賭け好き少女と少年Aの場合
「賭けをしよう」
「は?」
「だから、賭けだよ賭け」
「なんの賭けだよ」
「君が勝ったら教えてあげる」
「賭けになってねーよ……」
○
なんだかんだで勝手に賭けを始められてしまい、俺はなんとも複雑な気持ちで翌日を迎えた。
「おはよう。今日も元気に頑張ろうっ」
「朝から元気だな……」
靴箱で声をかけられ、思わず溜息を吐きたくなったのを、飲み込む。いつもこんな調子なのだ、なかなかついていけない。
「あー、おはようは⁉︎」
「……おはよ」
「はい、おはようっ」
スキップ調で階段の方へ向かう彼女。高いところで結んだ髪が揺れて、尻尾みたいだ。
……尻尾って、犬かよ。
飲み込んだ溜息を深く吐き出して、自分も階段を上がる。
賭けの内容を知らない以上、俺の負けはほぼ決定だろう。って、賭けではないか、こんなの。
しかも、あいつが勝ってしまったら内容も知らされないという。理不尽だ。理不尽。
そもそも、賭けってなんだ。お金やらなんやらを賭けて、勝てばそれ以上の利益が自分にもたらされる。……こんな感じか?
何を賭けたんだろう、あいつは。俺はなにも賭けようがない。
悶々としたまま、教室に入る。
「おーっす」
まばらに声が掛かり、自分も応える。台風のようなあいつの挨拶とは大違いだ、なんて考えてから、さっきから自分はあいつのことしか考えていない、ということに気付いた。
……なんだこれ。
さらに悶々となる。この状態のまま、勝手に「賭け」を進められるのは不満だ。あいつを説得してみるか。
固く心に決めて、席に着く。クラスが違うのは、幸いかそれとも……。
昼休み、ようやく空き時間が出来て俺はB組に向かった。
「あぁーっ、やっほ~」
教室を覗いて探していると、向こうから声をかけてくれ、探す手間が省けた。少し、少し感謝だ。
「……あのさ、話いいか」
「おぉっ⁉︎なんだいなんだい」
なぜか嬉しそうに、グイグイ裾を引っ張られる。
「昨日の、賭けの話なんだけど」
「あっ、しぃーっ。駄目だよ、あれは他の人には内緒」
女子の、しぃーっ、と人差し指を立て、唇に当てる仕草に、グッとこない男子はいないだろう。いないでくれ、頼む。
「じゃあ、昼一緒に食おう」
「おうおう、よいですよー」
変な口調だったが、了承されて一安心だ。これで、あの意味のわからない「賭け」のことを聞ける。
「じゃあ中庭行こうっ」
「……って俺、昼飯教室だわ」
「あちゃー。じゃあ、先行ってるから取り行っといでよ」
「そうする」
教室に戻り、鞄から昼飯を取り出していると、食わねーの?と声がかかった。
「あ、悪い。今日ほかの奴と食う」
「さいですかー、了解。……女か?」
「女言うな女。違うから……そういやお前さ、女子が口んとこ指立ててしぃってやる仕草、どう思う?」
「は?最高に決まってんじゃん」
「だよな。……じゃ、行くわ」
「なんだよ、変なの。行ってらっしゃーい」
安心しつつも、女だ、女だけど、女じゃない……いや、そう、女なんだけれども、なんて、さっきの言葉がぐるぐる脳内を廻る。
息を吐く。 駄目だ、これはいつもの自分ではない。
落ち着くために少し遠回りをして中庭に向かうと、ベンチに座りぼーっと空を眺めているあいつの姿が目に入り、待たせたか、と少し後悔する。
「待たせたな」
「おっ、来た来た。いやぁ、お腹空いちゃうと駄目だね、気力が抜けていく~」
「……先に食うか。話はそれからでも」
「お?珍しく優しいんでない?どうしたどうした」
「俺はいつもと変わんねーよ」
「まぁいっか。食べながらでもいいじゃん。で、賭けのことだよね?」
「そうだよ。やっぱ、賭けの内容知らのはフェアじゃないと思って」
「いやぁでもね、私の状況は、賭けを始める前からすでにフェアじゃないわけでしてね、このくらいハンデのうちだと思って欲しいんですよー」
「……賭けになってねーし」
これを言うのは二回目だ……。コンビニで買ったおにぎりを食べながら、げんなりした。
「……お前、何賭けてんの?」
「その質問できましたか」
