1章 山の通は何処へと続く2

                  ◇

「強硬派が?」

 セッシャー・深水は自らの仕事場(理事長室)で電話口へ問い返した。

 天命の書板を研究対象とした国連学校『霧の学舎』の理事長といえども、学舎内の派閥を全て掌握できるわけではない。貴重な高位の『欠片』の処遇については時に深水の頭を悩ませる問題である。

 ことに最上位階の『欠片』である大地母神ティアマトについては、偶然キングーとなった八坂韻之介が期待されたほどの能力を発揮しなかったため、取り上げて回収するべきと言う強硬派と、貴重な契約者なのだから見守るべきと言う穏健派の間で処遇は議論の種となっていた。

「曲がりなりにも当学生徒として通学してリーグ戦にも出てる人間を相手に何なの? アホなの? ……『神々の家』による再襲撃を危惧? んなもん今から契約解除したとこで止むようなもんでもないだろうに」

 それ以前に八坂韻之介は、契約時の負傷が原因で『欠片』を外せば死ぬという極めて特殊な状態だが、それは彼ら自身の希望で伏せられている。

 秘密を明かせば人命を盾に『欠片』の回収から大義名分を奪うことは可能だが、表玄関を完全にふさいでしまえば手をなくした者達による暴走が起きかねない。天命の書板の制御権を持つ大地母神の『欠片』は、それほど貴重なものだ。さらに『神々の家』の内通者問題も完全に片づいてはいない。彼らにこの情報を軽々しく流すわけにもいかない。

 この札を開くのは『リーグ戦で勝ち進みキングーとしての価値を証明する』という手段が潰えてからでも遅くはない。

「と思ってたんだが……。予想以上に馬鹿がいるのか、思い詰めちゃった子でも出たのか」

 とりあえずは事を納める手配、と深水は通話先を切り替えようとした。

 彼の指が通話終了ボタンを押すと同時、理事長室の扉をこつこつと叩く音が響く。秘書のものとは調子が違う。

(このタイミングでアポ無し来客、ね)

 あまり楽観的な気分にもなれぬまま、深水は部屋のロックを解除した。

                  ◇

 廊下を数m転がった末に仰向けになって。韻之介はやや諦めた心地で呟いた。

「だんだん分かってきたぞ……。この島の人間は大半が出会い頭に何かブチ込んでくる奴で構成されてるんだ」

 その手には砕けた石が握られている。打ち込まれる寸前、『欠片』の能力で創造して盾に使った。我ながら奇跡的な反応だったとは思うが、それでも衝撃だけで景気よく吹き飛ばされた。ここから導き出される結論は、

(こりゃ俺じゃ無理だな。イムルに頼もう)

「何事だ、韻之介!」

 思考に応えるかのごとく、韻之介の師匠も務めるイムルが部屋から飛び出してくる。そんな彼女に頼もしさを覚えると同時、

「……」

「何だその顔は」

「そういや君も半分くらいこういう感じだったなって」

「何を訳の分からない事を言っているんだ。襲撃か?」

「ああ。いきなり殴られた。何されたのかは分からないが……朱馬! ティアと一緒にいろ。ティア、頼んだぞ」

 おそるおそるという体でこちらを見ている朱馬たちに声をかけ、イムルと玄関を見やる。反動で扉は再び閉じ、その向こうをうかがうことは出来ない。

「私が出る。君は別方向からの奇襲に備えろ」

 待ってましたの提案である。韻之介は居間の方へ意識を向けて親指を立てる。

「オッケ。頑張れししょー」

「……まあ戦術的にそれでいいんだが。もう少し自分がという気概とかそういうのを見せる気は」

「出来ないことはしない」

 やや苦い表情でイムルが玄関へ向かう。しかし実際の所、蠍神ギルタブリルの『欠片』――今はイムルの手の中で刀の姿を取っているその化身は、主の危機に自ら形を変え防御する能力を有する。こういった状況にはうってつけだ。

 単純な戦力的に見ても、学舎で行われるリーグ戦において韻之介は最下層Dリーグ、イムルはトップのAリーグである。比較のしようもない。

 イムルが玄関へ手をかけ、体ごと飛び出した。外へ出る瞬間の速度と移動を兼ねる狙いだ。

 しかし、扉の向こう。そこには円形の闇が見えた。イムルはその闇に飛び込む形となる。

「「なにっ!?」」

 イムルと韻之介、驚愕のうめきが重なり、イムルの声が闇に飲まれる姿とともに消えた。

 直後に円形の闇も縮み消え、後には玄関の向こう、庭先の風景のみが残る。

「……僥倖僥倖」

 代わるように、扉の陰から声の主が姿を現した。

「一番厄介な娘が消えてくれたわね。まともに相手する気にならないから、あの子」

 年の頃は20代ほどか。叔母の文緒よりは年下に思える。片目を隠すような髪の理知的な顔立ちの女性……に見えなくもないが、骨格と声はどちらかと言えば男性のそれだ。

「さて。私はアンメラと言います。そしてアナタは大地母神ティアマトのキングー、八坂韻之介……で間違いない? 違っていたら謝るわ」

 アンメラと名乗った人物が告げる。彼女は韻之介を眺めて笑顔を見せ腕を広げた。

「これで落ち着いた話ができるってもの――」

 しゃべるアンメラの視界に、突如何かが迫った。

「うわっ!?」

 咄嗟に目の前に小さな『扉』――能力による転移門を開け、それを転移させる。どうやら拳大の石を投げたものと知れた。

「あ、危ないわねいきな……むっ!」

 直後に胸へ衝撃。投石と共に突っ込んでいた韻之介による前蹴りである。アンメラは自ら後ろへ飛び衝撃を逃し、くぐった玄関を再び外に出る。

「こんだけやらかしてお話とか寝ぼけてんのか」

                 ◇

 蹴り足を戻しつつ告げる韻之介。地面に手を突きながら、アンメラは彼を観察する。

(さほどの動揺もない上に即断……なるほど聞いた通りの曲者だわ。これで経験を積まれると確かに面倒な存在にはなるか――)

 初撃で気絶させてさらう、という計画は崩れたがイムルを早めに排除できたことは悪くない。事前に配置した人員が彼女を足止めしている内に、事を済ませることは可能だ。

「まあそう殺気立たないでくれないかしら。私の話を――」

 ばたん、がちゃがちゃ。

 韻之介の戦意を逸らせようと言葉をつなごうとしたアンメラへの返事は、即座に閉じられ施錠される玄関と、指示でも受けたのか少女により閉められた部屋のカーテンである。

「…………、ちょ、まっ」

 アンメラは一瞬あっけに取られ、慌てて呼びかけるも今度は静寂が返答である。

 眉をしかめて八坂邸を見上げる。さすがに職員の家を破壊するほどの許可は下りていない。

「ちっ、あまり時間はかけていられないんだけど」

 呟くアンメラの右手、書板記述が光を発する。二階の窓から中が見えていた。

(あそこからね)

 視認さえ出来れば『扉』は開ける。多少戦い慣れているとはいえ、所詮は数ヶ月前まで素人だった少年だ。まともに当たれば能力差のみでも押し切れる。

「私相手に籠城など、無意味だと教えてあげる」

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