1章 山の通は何処へと続く1

「つまり『神々の家』のキングーは神と契約した場合、契約者たるよりも代弁者たるを重視する」

 昼下がりの陽が差し込む室内にイムルの声が響く。漆黒の髪をポニーテールにし、メリハリの利いたプロポーションを褐色の肌とパンツスタイルで包んだ少女である。

 八坂邸の居間である。彼女の向かいに並んで座り、仲良く二人で眉を寄せているのは、快活そうな少年・八坂韻之介と、10歳ほどの外見をした少女――ティアだ。

 二ヶ月ほど前。天地万物を記した魔の石版『天命の書板』を研究する国連学校『霧の学舎』高等部に入学した八坂韻之介は、訳あって死に瀕することとなった。そこを、書板の『欠片』に宿る大地母神であるティアの契約者――キングーとなることで命を繋いだ。一旦命の火が消えた韻之介を生かし続けていることにより高位の神たるティアの力は抑制され、韻之介の隣で可愛らしい少女の姿を強いられるに到っている。

 話を現在に戻すと、今行われているのはイムルによる『神々の家』なるテロ組織の説明であった。先だってその組織から攻撃を受けたいきさつがあり、韻之介が詳しい説明を求めたという格好だ。

「それはなんだ、要するに巫女さんみたいな?」

 韻之介が疑問を呈す。彼と隣に座るティアの気安いつきあいからすれば、キングーが『神の代弁者』になるという行動はイメージがしにくい。

 ティアを崇拝する部族の出であり、自身も蠍神『ギルタブリル』のキングーであるイムルからは、常々不敬をたしなめられる韻之介である。当のティアはまるで気にせぬ風ではあるのだが。

「もっと極端だ。自分を消す、と言っていい。大神――ベルという称号を持つ神のキングーともなれば、もうほとんど人格は神同然だな。自己を希薄にするため投薬すら行うと聞く」

「なんじゃそりゃ」

 加えられた説明にティアが渋面を示した。

「子らの体を借りてまで神様面とは、なんともみっともない真似をしおる……」

 遙か昔に命と大地を己が身で創りだした彼女にしてみれば、神々も人間達も等しく自分の子孫達である。

「子育て上手く行かなかったの? お前」

「あう」

 そんなティアへ韻之介が意地の悪い問いを刺すと、彼女はうめいて目をそらした。

「話聞くと昔の旦那からしてDV全開だったもんな……」

「あうあう」

 追撃。

「お子さんの教育しっかりしてくださいよ」

「あうううう~……」

 羞恥に耐えぬという顔でティアが悶えた。涙目である。

「言葉が過・ぎ・る・ぞ韻之介……!」

「痛え痛え痛え! ちょイムル、尻、俺の尻浮いてる! 人間の耳って人体釣り下げる強度ないから!」

 女神いじめに精を出した結果、イムルにお叱りを受ける。こんなやりとりも、彼女たちが八坂邸に同居するようになって1週間ほど。さほど珍しくはなくなった。

「韻之介、ティアちゃんいじめてんじゃないわよアンタ」

 涙目で耳を押さえる韻之介の尻へ蹴りが飛び良い音を鳴らす。

 蹴り足の主は眼鏡をかけた少女、地栗朱馬。韻之介の幼馴染だ。『霧の学舎』書板科へ普通試験を突破し入学した才媛で、彼女もまた二ヶ月前の『欠片』がらみのいざこざの末キングーとなった。今はティアとイムル同様八坂邸に同居している。ちなみに幼い頃拳法も短期間修めており、万事秀才の彼女の蹴りには侮れぬキレがある。

 韻之介の叔母であり、仕事が忙しく滅多に家に戻れない家主の八坂文緒を含めて五人が、この家の住人である。

「くっ、小姑どもめ……」

「おおよしよし、痛かったの」

 うめきながら腰を下ろす韻之介の頭を、いつの間にか立ち直ったティアが抱え込んだ。

「誰が小姑よ誰が。だいたい虐めた相手に庇われてんじゃないわよ。ティアちゃんの腕の下から出てきなさい」

「太母様。そこな不敬者を甘やかしすぎです。この男はすぐ図に乗ります故」

 対面に座る朱馬とイムル。熱い紅茶に口を付けながらも口調は冷たい二人である。

「だってだって、韻之介は妾のキングーであるからして。ゆえに主で夫でもあるし」

「まだその話イキなんだ……」

 反応に困るフォローに顔をしかめる韻之介へ、朱馬が冷たい視線を向けた。

「アンタまさか、立場をいいことにティアちゃんにいやらしいことを……」

「してねえよ!? 流れで人を犯罪者にするんじゃありません!」

 叫ぶ韻之介の頭に顎を乗せてティアが嘆息する。

「この子ヘタレじゃからのう。迫っても乗ってこぬ」

「ロリコン趣味がないだけですー。それにな」

 抱え込むティアの手をひょいとどけて、真剣な顔になる韻之介。

「体だけならイムルが一番好みだ!」

「死ね!」

 間髪入れず顔にクッションが炸裂し、勢いよくイムルが茶を吹き出した。

「体だけとか言い出したわこのゲス。最っ低……」

「やっぱり胸かのう……よよよ」

 ストロングポイントが脚線美である朱馬が舌打ちせんばかりの表情になり、幼児体型のティアが悲嘆にくれた。

「……」

 褐色の肌を朱に染めてイムルが口を拭いている。

「真に受けないでいいわよイムルさん。コイツ中学の頃から年中似たようなこと誰にでも言ってるから」

 冷たい表情の朱馬に韻之介は鼻白む。

「言ってませんー。好みの女の子だけデスー」

「アンタの好み広すぎんのよ。中学ん時声かけてない女子の名前言ってみなさいよコラ」

「地栗朱馬さんって子」

「……殺ス!」

「………………」

 言い合う二人をよそに、イムルが黙り込んでいる。彼女の頭の上で丸っこいサソリの形を取っている『ギルタブリル』の化身は、何やら興奮したように跳ねていた。

「イムルちゃん、照れとる?」

「照れてません!」

「目を覚ましてイムルさん、体目当てよこのゲスは!」

 騒がしいやりとりが部屋を埋めていると、玄関のインターフォンが鳴り響いた。韻之介はこれ幸いと喧噪から抜け出し、玄関に向かう。

「はいよー」

 玄関を開けた瞬間、韻之介は吹き飛ばされた。

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