1章 山の通は何処へと続く3
「ぐっ!」
飛び出した勢いのまま、イムルは島の上空数十mの空へ姿を現した。イムルを吐き出した円形の闇は、直後にその形を消す。落下しつつイムルはうめく。
「『山の扉』のアンメラ……。強硬派の手先になっていたか!」
神話から人へ主役が移ろうとする時代。かのギルガメシュ王が目指した世界の果て、ギルタブリルが守る太陽の昇る山から「全てを見た者」の住む場所へ続く通路、その扉の記述。その『欠片』のキングー。
別座標への扉を開く、同一能力がほとんど存在しない希少な『欠片』だ。よりによって敵側についているとは。
「ギルタブリルッ!」
叫ぶ。手に持った刀が瞬時に姿を不定形に変える。核となっていた木刀を残し、黒い塊がイムルの背中に回り込み上着を核に翼を形成する。
ギルタブリルの翼は自在に飛行出来るようなものではない。一度だけ強く羽ばたいて姿勢を整えた後は滑空しながら眼下を見回す。
「どれほど飛ばされた……?」
聞いている能力では、事前準備が無ければあまりに長い距離は不可能なはずである。
はたして、八坂邸はかなり遠くに見えた。数kmは飛ばされた計算になる。舌打ち。
「腕を上げたじゃないか!」
建物の屋上に着地し、即座に走り出しながらイムルは呟く。瞬時、意識が左方に向いた。慌てて身をよじる。ギルタブリルの翼が主の体を巻く。
がぎんっ! という音と全身を揺さぶる衝撃。さらに遅れて、発砲音。
(……狙撃ッ!?)
ライフル弾の凄まじい破壊力に体を回転させながらも、イムルは倒れることなく立ち直り射撃方向をにらむ。
(偶然ではあり得ない……。初めからここに『飛ばす』ことを作戦に入れた狙撃だ)
つまりは、計画的。そして相手は複数。
狙撃自体はイムルが飛ばされてきたために行ったものだろう。韻之介であれば空から落ちた時点で戦闘不能になる可能性が高い。
イムルはふう、と息を吐く。
(アンメラが組しているなら相手は学舎内の手の者)
ぎり、と歯を軋らせる。
(深き慈悲の念で学舎の意向を汲んでくださっている太母様と、元は無関係でありながら力を貸してくれている韻之介を――)
目が剣呑につり上がる。
握る木刀に力を込める。
(――学舎の人間が狙う、だと?)
イムルの怒気にギルタブリルが反応する。翼が鋭角にコンパクトになり、一部が足へ移動しまとわりつく。
――キングーとなった人間は、その時点で体が神代の人間のそれとなる。神代の人間は現代人を遙かに越える頑強さを持ち、元が平均的な高校生男子でも、キングーとなればオリンピック選手並の身体能力となる。
では。元から戦士として鍛えられ、なおかつ上位の『欠片』を宿した人間ならばどうなるのか?
その答えは――
踏み込んだコンクリートが音を上げて亀裂を走らせた。
床が砕け、風が爆ぜ散る。
先の一発で見いだした狙撃地点のビルへ向け、イムルは飛び出した。
狙撃手は目を剥く。スコープを覗く目とは逆、風景を見ている方の視界からすら、イムルが一瞬で消えた。
動いた直後に再び銃撃が飛んでくるが、既にイムルはその建物にすらいない。コンクリートの床に空しく突き刺さるのみだ。
イムルの速度がさらに上がる。すでに彼女は、傍目には高速で動く黒い固まりとしか視認できないスピードだ。近づくにつれ、射角はどんどん急になる。つまりは、まともに狙いを付けられなくなる。
3度目の狙撃もメートル単位で外れ、狙撃地点から戸惑いが伝わってきた。
「――逃がすかっ!」
狙撃地点を直線距離にして約50mにとらえたイムルが、狙撃の逆回しめいて自らを撃ち出した。
踏み込みの轟音が遅れて周囲へ響く。
「な、なに……うわあああああっ!」
ビル屋上から引き上げようとしていた狙撃手が、転落防止柵をぶち抜いて現れたイムルの衝撃で吹き飛ばされた。
狙撃手を追い抜きつつ、床を砕いて減速するイムル。黒い弾丸のように身を覆っていたギルタブリルを刀の形に戻し、吹き飛んでくる狙撃手の背に向け振りかぶり――
「……ちっ」
ぎりぎりでイムルの自制心が勝った。相手の脇を柄でかち上げる。同時に飛び上がり、腹を押さえて床へ容赦なく叩きつけた。
「おごぉっ……」
狙撃手が悶絶する。若い男だ。首筋に書板記述がありキングーと知れたが、発動する暇は無かったようだ。
イムルは彼を見下ろす。先を丸めた刀を腹に突き下ろして気付けとする。
「ぐえっ……げほっぐほっ! がは……ひ!」
勢いよく咳き込んだ男は、涙を浮かべた目でイムルを視認し怯えの感情を表した。
「確認する。貴様等は太母様の『欠片』を奪取しようとする派閥の手の者か?」
答えに迷う素振りを見せた男に、イムルは刀を持つ手に力を込める。
「答えろ。貴様もアンメラも同じ派閥だな?」
余裕を取り戻したのか、男はひきつった笑いを浮かべている。
「こ、答えるまでもないだろ? それにもう間に合わんさ。八坂韻之介程度ではアンメラには勝てない」
『欠片』さえ奪ってしまえば後はどうにでもなると思っているのか。イムルはふん、と息を吐いた。
「太母の『欠片』共々、大人しくこちらに従え! 悪いようにはせん!」
反論がないと勢いづいたか、男はさらに言い募り――
「学舎のために、あの『欠片』はもっと有効に使われるべきだ!」
そして、地雷を踏んだ。
「……縛るものを探そうと思ったが、時間がないな」
イムルが表情を変えず、刀を二度振った。ご、ご、と低い音がする。
「ぎっ、ぐあ……ぐあああああああっ!?」
男のすねの辺りで、間接が一つ増えていた。
「さて、あの男は生憎生き汚くてな」
足を押さえてわめく男に構わず八坂邸の方を見る。
「試合でなければ1度くらいは裏をかくだろうよ」
移動を封じた男を捨て置き、イムルは八坂邸に足を向ける。
宙に飛び出す。とはいえ、やはり韻之介が捕まる可能性は低くはない。別のビルの屋根へ着地し、深水理事長へ男の捕縛要請を入れながら、イムルは再び走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます