7.

 元々、反抗期だった。

 明クンに対する私の接し方は、そう思われてもおかしくなかった。幼くして母親を亡くし、父親と二人暮らしという環境下で、逞しく育たないわけが無い。

 しかも私の場合は父親との血縁関係はないのだ。

 そんな特殊な家族関係だからこそ、私が明クンに対して接する様は、同級生が父親と接する様とは大きな差があることは、ある意味必然のことだったように思う。

「明くんじゃなくて、お父さんでしょ」

 担任に訂正をされ、私は気持ち悪くなって顔をしかめた。

 隣に座っている明クンには到底似合わない呼び名だった。まだパパでしょ、の方が説得力として上だ。

「あの~、うちではそう呼ばせているので」

 普段よりお洒落をし、化粧直しをしている担任に明クンは相変わらずの何かを放ちながら彼女を宥めている。

「ですが、世の中では通用しませんから。それに」

「世間ではもう十分、白い目で見られているから大丈夫です。そう思う奴には思わせておけばいいんで」


 今後の進路を決める二年生になった時、一番嫌だった数学の山下が担任になった。

 彼女は教師になってまだ二年目で、私たちが初めての卒業生になる。そのせいか自分のクラスの成績に非常に敏感だった。

 私はそれほど落ちこぼれではないけど、唯一苦手なのが数学だ。いつも欠点ギリギリ通過の、彼女にとっては悩みの種のグループに在籍している。

「あのね、そういう問題じゃなくて」

「そういう問題なんですよ。それまでだって散々言われてたのに、ママが亡くなってからさらに酷くなって。中学に入る頃には、この大きく育った身長のせいで、日に日に良からぬ目で見る人が増えて、何か言ってくる人は減りました。その意味って分かります?」

 きっと私はパパに似たのだ。ママがくれたパパの写真を見れば分かる。おかげで私の成長は早かった。

 同級生の中で常に一番背が高く、高校に入るまでは男子の半分以上を見下ろしていた。だから明クンの同僚が私をママと見間違えても不思議ではない。祖母が先回りをして、私を明クンから引き離したがったことも納得できた。


 周囲の好奇な視線や、肉親からの余計な配慮がいつしか私の心を重くし始めた。

 そんな悩みで戸惑い始めた頃、祖母の提案で明クンと距離を置くことになったわけだ。

 そのおかげなのか、あれほど億劫だった誰かの視線や配慮が、以前ほど気にならなくなった。それは単なる誰かの想像でしかない。そう思えるようになったからだ。

 その反動なのか、頭の中はより一層に複雑になり、私の反抗期はさらに拍車をかけ、矛先は何も変わらない明クンに自然と向けられた。

「絢、先生に対して使う言葉じゃ」

「明クンは黙ってて。いつも大事な時は逃げるでしょ。そうだよね、大事なものを守る時は、どんなことをしても守らなきゃいけないから。それは時に嘘だってつかなきゃいけない場合だってある。だけど明クンは嘘が嫌いだから、最後まで守れないでしょ。私を守るために新しいママでも作る? そんなこと出来ないし、出任せだって言えないじゃん」

 頬杖をついたまま、私は明クンの言葉を遮り、一気に捲くし立てて続けた。

「あのね、先生。私は明クンって呼ぶけど、口紅は塗らないし、着飾ることもない。ましては若さを武器にもしない。それは私以外の人が、明クンに感じるもの、私は感じないから。だって明クンはママの王子様なの。ママが私のパパとして連れてきたんじゃなくて、自分の王子様として連れてきた人なの。だから先生も、明クンに色目は使わないでもらえます?」

 私は机をパンと手で叩いて、椅子をひいた。静まり返った教室にその音が響き渡ると、私は隣で座ったままの明クンの腕を抱え上げる。

「もう話すことはないので帰ります」


 私は明クンを置いて先に教室を出る。

 彼はきっといつものように穏やかな顔で先生に謝罪をし、慌てた様子で私を追いかけてくる。想像しなくても、そのシーンが勝手に浮かぶから、毎日厄介なのだ。

 廊下で待っているクラスメイトと、その親の視線が一斉に私に集まる。

 そして、その視線は追いかけてくる明クンに向けられて誰もが、あ~と納得する。こっちも簡単に想像が出来るお決まりのシーンだ。

 そんな視線の中に舞子の姿を見つけて私は手をあげる。それに彼女も手をあげ、私の後ろからやってくる明クンに頭を下げる。

「山下に釘さしてやった」

 通り過ぎながら告げた私の報告に、舞子は背伸びをして教室の中を覗くと吹き出した。

「ヤバ、確かに。化粧濃すぎだし、スカート短すぎ」

「でしょ。だから女の担任って面倒なんだわ」

 それだけ言って私は同じように手をあげて歩き出す。後ろで明クンが舞子と舞子の母親に挨拶している声が聞こえてきたけれど、私は足を止めなかった。

 もちろんママみたいに間に入って妨害もしない。私にとって明クンはママの王子様で、私の王子様ではないから。


「ま、露骨な奴には容赦しないけどね」

 そう独り言を呟いていると、隣に明クンが姿を見せる。

「最近の絢は何かと苛々してるな」

 あれほどの悪態を大人に、いや担任についても明クンは怒らない。今となっては一度怒られたことも夢での出来事だったんじゃないかとさえ思えてくる。

「親なら普通怒るよ」

 十センチほど視線の高い明クンを見上げ、私は呆れた口調で指摘した。

「そうか。でも絢が言ったことに間違いはなかったしな」

 明クンはそう言って私を見下ろし、自分の唇と私のスカートを指差した。

「色は濃いし、丈は短すぎだ。それって俺のせい?」

 自分を今度は指差して、私に確認する。その問いかけが妙に真剣で笑うしかなかった。

「十分自覚しているくせに、よく言う。嘘より性質が悪いよ」

 明クンのスタイルはとても娘の保護者相談にやってきた父親のいでたちではない。それが彼の普段のスタイルだから、狙っているわけではないが世間的には狙っているのだ。

「今の言葉は聞き捨てならないな」

 不満げな明クンを隣に、私はちょっとだけ心が痛んだ。理由は一つだけ嘘をついたから。

 放った瞬間、微かに胸が痛んだのだから、きっとそれは嘘なんだろう。

 どうしてついた嘘なのかは私には分からなかったけど、多分明クンを守るためについたような気がした。

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