1章
菰田譲二は共有サーバから学習結果を格納したディレクトリ一式をSCPでローカルにコピーしていた。速度制限のかかった社内イントラでは遅々としてダウンロードが進まない。
菰田の席だけを蛍光灯が照らすフロア。最終退場者になるのは今月何度目だろうか。
菰田はしばらくプログレスバーの進捗を抑揚のない目で見ていたが、諦めたように席をたち珈琲を入れに給湯室へ向かった。
・・・どうせ無理に決まっている。
給湯室で電気ポッドからコップにお湯を注ぎながら、ダウンロード中の学習結果の実験条件を思い出していた。
菰田が今回試した実験条件は、半ば投げやりに決めたものだった。自分が立てた仮説は、ほぼ全てシミュレーション実験で失敗に終わり、最も期待していた手法もわずかばかりに精度を改善しただけに留まった。完全に行き詰まっていた。
給湯室のシンクに腰を乗せ、コップに口をつける。
菰田の頭は次の実験の為に目まぐるしく動いている。今まで試行したパターンの中でどこか抜けがないか。根本的な別のアプローチが無いか。
気づけばコップは微温くなっていた。菰田は残った珈琲をシンクに流し、ため息を付きながら自分の席に戻った。ダウンロード中だった学習結果はダウンロードが終わっていた。
菰田は手慣れた手つきでJupyterを起動し、ブラウザで学習結果を確認する。
・・・おかしい。
通常なら学習過程で識別されるグループが識別されていない。しかし、クロスエントロピーはイテレーションに比例して下がっている。どういうことだ。菰田はエディタで評価スクリプトを開き、先ほどダウンロードした学習結果のパスを指定するように修正し実行した。
「あぁ、ようやく、ようやく・・・。」
菰田は両の拳を机の上で強く握りしめた。
「人類の、新しい誕生日だ。」
モニタ上のコンソールはHello World!と示していた。
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