛みながらじっと今出川さんの説明を聞いていた。
「さらにそういう動物は人間なんかの他の動物の魔力を嗅ぎつけるとそれに引き寄せられる性質がある。そのため、放置しておくと農作物を荒らされたり、周辺住民が襲われるといった被害が出てしまう。そこで、そういった魔獣が目撃された場合、被害が出る前に僕らが対策をする必要があるんだ」
「でも、そんな魔獣どうやって倒せばいいんすか!?」
「そのあたりは僕に任せてくれれば大丈夫。君たちはやつをおびき出すための罠を仕掛けるのを手伝ってくれるだけで十分だよ」
そういうと今出川さんは持ってきた荷物からこぶし大の鈴のようなものを取り出した。
「これは魔獣が好む魔力を周囲に放出するとともに、逆に魔獣が近づいてきたらその魔力を検知するセンサーでもあるんだ。これを周辺の木にぶら下げてやつが出てくるを待つってわけ」
「もし現れなかったら?」
僕の質問に今出川さんは肩をすくめて答える。
「そのときはそのときだね。逆に下手にこっちからやつを探して出向いていくとその方が危ない。まぁ、先週もこの近くの山道で地元の人間が見たって情報があるからこの近くにはいるはずなんだけど」
僕はどこまでも楽天的な今出川さんの顔を見ながら、
(出てこなければいいのになぁ)
とぼんやりと考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます