1章 山の通は何処へと続く4
八坂邸の二階を眺めたアンメラは、ふと気づいて通信端末に連絡を入れた。勝手口などから逃げた場合の足止めを配してから、部屋の中へ門を開ける。
目の前の門を通る。2階の部屋へとアンメラが降り立った。そして、背後で門が閉じるその時。
アンメラの後頭部に衝撃が走った。
「がっ……!?」
◇
前のめりにアンメラが吹き飛ぶ。
背後からの韻之介の強烈な延髄蹴りにより、彼女(?)は本棚へと突っ込んだ。
(……成功!)
玄関を閉じた後すぐ。韻之介は見た情報をティアと共有。彼女からアンメラの『欠片』である山の通の情報を得ていた。希少な能力でありティアの返答は早かった。発動の条件が、何らかの準備を施すか視認であることも。
即座に朱馬の手を借り自室以外のカーテンを閉めて視認を封じ、自らは自室窓の横に潜んだのだ。自室のカーテンが間に合うかは微妙なところだったため、不意打ちを選択した、というわけだ。
アンメラが韻之介の作戦を籠城と見て、配下への指示出しを優先したのも吉と出た。
「ぐ……あなた……!」
頭を押さえアンメラが頭を起こすが、ダメージは明らかだ。相手は格上。韻之介は心を鬼にする。
(ここで仕留めきる……! 立ち直られたら勝ち目ゼロだ!)
戦闘不能にさえしてしまえば、書板の管理権を持つティアにより相手の『欠片』を制御出来る。
続いて倒れている相手の顔面を狙った容赦ない下段蹴りを、アンメラは腕で受ける。さらに吹き飛び今度は机に背中を打ち付けた。
「くうっ……」
アンメラは苦悶の声を上げるが、韻之介もまた歯を軋らせる。倒しきれない。
(防御ごと押し潰す!)
決めて、韻之介は飛びかかる。踏みつける勢いの飛び蹴りを繰り出す。が、そこでアンメラが防御を解いた。
「調子に乗らないでもらえるかしら……!」
掌を韻之介へ向ける。直後、2つの小さな『扉』が韻之介の前に現れ、その片方が彼の蹴り足を飲み込んだ。
「ぐえっ!?」
そしてもう一方の穴から消えた足先が勢いもそのままに現れ、韻之介の腹部に炸裂した。
カウンターの形になって吹き飛び、足も穴から抜ける。
(あんな真似も出来るのか……って、やっべえ……!)
痛みよりも強く焦りが韻之介を包む。身を起こせばアンメラはふらつきながらも立ち上がっていた。ダメージは大きいものの、相手が態勢を立て直してしまった。
「好き勝手やってくれたわねお子様が……」
アンメラは表情こそ乱れてはいないが、語気と視線から隠しきれない怒りが感じ取れた。手元に出した穴へ。素早く手を入れ込む。
「…………っ!」
脇腹へ衝撃。韻之介のすぐ横に現れた門から、彼女の拳が現れて打ち込まれていた。
手を掴もうとしたが、すぐさま引っ込められてしまう。そして今度は正面からみぞおちへ。
「舐めてんじゃあ、ないわよっ!」
低くドスの利いた声でアンメラが叫ぶ。
「がっ……」
腹を抑えたとたん、さらに側頭部。次は背中。防御を固めてもその隙間に拳が滑り込んでくる。
「ぐっ…………お……!」
すぐに回避へ転じれば状況は違ったかもしれないが――遅きに失した。防戦一方に追い込まれた韻之介は金的など決定的な急所は防いでいたが、加速度的に消耗していく。
「オラァ!」
およそ1分。好き放題に殴られた韻之介はとどめとばかりの脳天へのストンピングにより床に突っ伏した。
(ぐおおおつええ……これっぽっちも歯が立たねえ……)
しかし、と韻之介は考える。ナイフなどでさっさと決めないのは殺す気がないということか?
「さて。八坂韻之介クン」
口調だけは元に戻ったアンメラは、転移させた足先で韻之介を踏みしめながら語りかける。
「アナタが持ってる太母の『欠片』……。渡してもらえないかしら。安心しなさい、悪いようにはしないわよ。学舎にだってちゃんと残れるし」
韻之介には当然のことながら聞ける話ではない。彼の体のことを知らぬ者達の犯行ということも理解した。
「……あのさ」
苦労して視線だけ上げる。アンメラは女性らしく小首を傾げた。
「人に頼む態度じゃねえぞ、オカマ野郎……いだだだだだだだだだ!」
頭への圧力が強まって悲鳴を上げる。
「やかましいガキね……立場を考えて口を聞きなさいな」
「で、ではアンメラ、さん」
涙目かつしおらしい口調で、韻之介。
「何かしら」
「野郎の股ぐらなんざ見上げたかないんで、さっさと足退けてもらえますかね」
「決めたわ。アナタは連れ帰ってゆっくりと心変わりさせてあげる」
青筋を浮かべながらアンメラが笑った。帰還の扉を開けるためか、書板記述に光がともる。
(今!)
韻之介が床を拳で叩く。悔し紛れと見えたか、アンメラがせせら笑った。
次の瞬間、部屋の床が崩れた。いくつかの家具と共に、部屋中央にいたアンメラが階下の居間へ落下する。
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