第二楽章

 カーテンのすき間から、朝の光が差しこむ。

「ミリー! 起きてー!」

 遠くであたしを呼んでる声が聞こえる気がする。

 ちょっと待ってー。このケーキを食べ終わるまでは……。

「早く起きないと遅刻しちゃうよ!? また怒られるよ!?」

 なに!? それはダメだ!

「って朝か! いま何時!?」

「八時だよ! 早く早く!」

 あたしは飛び起きて枕もとのめざまし時計を見た。

 にゃー! また寝ぼうしちゃった!

 ナノが起こしてくれなかったら、遅刻しちゃってた。あたしは急いで顔を洗うと、ナノが持っててくれた制服に着替えた。

 うわーん! いつもありがとう!

 ぴょんぴょんはねる髪を、ちゃちゃっと三つ編みにしてしまう。

 座って朝ごはんを食べる時間はないな……。あたしはナノが食堂から持ってきてくれてたミルクパンを手に走り出した。

 女子寮を飛び出すと、男子寮からも走ってくる人がいる。

「げ」

 その途中にイヤなやつに会っちゃった……。寮を出たところではちあわせしたのは、ヨクトだった。

「なんだ、おまえまた寝坊したのか?」

「そっちこそ」

「俺はちゃんと朝ごはん食べる時間があったぜ?」

「寝ぐせ、取れてないわよ?」

 うしろ髪がぴょんとはねている。

 ヨクトはばっと髪を押さえた。ふーんだ、あたしをバカにしようとしたばつよ。

「ミリ、急がないと遅刻するよ……?」

 うっかり走るペースが落ちちゃったあたしに、ナノがおずおずと声をかける。

「そうだった! バカにかまってる場合じゃなかった!」

「おい! バカってだれのことだ!?」

「さぁねー。バカにはわかんないんじゃない?」

 もうほんとこいつイヤ! ついてきてほしくないんだけど! まぁ同じクラスだからしょうがないか……。

 教室に入ったところで鐘が鳴った。

 よかった……。間に合った……。

「ミリさん? もう少し早く来れるように起きましょうね」

「にゃ! ……はぁーい、気をつけます……」

 うしろから楽典の先生が入ってきて、あたしはびっくりして思わず耳が出ちゃった。その耳がぽふんと撫でられる。

「ふふ、やっぱりミリの耳かわいー」

「えへへ、ありがとー」

 ナノの方がかわいいと思うけど(ほめられたのは耳だけど!)、あたしはまんざらでもなく思ってしまう。

 はじめて会ったときからナノは、ことあるごとにあたしの猫耳をねらってるみたい。なんでも、おうちで猫ちゃんを飼ってるんだって。あたしも見てみたいなー。

 でもちらりと視線をやると、ふんっとあざ笑うかのようなヨクトと目が合った。こ、こいつー!

「はいはい! 早く席に着いてください。授業を始めますよ」

 あたしたちが席に着いて、授業が始まった。だけど……。

 正直ねむくてたまんない!

 今やってるのは、楽典の授業。音楽用語とか楽譜を書くきまりとかの勉強なんだけど、あたし机に向かうのはニガテっていうか……。

「ではここを……。ミリさん」

「ふぁい!」

 えっなに!? 聞いてなかった!

 先生があたしをにこにこと見てくるけれど、先生の顔に答えが書いてあるはずもなく……。

 えっと、えっと……。どうしよー!

『セーニョに戻る』

 困ってるあたしを見かねて、隣の席のナノがこっそりノートに書いて見せてくれた。

「えと……セーニョに戻る、です」

「そうです。『D.S.(ダルセーニョ)』はセーニョに戻るという意味です。舟をこいでたようですが、ちゃんと聞いてたようですね」

 ひえーばれてた!

 みんながくすくす笑う。

 あたしは苦笑いしながら席に着いた。

「ナノ、ありがとね」

 こっそりあたしが言うと、ナノはにっこり笑った。


 ジリリリリ…………


 教室に鐘の音が鳴りひびく。

「じゃあ今日はここまで。皆さん、ちゃんと復習しておくように」

 やったー、やっと終わった……!

 やっぱり椅子に座って話を聞くだけの授業はニガテ。あたしが好きなのは――

「おまえってほんとさぁ」

 む。この声は……!

 振り返った先には、やっぱり宿敵ヨクトがいた。

「なにが言いたいのよ!」

「べつに~? 大口たたいた割りにっていうか~?」

 むきー! 大体言っちゃってるじゃないのこいつ!

