14.
祖母の納骨が終わる頃、私の進路も無事に決まった。
当初希望していた学校の試験を受けられなかったため、第二希望の学校を受験し、合格を果たした。
その結果、私は明クンから物理的な距離を取ることは出来なかった。
けれど祖母の残してくれた言葉で、私には心理的な距離を置く決心が沸いてきていた。
「それが男友達を紹介しろってこと?」
卒業を前に進路の決まった私と舞子は学校の許可をもらい、休みの日には教習所に通う日々を送るようになっていた。
「ひとまず、そこから始めるのがベストかと」
次の学科の授業の合間に私は舞子に提案する。
冷静に考えてみれば、私の周りには舞子のような異性関係も同性関係も構築されていない。学校で仲のよい友達はいても、それは学校の中だけの付き合いであり、それ以上の付き合いをしているのは舞子だけだ。
学校が終わると一直線に家に帰る生活をしていれば当たり前の人間関係である。
「彼氏はいりません、友達が欲しいんです。どんだけわがままなのよ。大体、そんな勝手な話が通用するなら、愛情と友情の狭間で悩んで、合コン繰り返している私はいないでしょ」
久しぶりの舞子の力説に、私も言葉をなくして静かに頷いた。
「これだから恋愛初心者…。あ、ちょっと待った。あいつがいる!」
誰かを思いついた舞子がすぐに電話をかけて呼び出した人物が、授業を終えた私たちを出迎えていた。
「半年前、バイト先で知り合ったの。名前は良太、外見も中身も恋愛対象も男」
「あ~いわゆる、オネエ系って人種?」
私は最近かけ始めたメガネをグイッとあげて、隣の舞子に質問してみる。
「本人は頑なに同性愛者だって言うんだけど。…いや、でもあれはオネエだね」
見た目は確かに男だけど、近づいてくる彼の振舞い見ながら舞子はそう判断する。
私もそれに同調して頷く。あのクネクネした感じはどう見ても男とは言い難い。
「うん、どう見てもそうでしょ」
「だけど、絢の理想とする男友達じゃない?」
舞子は私を見て、彼を指差す。確かに私が希望したとおりと言うか、違うというか。
そんな不安を抱えつつ、私はその日をきっかけに良太との友情関係を開拓することにしたのだが、これが思いのほか上手くいくから人生は面白い。
「きっと前世では絢が兄で、僕が妹だったんじゃないかな?」
良太がそう表現するほど、私と彼との関係性は知れば知るほど恐ろしいものだった。
まずはは食べ物。その次は好きなドラマに漫画に音楽、スポーツ。とにかく話題に出たものは気味が悪いほど好みが一緒だった。違ったことは好きな男のタイプくらい。
「私には兄弟がいないから分からないけど、それはちょっと違うでしょ」
卒業後、私は舞子が良太に出会ったお菓子屋でバイトを始めた。
時給も魅力的だったけれど、シフトが自由に組めることと、良太がそこで一番長いバイトの先輩だったことも選んだ理由だった。
「そっか。じゃ~この気味悪いほどの共通点はどういう関係なんだ?」
閉めたお店の片づけをしながら良太は首を傾げている。
「それを言うなら双子じゃない? 禁断の恋まで似てるもの」
洗い終わったお皿を布巾で拭きながら私は平然と答える。
それに良太はケタケタと派手に笑う。それが明クンとは正反対で、今の私は何だかホッとする。
「双子かぁ~それは面白い。けど僕から言わせれば絢は禁断じゃないっしょ。血の繋がりはないんだから、相手がOKなら問題ないじゃん」
異性でありながら同性の感覚を持つ良太は、舞子とは違う意味で話やすい対象だった。
良太本人は頑なに女性ではないと言い張るが、私にはどうしても男性とは思えない。
だから舞子には中々打ち明けられなかった明クンのことも、なぜか良太にはすんなりと話せたのだ。
「その相手が、OKなんて絶対に出さないと分かってるから、こうなってるんでしょ!」
バイトを始めて一週間もしないうちに、私は明クンへの想いを彼に話してしまう出来事に遭遇した。きっかけは勤務中のナンパだった。
『内藤くんは僕の中でも一番のオススメなんだけど~』
会計後に渡されたラインのアカウントをポケットに入れたまま帰り支度を始めた私に、良太は見過ごすことなくそう突っ込んできた。
『欲しいの?』
私はエプロンのポケットから取り出し、それを彼に見せる。
