いじめられっ子と少年Bの場合


「ちょいちょいっとな~。これでどうよ」

「助かったわー。ありがとさん」

「にしても、なんでボタン取れたの?」

「いやぁ、揉み合いになっちゃって」

「え、なに、ケンカ?」

「そんなとこ」

「バッカでい」

「うるせー」


さっきの子はどうしたかなぁ、と思いつつ幼馴染に礼を言う。意外な女子力に拍子抜け。


あの時代錯誤なヤンキーの顔を思い出そうとしてそのまま昼休みの出来事に意識を引っ張られた。





事は昼休み、たまたまゴミ出しの使いっ走りをしていた時に起きる。



「そんじゃ、頼んだぞ」

「うぃーっす……」


提出物の期限を守らなかったせいで、数学の教科担にいいように使われてしまった。でも守らなかった自分も自分だから、仕方なく校舎裏へ。


業者が取りに来るまでゴミをまとめておくゴミ捨場の周りには、当然誰もいないと思っていた。臭うし。


「いやっ、やめて‼︎」


え。


向かう先から声がして、思わず身を隠す。


「力よえー。抵抗できてないし」


下品な笑い声と、やめて、というか細い声。何が起きているのかを大体把握出来てしまった。


……どうすっかなぁ。


そっと顔を覗かせて様子を伺う。二対一。最悪な場面に遭遇してしまった。


……女子生徒の方は見覚えがない。ネクタイの色で、全員同じ学年だとわかるが、男子生徒の方にも顔見知りはいなかった。


今にも服を破かれそうな女子生徒を見て、反射的に身体が動いた。


あ、やっべ。


「なんだぁ?」


振り向いたリーダー格は、不良と有名な奴だった。敵うはずがない。


逃げようか、という選択肢が頭に浮かんだ瞬間、腕を掴まれた。


「あ、ちょ、俺、ゴミ捨てしに来たんだけど」

「ふぅん?そんだけかよ」


つまんねー、と乱雑に腕を離された。その態度に、何故かイラっときた。


「二対一とは、なんともいいご身分ですなぁ」


何言ってんだよ自分。ですなぁって。


後悔も後の祭り。鬼の形相でこちらを向いた不良がブレザーを思いっきり引っ張った。


この隙に逃げて欲しいなぁと思っても、まだ残りの仲間はしっかり彼女を見張っている。


無理無理、無理無理。


「なんか文句あんのかよ」


いつの時代のヤンキーだ、という言葉をどうにか飲み込んで、文句はないけど、と口を開く。


「まぁ文句はないけど。意見してもいい?」


会話が成立するかも怪しいのに呑気なもんだなぁ。自分に呆れつつ、もう一人の男子をどうするかを考えた。


俺は別にいいけど、あの子は怖がっているし、出来るだけ逃げる余裕作ってあげたいよなぁ。


「ふざけんな、とっとと失せろ」


強気だなぁ……。


見られたことに対する動揺は隠せていないけれど、その気迫には圧倒される。


「嫌だね、ゴミ捨てさせてよ。ここくっさいし」

「自分の状況わかってんのかぁ⁉︎」

「胸元引っ掴まれて身動きが取れませーん」

「ふっざけんなよ⁉︎」


ふざけてないし。でもこのままじゃゴミを捨てられないのも本当だし、彼女も助けられない。


大声でも出すか。


「おい、何やってる」


息を吸いかけた時突然声がして、俺は噎せてしまった。


「……ちっ、最悪だ。お前、覚えとけよ」


女子生徒を見張っていたもう一人に行くぞ、と言って立ち去ってしまった。


「ゴミ捨て頼んだはずだが」


声の方を見ると、俺をパシリに使った張本人が仏頂面で歩いて来ていた。両手にはゴミ袋。俺の帰りが遅いから、痺れを切らして残りを捨てに来たのだろう。


「すんません、ちょっと」

「まぁいい。おい君、大丈夫か」


先生が、女子生徒に声をかける。


「あっ、はい、大丈夫ですっ」


それだけ言って、走り去ってしまった。取り残されて、安心と、謎の寂しさで心が埋まる。


「ボタン、取れてるぞ」


いつの間にか放ってしまったゴミ袋を拾っていると、先生が跼みながら言う。


「え?あー、たぶんさっきの奴に。ありがとうございます」

「そんままは見苦しいから縫い付けろよ」

「へーい」



そしてそのボタンを幼馴染に縫い付けてもらい、今に至る。

あのヤンキー、会ったら面倒くさそうだなぁ。


それでもトイレに行きたいのはどうにも我慢出来なくて、席を立つ。


開いた窓から吹く風は生ぬるい。嫌な季節になってきたなぁと思いながら、トイレへ向かう。


「あ、あのっ‼︎」


誰かが声を上げる。周囲には誰もいない。


「ん、俺?」


振り返ると、そこに居たのは件の女子生徒だった。


「あ、さっきの」

「あの、さっき、ありがとうございました‼︎」

「え、俺なんもしてない」

「止めに入ってくれたから」


……この子、こんな顔だったっけ。


失礼なことを考えつつ、いやぁ俺も怖かったんだよねー、なんて冗談めかす。


「何かお礼させてください」

「いやいや、ほんと、あれ、先生が来てくれなかったらやばかったよ。ってか、普通にタメで話そうよ」

「あ、敬語は持病みたいなもので」

「持病っ⁉︎ははっ、面白いね」

「あ、いえ、初めて言われました……」


さっきは自分のことに必死で全然気にかける余裕はなかった。

でもいざ目の前にして、話してみると。


……可愛いなぁ。面白いし。


「ね、名前なんていうの?」

「あっ、本田っていいます」

「本田さんね、よろしくー」

「貴方は?」

「あ、俺は、岸野です、以後お見知り置きを」

「へへっ、それ面白いね」


……可愛い。


トイレに行きたかったことも忘れ、俺はしばらく会話を途切らせないように、必死に間を繋いだ。


「あ、私そろそろ、失礼しますっ」

「あ、引き止めてごめん」

「いえ、私の方こそ。では、後日っ」

「はーい」


お礼も兼ねて、という言葉は譲ってくれなかったが、日曜日に約束をした。これは楽しみだ。


恋?わからない。好き?どうだろう。


でもこれからの自分次第で、きっとこれは恋になる気がした。自分は恋をする。


女子かよ、と自分の女々しい思考にツッコミを入れつつ、雨の匂いが溶けた風が満ちる廊下を進む。


くすぐったい予感がこれから本物になるといいなぁ、と願ってしまう自分が少し恥ずかしかった。



−いじめられっ子と少年Bの場合 fin.

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