「次の時間! 見てなさいよ!」

 あたしはヨクトにびしっと人さし指をつき付けた。


   ♪


 次の授業はグラウンド。よく晴れたあったかい日で、あたしは大きくのびをした。ずっと机の前に座ってたらつかれちゃうもんね。

「みなさん、全員集まってますか? 指揮棒(タクト)は持ってきてますね?」

 みんな「はーい」と指揮棒をかかげた。

 これから作曲学の授業! あたしこの授業がいちばん好きなの!

「大事なのはイメージすること。一フレーズを作ることは前回やりましたね。では今日はそのフレーズを繰り返して、少し長めの曲を作ってみましょう」

 これこれ。あたしはこれがやりたくて、この音楽院に入学したの。

「では次、ミリさん」

「はい!」

 あたしは先生の方に進み出た。そして指揮棒を構える。

 先生は大好きな人のことを考えなさいって言ってた。音楽は人を幸せにするものだから。楽しい気持ちを思い浮かべなさいって。

 あたしはパパとママのことを思い浮かべながら、指揮棒を振った。

 すると指揮棒から音符が飛び出してくる。同時に軽やかな音楽が流れ出して、空中をふわふわと舞う音符は先生の持つノートに吸い込まれていった。

「なかなかいいメロディですね、ミリさん。あなた、作曲学だけは筋がいいですよ」

 おぉっと歓声が上がって、あたしはなんだか照れちゃう。

「では次、ヨクトさん」

 みんなのところに戻ろうとして、ヨクトとすれ違った。ヨクトはきっとあたしをにらみつけてくる。

「かんちがいするなよ? ほめられたのは作曲学だけだからな?」

 だけってところを強調して言うヨクト。あたしの返事を待たずに先生のところへ行ってしまった。

 ほんっと失礼なやつ! 自分はどうなのよ!

 あたしがぷりぷりしながら振り向くと、ちょうどヨクトが指揮棒を構えるところだった。

 だけどヨクトの指揮棒から出てくるのは、いびつな形の音符ばかり。四分音符だったり全音符だったり、とつぜん休符が出てきたりもする。

 先生はヨクトの音符を吸い取ったノートを見ると、苦笑いをした。

「持ってるものはいいものですよ。あなたはこれからまだまだ伸びそうですね」

 そう言われて戻ってくるヨクトの顔は、くやしさであふれていた。もっといじわる言いたくなったけど、あんな顔を見たら、なにも言えない。だってあたしも楽典の成績は人のこと言えないもん……。

 そのうちばちっとヨクトと目が合った。

「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」

「別に? バカにされたいなら言ってやってもいいけど?」

 あたしがそう言うと、ヨクトは舌打ちをしてあたしに背を向けた。

 ……ちょっと冷たくしすぎたかな? いやでもいつものあいつに比べたら、こんなのかわいいもののはず!

 そういえば、なんでヨクトはあたしのこときらうんだろう?

 答えが出ないまま、授業は進んでいった。


   ♪


「あぁ、それはヨクトがシティのお役人さんの息子だから」

 昼休み。あたしとナノはカフェテリアでランチを取っていた。

 ハノン音楽院のごはんはどれもおいしいの! 今日はオムライスにしたんだけど、卵がふわふわでしあわせ~。まぁパパのごはんの方がおいしいんだけどね。

「どういうこと?」

「お役人さんの中には、ハーフやモンスターをきらう人もいるの。ヨクトのお父さんも、その一人だったと思う」

 お役人さんっていったら、セントラルシティのえらい人ってことだよね?

 そうなんだ……。知らなかった……。

 ちょっとショックだな。

 あたしが住んでた町では、ハーフもモンスターもいっぱいいた。狼男と魔女の子とはよく鬼ごっこしたし、フランケンシュタインの子や吸血鬼の子とは買い物に行ったりした。

 その子たちみんながきらわれてると思うと、やっぱり悲しい。

「くわしいんだね」

「わたしのママがお役所で働いてるから」

 ふーんと言いかけて、あたしははっとした。

「もしかしてナノも……?」

 ナノはにっこり笑った。

「わたしは中立派だよ。ミリのこと、大好き」

 よかったー! ナノにきらわれてると思ったら、もう生きていけないところだった!