正直な彼はコクンと頷く。 良太は複雑な恋愛観を持っているが分かりやすい人間だ。
素直で人当たりもよく、思ったことはすぐに口から出てしまう。だから良太の周りには、彼の恋愛事情も全部承知で付き合っている人間ばかりだ。
そんな相手に私が隠し事を持つなんて、出来るわけがない。おかげで今では恋愛を含め、色んな意味での相談相手だ。
「またそれかよ~。だいたい絢は物事を難しく考えすぎなんだってば」
モップをかけ終わった良太はピコンと鳴ったスマホを取り出してご機嫌だ。
「僕よりずっと障害は低いくせに躊躇しすぎで、チャンスを失ってると思うけどな」
この三ヵ月近くでノーマルな相手をいつの間にか、そっちの世界に引きずり込むという良太の手法を何度も見せられているから、そのことは認めざる得ない。
きっと届いたラインの相手は、最初は私をナンパしてきた女性好きだったはずの内藤さんだ。
「恋愛はさ、お互いが納得すれば、どんな障害も障害じゃないんだよ。男と女だけが正しいってセオリーは確かに常識で正当なものだと思うけど、それが誰にも当てはまるわけじゃない。異性でも同性でも、絢とこみたいに形式上で父娘でも、本当の親子でも恋に落ちることに罪はないじゃん。あるのは道徳的なものだけ。それを越えるか越えないか、当人同士の覚悟じゃないの?」
良太の考え方はなぜかいつも説得力があって、ちょっと極端な発想だけど、否定は出来ない私がいる。
きっと明クンへの感情に出会わなければ、考えることもなかったはずだから、本当に生きているって不思議なものだ。自分が恋に落ちて、確かにどうにもならないことが存在ことを知ったわけだから。
けれど、それをどうにかしようとする勇気は、想像以上に厄介だ。それに片方だけでは話にもならない。
「絢が突っ走る勇気がないなら、方法は一つだけだな」
拭き終わったお皿を棚に戻した私の隣に、モップを持った良太がスマホで時間を見ながら、窓から見える外の様子を気にしている。
「方法って何? ???」
入口に背を向けたまま、そう尋ねた私を良太はグイッと抱き寄せて顔を近づけてくる。
振り払おうとしたとき、良太は静かに囁いた。
「何もしないからじっとしてて。恋愛初心者は、上級者の指示に黙って従いなさい」
彼はそう言って私の顔の前で首を少しだけ傾けた。
その構図を客観的に想像してみると、第三者には良太が想定した関係に見えるだろう。
私はそれに気付いて納得しように小さく頷いた。
「で? 良太の意図は分かったけど、これがどんな意味を?」
そこまで話したとき、私から離れた良太はお店の入り口に向かって頭を下げた。
私はその先を追って振り返る。
お店の扉の外には仕事帰りの明クンと、口に手を当てて目を見開いた稲垣先生がいた。
「絢が突っ走らないなら、相手を同じレールに乗っける。手っ取り早いでしょ」
驚きのあまり、私は咄嗟に二人に背を向ける。動揺しまくっている私は、そう得意げに話す良太の肩を思いっきり叩いた。
「ちょっと、なんでこんなことするのよ! はぁ~余計なことを。私と明クンの関係性ちゃんと分かってる? 父親と娘なのよ。こんな場面を親に見られて、どうやって接しろって言うのよ」
額に手をやり、ため息しか出なくなった私は両肩から力が抜ける。
脱力感いっぱいの私に良太は至って冷静な顔つきを見せている。
「どうって、平然と過ごす。それこそが親子じゃん。年頃の子供を持てば、どこだってそうしてるでしょ。見て見ぬふりをしてこそ親子。もし僕に嫉妬なんてする反応があれば、それは見込みアリってことじゃん。あ~面白くなってきた~」
良太はそう言ってエプロンを外しながら私より先にお店の奥に入っていく。
私は仕方なく、その後を追いながら、一度だけ振り返ってみたが、扉の向こうに明クンの姿はなく、しばらくするとポケットのスマホが音を立てた。
相手は稲垣先生で、先に帰るという連絡と、私の心情の変化を尋ねる問いがあった。
「なんか面倒なことになった気がするんだけど。ちょっと良太!」
私はそれに返信することなく、良太の後を追いながら大声で叫んだ。
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