賭け好き少女と少年Aの場合


「賭けをしよう」

「は?」

「だから、賭けだよ賭け」

「なんの賭けだよ」

「君が勝ったら教えてあげる」

「賭けになってねーよ……」





なんだかんだで勝手に賭けを始められてしまい、俺はなんとも複雑な気持ちで翌日を迎えた。


「おはよう。今日も元気に頑張ろうっ」

「朝から元気だな……」


靴箱で声をかけられ、思わず溜息を吐きたくなったのを、飲み込む。いつもこんな調子なのだ、なかなかついていけない。


「あー、おはようは⁉︎」

「……おはよ」

「はい、おはようっ」


スキップ調で階段の方へ向かう彼女。高いところで結んだ髪が揺れて、尻尾みたいだ。


……尻尾って、犬かよ。


飲み込んだ溜息を深く吐き出して、自分も階段を上がる。


賭けの内容を知らない以上、俺の負けはほぼ決定だろう。って、賭けではないか、こんなの。


しかも、あいつが勝ってしまったら内容も知らされないという。理不尽だ。理不尽。


そもそも、賭けってなんだ。お金やらなんやらを賭けて、勝てばそれ以上の利益が自分にもたらされる。……こんな感じか?


何を賭けたんだろう、あいつは。俺はなにも賭けようがない。


悶々としたまま、教室に入る。


「おーっす」


まばらに声が掛かり、自分も応える。台風のようなあいつの挨拶とは大違いだ、なんて考えてから、さっきから自分はあいつのことしか考えていない、ということに気付いた。


……なんだこれ。


さらに悶々となる。この状態のまま、勝手に「賭け」を進められるのは不満だ。あいつを説得してみるか。


固く心に決めて、席に着く。クラスが違うのは、幸いかそれとも……。



昼休み、ようやく空き時間が出来て俺はB組に向かった。


「あぁーっ、やっほ~」


教室を覗いて探していると、向こうから声をかけてくれ、探す手間が省けた。少し、少し感謝だ。


「……あのさ、話いいか」

「おぉっ⁉︎なんだいなんだい」


なぜか嬉しそうに、グイグイ裾を引っ張られる。


「昨日の、賭けの話なんだけど」

「あっ、しぃーっ。駄目だよ、あれは他の人には内緒」


女子の、しぃーっ、と人差し指を立て、唇に当てる仕草に、グッとこない男子はいないだろう。いないでくれ、頼む。


「じゃあ、昼一緒に食おう」

「おうおう、よいですよー」


変な口調だったが、了承されて一安心だ。これで、あの意味のわからない「賭け」のことを聞ける。


「じゃあ中庭行こうっ」

「……って俺、昼飯教室だわ」

「あちゃー。じゃあ、先行ってるから取り行っといでよ」

「そうする」



教室に戻り、鞄から昼飯を取り出していると、食わねーの?と声がかかった。


「あ、悪い。今日ほかの奴と食う」

「さいですかー、了解。……女か?」

「女言うな女。違うから……そういやお前さ、女子が口んとこ指立ててしぃってやる仕草、どう思う?」

「は?最高に決まってんじゃん」

「だよな。……じゃ、行くわ」

「なんだよ、変なの。行ってらっしゃーい」


安心しつつも、女だ、女だけど、女じゃない……いや、そう、女なんだけれども、なんて、さっきの言葉がぐるぐる脳内を廻る。


息を吐く。 駄目だ、これはいつもの自分ではない。


落ち着くために少し遠回りをして中庭に向かうと、ベンチに座りぼーっと空を眺めているあいつの姿が目に入り、待たせたか、と少し後悔する。


「待たせたな」

「おっ、来た来た。いやぁ、お腹空いちゃうと駄目だね、気力が抜けていく~」

「……先に食うか。話はそれからでも」

「お?珍しく優しいんでない?どうしたどうした」

「俺はいつもと変わんねーよ」

「まぁいっか。食べながらでもいいじゃん。で、賭けのことだよね?」

「そうだよ。やっぱ、賭けの内容知らのはフェアじゃないと思って」

「いやぁでもね、私の状況は、賭けを始める前からすでにフェアじゃないわけでしてね、このくらいハンデのうちだと思って欲しいんですよー」

「……賭けになってねーし」


これを言うのは二回目だ……。コンビニで買ったおにぎりを食べながら、げんなりした。


「……お前、何賭けてんの?」