 あたしは思わずナノに抱きついちゃった。ナノは持ってたハンバーガーを落としそうになって、ちょっと悪いことをしちゃった。

「それにしても失礼よね。生まれで人を判断するなんて。もっとちゃんとあたしを見てほしいものだわ」

「そうだよね……。お役所の中でもそれはもめてるみたい」

 ナノはしずんだ表情で言う。

 あたしはナノの肩をぽんぽん叩いた。

「きっといつかみんなわかってくれるよ。こうしてナノみたいに思ってくれる人もいるんだし」

 今のところ、ひどい態度を取ってくるのはヨクトとそのとりまきくらいだ。女子はみんな仲よし!

 学院の外に出たら、もっとひどいことを言う人もいるのかしれない。

 だけどあたしは、ナノみたいに優しくしてくれる人がいることを知っている。

 正直、ヨクトと分かり合える未来がくるなんて、想像もつかない。仲良くするなんてむりだなって思いもする。

 だけどあたしだって、ヨクトのことをまだなにも知らないんだ。知らないから、きらう理由もないはずだ。

「けどさー、あいつがあんなにつっかかってくるから、こっちもつい言い返しちゃうんだよねぇ……」

 あたしは思わずテーブルに突っ伏した。

「ヨクトのこと?」

「そう! あいつとは一生分かり合える気がしない!」

 がばっと身を起こし、こぶしをにぎるあたしにナノはくすくす笑った。

「ヨクトがけんかするのって、ミリくらいだよね」

「そう! どれだけあたしのことがきらいかってのよ!」

 そうなの! ヨクトがつっかかってくるのはあたしにだけ! ほかの女子たちにはいい顔して……。

 顔だけはいいヨクトに、女子はみんな目をハートにしてる。みんなだまされてるんだからー!

 力説するあたしに、ナノはますますくすくす笑う。あたしはじとっとナノを見た。

「なに? なにがおかしいのよー?」

「べつにー? わたしはそれだけじゃないと思うけどなー?」

 どういうこと?

 だけど食い下がるあたしに、ナノはそれ以上教えてはくれなかった。


   ♪


 ある日のホームルーム。あたしはわくわくする気持ちをおさえられずにいた。

 黒板に書き終えた先生が振り返る。

「はい、ではクリスマスパーティの係決めです。みなさん、ホリデーの前にクリスマスパーティがあるのは知ってますね?」

 そう! もうすぐクリスマスパーティなの! 先輩たちから話を聞いててすっごく楽しみだったんだー。

 講堂が雪景色のようなオーナメントに飾られて、天井まで届きそうなツリーも置かれるんだって!

 そしてなんといっても音の魔法! 会場にはみんなの音の魔法が響き渡るの! その中で歌ったりおどったりするんだって!

 残念ながらあたしたち一年生はまだ魔法を使わせてもらえないそうなんだけど、それでも楽しみだなぁ。

「二人一組で上級生の手伝いをしてもらいます。みなさん、クジを引きにきてください」

 席順に教卓へと向かう。

「ナノとできたらいいなー」

「わたしも。クリスマスパーティ、楽しみだね」

 あたしたちはクジを引いて、黒板の番号の横に名前を書いていった。残念だけど、ナノとはペアになれなかった。あたしの名前の横に書かれたのは……。

「げ」

「げ」

 思わず声がかぶっちゃった。

 だってあたしの名前の横に書かれた名前は、ヨクトのものだったから!

「なんであんたと!?」

「それはこっちのセリフだ! 先生! クジやり直してください!」

「だめですよー。みんな平等です」

 一生懸命お願いしたけどダメだった。うぅぅ……。

 あたしとヨクトはにらみ合って、ふんっと顔を背けた。

 こんなんでパーティの準備なんて大丈夫なのかなぁ……。


   ♪


 あたしたちが担当するのは、ツリーのかざりつけ。大きなツリーだから、何組かでかざりつけをするの。

「おい、そこ曲がってるぞ」

 はしごにのぼってかざりつけをしていたあたしは、下からの声に顔をしかめた。

「ったく、おまえはかざり一つもまともにかざれないのか? 一つのことができてもこの先やっていけないんだぞ?」

 またこいつは……。

 下の方を見ると、ヨクトがいじわるそうな顔であたしを見上げていた。

「それとこれとは関係ないでしょ? だいたい、高いところにいる人に茶々入れるなんてあぶないと思わないの?」

「おーおー。茶々ってことはそれが事実だってわかってるんだ」

 なんだと!? そういうことになっちゃうのか! もうほんとこいついやー!

