第3話

 「……うう」


 熊の馬車、熊車に体が揺られる。


 「はっはっは! 『ベコル』に乗るのは初めてか少年! その貧相な格好からして近くのスラム街の子だろう? なぜアルバ男爵のヒール草原に入っていたのだ?」


 知らない言葉が多すぎて頭がついていかない。

 文章から考えてベコルとは熊車のことだろう。

 貧相と言われたが、この世界ではジャージ姿だと良い目ではみられないそうだ。

 アルバ……男爵か。中々に位が高い。ヒール草? ヒールは回復の意味だが……あのなんとも言えない開放感や気持ちの良さはヒール草の効果だったらしい。


 「……少年? なぜ黙っている?」

 「……」


 こんな「紳士」にコミュ力ゼロの俺がまともに話せるわけがないだろう。


 「あ、いや……す、素敵な服装だと思いましてー」

 「む!中々に嬉しいことを言ってくれるではないか。はっはっは!」


 口から咄嗟に出たのはとりあえずの褒め言葉。

 だが実際にスーツがよく似合っている。黒のハットに黒のスーツ、赤のネクタイに丸メガネ。なんとも、ザ・紳士。ハンカチのこともハンケチーフと呼ぶのだろう。


 「少年、名前を教えてくれないか。いつまでも『少年』とよぶのには惜しい気がして来た」

 「まこ……シンです。シンと言います」


 敢えてアダ名を告げた。特に意味はない。


 「シン……か。シンの素性がどうであれ、男爵に見つかる前にここを離れなさい。『血塗れの男爵』は、聞いたことがあるだろう」

 「ち、血塗れの男爵……?」


 物騒すぎない? なにその名前。


 「知らないのか? ……シンは本当にスラムの子か? あの辺りの産まれで男爵を知らないとは……まあいい。家に戻ったら親にでも聞くといい」

 

 そんなにやばい奴なのか。

 スラムに知れ渡るほどに、恐れられる程に酷い非道さと来た。


 「……そろそろ街道に着くだろう」

 「あの……ひとつききたいんですけど」

 「おお、なんだ?」

 「えっと、お名前を聞いてもいいですか? 俺だけ名前で呼んでもらってるのは、なんだか申し訳なくて……」


 紳士はキョトンとし、後に口角をゆっくりと引き上げた。


 「……はっはっはっ! 君はいい子だな。いいだろう。私の名前はアフォン・セルリバスだ。気軽にセバスと呼んでくれ」

 「あ、ありがとうございます! セバス……さん」


 名前を聞いた理由、それは「使える」と思ったからだ。

 今から俺はスラムに行くことになる。どんな場所かはわからないが、何かトラブルがあった時にでも「俺は血塗れの男爵の召使い、セバスと知り合いだ」と言えば、解決、もとい解消されるかもしれない。


 俺がいい子だと思った奴に報告。

 俺は結構ゲスい。

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