「賭けとなりゃ、俺もなんか賭けたいんだよ。内容知らなきゃなんも賭けようがないから、お前のを参考にしようかって」
「内容をしつこく聞かれるのかと思ったよー。うん、よいよい。それでこそ、私の認めた男だね‼︎」
「何訳わかんないこと言ってんの……。俺はお前の所為で、朝から賭けのことばっか考えてたってのに」
反論はしたものの、内容を知りたかったはずなのに、俺はなぜ問いたださないのか、少し自分がわからなかった。
「……ん?え、もう一回言って‼︎」
と、こいつは俺の考えなど露知らず、急に声を上げた。
「耳遠いのか?だから、昨日の変な提案の所為で俺は朝から賭けの内容とか、そういうことに悩まされてたって言ったんだけど」
「……まだ一日も経ってないけど、もう勝ちでいいや~」
「は?」
「あ、私の勝ちだよ⁉︎」
「いやなんなんだよ、意味わかんねーよ。なんで勝手に勝敗決めてんの」
「私しか内容知らないんだし、いいじゃん?千里の道も一歩から~」
「よくねーよ、俺のモヤモヤどうしてくれんの」
「どうもしてあげませーん」
「なんなんだよ……」
結局、振り回されっぱなしのまま、「賭け」は終わったようだ。納得はいかないが、こうなったらもうなにも語りはしないだろう。
「……やっと、一歩かぁ。長いねぇまったく」
「なんだって?」
「君と私の距離は千里もある、ってね」
「もっとわかりやすく言ってくれないか」
「……勝ったら、その勝ちに賭けるって決めてたし、よしっ」
すぅ、息を吸う音が風に溶ける。ひとつひとつの仕草が、今日はやけに目につく……。
「君が好きなんです。賭けのことで、君がちょっとでも囚われてくれたら私の勝ち。まったく相手にしてもらえなかったら負け、って感じでね」
「……俺のことが、好き?」
唐突だ。今、こいつが言った言葉の意味が、うまく受け止めきれない。
「あ、俺も別に嫌いではないけど」
「そういうのじゃなくて‼︎あぁもう、これ千里以上あるよね絶対」
「じゃあどういうのだ?」
「……恋しちゃったんだ、君に、どうしようもなく溢れる想いが~ってね」
……それは、有名な恋愛ソングだった。
「俺のこと好きなのか?」
「そう言ってんじゃん、何回も女の子にこんなこと言わせるなんて、ちょっとどうかと思うなぁ」
「……いや、俺、そういうのよく」
「あっ、駄目だよ、まだ一歩目なの。これからなの。返事はまた今度聞かせてくださいな。私に頑張るチャンスをちょうだいよ」
「……なんで俺なんか」
「なんでだろうねぇ、理由はまだわからないけど、君のこと考えちゃうんだよ。きっとこれからね、君のこともっと好きになるよ。私の恋愛は、あぁこの人のこと好きだなぁって思う瞬間が、少しずつ積み重なったものなの」
「……わかんねー」
「いいよ、君の恋も、私が始めさせてあげる」
「上から目線かよ。ってか、さっきからよくそんなクサいことポンポン言えるな」
「あっ、さすがに傷つくなぁ。こっちは、一世一代の告白をだねぇ」
「わかった、わかったから」
一呼吸置いて、考えをまとめる。
好きなんて、急に言われても。正直、今感じるのはそんなことぐらいだ。
でも……
囚われて離してもらえないような状況が続いたら、それもきっとそのうち。
恋になるかもなぁ、とか。
人に言えないようなクサいことを考えてしまい、急いで水を飲む。駄目だ、完全にこいつのペースに飲まれてる。
囚われて、飲まれて、いつか離れられなくなる。
不思議な感覚は、ゆっくりと俺の中に染みてくる。
「今度は君がぼーっとする番だねぇ」
隣で嬉しそうに笑う……。確かに賭け、お前の勝ちだわ。
こんなこと言ったら絶対に調子に乗るから、それは口が裂けても言わないことにする。代わりに、ぼーっとなんかしてねーよ、と言い返す。
「はいはい」
笑った顔は、今までとは少し違って見えた……ような気がした。
–賭け好き少女と少年Aの場合 fin.
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