 だいたい、ドロワーズをはいてるとはいえ、スカートではしごにのぼってる女子の下に立つってなんなの? デリカシーにかけると思わない!?

 あたしがプリプリ怒っていると、ヨクトに近づく人影があった。

「まぁまぁヨクト。ミリの言うとおり、はしごにのぼってる人にちょっかい出すのはあぶないよ?」

 あたしたちが手伝うことになったフェムト先輩だ。ふわふわした髪とメガネが特徴的な男の先輩。見た目どおり優しい人で、あたしは好きー。

「できないやつには徹底的に言わなきゃわかんないんですよ。先輩、おちこぼれの魔法使いを増やしたいんですか?」

 フェムト先輩はうっと言葉に詰まる。ヨクトとはあんまり相性が良くないみたい。フェムト先輩はおしに弱いからなぁ。

「こらー! あんまり先輩を困らせること言うんじゃないの!」

「なんだよ。本当のことだろ」

 あたしははしごにうしろ向きに座りなおした。

「本当のことなら、なにを言ってもいいの?」

 ヨクトがひるんだのがわかった。あたしは続ける。

「あたしはたしかに作曲学以外はダメダメだけど、だからってバカにしていい理由にはならないわ」

 ヨクトの言うとおり、立派な魔法使いになるには作曲学だけできてもダメだ。楽典も音楽史ももっと勉強しないといけないんだと思う。

 本当は、できてないあたしができてるヨクトに言い返せたものじゃないんだ。

「ヨクトはあたしが学院をやめれば満足なの?」

 今度こそヨクトは言葉を失った。

 ……ちょっと言いすぎたかな。ヨクトはくちびるをかむと、講堂を出ていった。

「……ごめんなさい先輩! まだ準備の途中なのに……」

「いや、大丈夫だよ。まだ時間はあるし」

 フェムト先輩は笑ってそう言うけれど、あたしの心は晴れずにいた。


   ♪


 寮に帰ってきて、あたしは机に向かっていた。楽典の宿題が出てるの。

 だけどなんだか集中できない。

「ねぇミリ、ここなんだけど」

 ナノの声にはっとした。いけない、いけない。ぼんやりしてた。

 そんなあたしをナノはじっと見る。

「な、なに?」

「……なにか悩みごと?」

 うっ……、そんなわかりやすい顔してたかなぁ?

 口ごもるあたしを、ナノはじっとまっててくれた。

「悩みごとっていうか……。今日ね、ちょっとヨクトにひどいこと言っちゃったかなぁって……」

 いつももっとひどいことを言われてるんだ。あたしの言ったことなんて、かわいいものなのかもしれない。

 だけど傷ついたようなヨクトの顔が、頭から離れなかった。

「ミリは後悔してるんだ?」

「後悔……。そうなのかもしれない……」

 あんな顔をさせたいわけじゃなかった。ただちょっとあたしへ優しくしてくれれば、それでよかった。

「ならあやまりに行こう!」

 ナノはあたしの手を引いて立ち上がった。そのままドアを開けて、そっと部屋をあとにする。

「えっ、ナノ!? もうすぐ消灯時間だよ!?」

「しずかに。それはわかってるよ。でもこういうのは早い方がいいよ。明日ヨクトに会って、いつもどおりにできる?」

 う、それは……。

 ヨクトの方がいつもどおりじゃいられないかもしれない。あたしをからかうあの声を、もう聞けないかもしれない。

 それは、ちょっと、いやかなって。

「ダメ、かも」

 地面に視線を落としながら、あたしはそう言う。ナノがちらりと振り返って、にっこり笑った。

 ナノにはかなわないなぁ。


 男子寮へと続く道を、あたしとナノは手をつないで走る。ていうかナノがこんなことをする子だとは思わなかった。おとなしいイメージあったし。クリスマスパーティの準備で別の子と行動してて、影響されたのかも。

 でもこうやって、ちょっとわるいことをするのは楽しいかもしれない。ギリギリ校則違反ではないし。ちょっと急がないと消灯時間に間に合わないかもしれないけど。

 そうこうしてるうちに、男子寮へとたどり着いた。

「ヨクトの部屋って三階だっけ? どうやって呼び出すの?」

「それはこうするんだよ」

 どこにかくし持ってたのか、ナノは指揮棒を取り出した。ナノが振った指揮棒から音符が飛び出す。音符はふわふわと宙を舞って、三階の窓のすきまからするりと部屋に入っていく。

 はにゃー。どうやったんだろう?