「その質問できましたか」

「賭けとなりゃ、俺もなんか賭けたいんだよ。内容知らなきゃなんも賭けようがないから、お前のを参考にしようかって」

「内容をしつこく聞かれるのかと思ったよー。うん、よいよい。それでこそ、私の認めた男だね‼︎」

「何訳わかんないこと言ってんの……。俺はお前の所為で、朝から賭けのことばっか考えてたってのに」


反論はしたものの、内容を知りたかったはずなのに、俺はなぜ問いたださないのか、少し自分がわからなかった。


「……ん?え、もう一回言って‼︎」


と、こいつは俺の考えなど露知らず、急に声を上げた。


「耳遠いのか?だから、昨日の変な提案の所為で俺は朝から賭けの内容とか、そういうことに悩まされてたって言ったんだけど」

「……まだ一日も経ってないけど、もう勝ちでいいや~」

「は?」

「あ、私の勝ちだよ⁉︎」

「いやなんなんだよ、意味わかんねーよ。なんで勝手に勝敗決めてんの」

「私しか内容知らないんだし、いいじゃん?千里の道も一歩から~」

「よくねーよ、俺のモヤモヤどうしてくれんの」

「どうもしてあげませーん」

「なんなんだよ……」


結局、振り回されっぱなしのまま、「賭け」は終わったようだ。納得はいかないが、こうなったらもうなにも語りはしないだろう。


「……やっと、一歩かぁ。長いねぇまったく」

「なんだって?」

「君と私の距離は千里もある、ってね」

「もっとわかりやすく言ってくれないか」

「……勝ったら、その勝ちに賭けるって決めてたし、よしっ」


すぅ、息を吸う音が風に溶ける。ひとつひとつの仕草が、今日はやけに目につく……。


「君が好きなんです。賭けのことで、君がちょっとでも囚われてくれたら私の勝ち。まったく相手にしてもらえなかったら負け、って感じでね」

「……俺のことが、好き?」


唐突だ。今、こいつが言った言葉の意味が、うまく受け止めきれない。


「あ、俺も別に嫌いではないけど」

「そういうのじゃなくて‼︎あぁもう、これ千里以上あるよね絶対」

「じゃあどういうのだ?」

「……恋しちゃったんだ、君に、どうしようもなく溢れる想いが~ってね」


……それは、有名な恋愛ソングだった。


「俺のこと好きなのか?」

「そう言ってんじゃん、何回も女の子にこんなこと言わせるなんて、ちょっとどうかと思うなぁ」

「……いや、俺、そういうのよく」

「あっ、駄目だよ、まだ一歩目なの。これからなの。返事はまた今度聞かせてくださいな。私に頑張るチャンスをちょうだいよ」

「……なんで俺なんか」

「なんでだろうねぇ、理由はまだわからないけど、君のこと考えちゃうんだよ。きっとこれからね、君のこともっと好きになるよ。私の恋愛は、あぁこの人のこと好きだなぁって思う瞬間が、少しずつ積み重なったものなの」

「……わかんねー」

「いいよ、君の恋も、私が始めさせてあげる」

「上から目線かよ。ってか、さっきからよくそんなクサいことポンポン言えるな」

「あっ、さすがに傷つくなぁ。こっちは、一世一代の告白をだねぇ」

「わかった、わかったから」


一呼吸置いて、考えをまとめる。


好きなんて、急に言われても。正直、今感じるのはそんなことぐらいだ。


でも……


囚われて離してもらえないような状況が続いたら、それもきっとそのうち。


恋になるかもなぁ、とか。


人に言えないようなクサいことを考えてしまい、急いで水を飲む。駄目だ、完全にこいつのペースに飲まれてる。


囚われて、飲まれて、いつか離れられなくなる。


不思議な感覚は、ゆっくりと俺の中に染みてくる。


「今度は君がぼーっとする番だねぇ」


隣で嬉しそうに笑う……。確かに賭け、お前の勝ちだわ。


こんなこと言ったら絶対に調子に乗るから、それは口が裂けても言わないことにする。代わりに、ぼーっとなんかしてねーよ、と言い返す。


「はいはい」


笑った顔は、今までとは少し違って見えた……ような気がした。


–賭け好き少女と少年Aの場合 fin.

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