「ナノ、いつの間にあんなのできるようになったの……」

「この前図書館で読んだ本に書いてあったの。あれは簡単だよー」

 やっぱりナノは天才なんだなぁ……。あたしも負けてらんない!

 しばらくすると、窓が開いた。きょろきょろとあたりを見渡して、下を見たヨクトはぎょっとした顔を浮かべた。

「いまそっち行くから待ってろ」

 ヨクトは小声でそう言うと、窓を閉めた。

 いまになって緊張してきた……。なにから話せばいいんだろ……。

「それじゃ、わたしちょっと行ってくるね」

「は!? なんで!? 一緒にいてくれないの!?」

「先輩とちょっと話したいことがあって。五分くらいで戻るから」

 そう言ってナノは行ってしまった。おのれ……。最初からそのつもりだったな、ナノめ……。

 とりあえずは先生たちに見つからないように、あたしは植え込みの影にしゃがんで待っていた。

 かさりと草を踏み分ける音に顔を上げる。そこには息を切らしたヨクトがいた。

 あたしを見下ろすその表情は、あきれ顔だ。

「おまえ、こんな時間になんでここまで来てんだよ」

 そうぶつくさ言いながら、ヨクトはあたしの隣に座った。なんだか気まずくて顔を上げられない。

「……なんか用事だったんじゃないのかよ」

 ヨクトが急かすけど、あたしは言葉が出てこない。もうちょっとちゃんと考えとくんだった……!

「わるかった」

 ぽつりとこぼれた言葉に顔を上げた。

 言ったのはあたしじゃない。ヨクトだ。

 隣のヨクトはうつむいて地面に視線を落としている。いつものいじわるそうな顔じゃなくて、後悔しているって感じだ。

 ヨクトも後悔してたの……?

「おまえを学院から追い出したいわけじゃなかったんだ。おまえ、ほんとにおちこぼれだから」

「ほんとにえんりょなく言うわねぇ!」

 ヨクトは困ったようにこっちを見るから、あたしは笑って言ってやった。ヨクトは面食らっている。

 あたしは夜空を見上げた。そこには星がキラキラとまたたいている。

『星にねがいを』って歌をママに聞かせてもらったときのことを思い出した。「ミリはなにをねがうの?」って。

 ねがうのは大事なのかもしれない。だけどそれだけじゃダメだ。強くねがって、努力してこそ意味がある。

「でもあたしも言いすぎた。努力がたりないのはほんとのことだし」

「それは違う! おまえは十分がんばってる!」

 ヨクトにいきおいよく言われて、あたしはびっくりしちゃった。まさかヨクトがそんなことを思ってたなんて。

 真剣な目を向けられて、あたしは心臓がドクンと鳴るのを感じた。

「あ、りがとう……。まさかヨクトにそんなことを言われるとは思わなかった……」

 われに返ったのか、ヨクトははっとしてまた地面に視線を落としてしまった。

「でも結果がともなってないな! 俺の足元にもおよばないぜ!」

「それはわかってるよ……!」

 もう! ちょっとは見直したのに、またそんなことを言う!

 でももう前みたいにくやしい気持ちだけにはならなかった。

 ヨクトに認めてもらえてて、うれしい。

 そう思ったらなんだかほっぺたが熱くなって、また心臓がおかしくなってきた。あれ? あたし、どうしちゃったのかな?

「ミリ?」

 ほっぺたを押さえてあわてるあたしを、ヨクトはのぞきこんできた。近い……!

「なんでもないよ!」

「そうか? なんかおまえ、顔赤くない? 熱でもあんのか?」

 ヨクトはそう言ってあたしのおでこに手を当てる。

「わぁぁ!」

 びっくりして思わずヨクトをつき飛ばしちゃった。

 ヨクトはびっくりしている。い、いきなりさわるから!

「ミリー、おまたせー」

 そこにようやくナノが戻ってきた。あたしはいきおいよく立ち上がる。

「ほんとに大丈夫だから! ありがとね!」

 あたしはナノの手を取って、女子寮へと歩き出す。ナノがふしぎそうな声を上げるけど、いまはそれどころじゃない。

「なんだ? あいつ……」

 とにかく心臓がどうにかなりそう!

 混乱しているあたしには、ヨクトのそのつぶやきも耳に入っていなかった。

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