暴君と王妃候補 4

 結局、私は連続して十日間、カルダーンの元へ通うことになった。ゲームに興じるか、政策の討議をするかのどちらかで、私は指一本触れられることはなかった。

 実を言うと、私は国王の政策顧問みたいな役割を途中から楽しむようになっていた。彼は恐れられているような暴君なんかじゃなかった。明るくて聡明で、とても真面目な人。おまけに美青年なのだから言うことはない。ただ、剣術みたいな武芸は苦手みたい。

 そうそう、カルダーンが私以外の貴族の娘たちを追い返したというのには訳があった。

「あのゲームを知ってる娘が少なかったし、知っててもわざと俺に負けようとするんだ。俺の国のことを話題にしても、しどろもどろになるか、そんな無粋な話はこの場に相応しくございませんわ、なんて言うんだよ。それで、じゃあ無理して付き合わなくていいと言ったら、怒って出て行った……」

 相手にされなかったと勘違いされた娘たちが腹いせに、あることないことを吹聴してカルダーンを暴君に仕立て上げたという。

「泣きながら夜中に出て行った娘は?」

「あの娘は、父親が例の横領事件に関与してた。それで、見逃してほしいと訴えてきたから、処罰について王は決定権がない、法廷に任せると答えたら、泣きながら出て行った」

 俺は間違ったことを言ったのか、と悲しそうに呟くカルダーンは十分に誇れる国王だと思う。

 要するに、カルダーンは真面目なあまり、時々、不器用になってしまうらしい。で、その不器用さに対応できたのが、私だったというわけだ。

 十一日目の夜、私は久しぶりに自宅で過ごしていた。

「陛下は三日間、国内視察に出向かれます。ですから、シャイラさん、今夜からは仕事が終わったら帰宅して構いませんよ」

 サランからそう告げられた私は、ようやく一息つけた気がした。

 私はこの間、仕事に集中して残業をした。そのうち貿易の話を上司に進言して、国王が臨席する閣議で取り上げてもらおうと考え、色々と調べものをしたかったからだ。

 でも、職場の人たちの私を見る目は大きく変わっていて、少し居心地が悪い。十日間も暴君に召され、寵愛を受けているというのが、今の私の第三者からの評価なのだ。カルダーンは暴君じゃないし、皆が思ってるような寵愛はないと反論したところで誰も信じてくれやしないことが自明だったので、私は平静を装ってやり過ごした。

 昼休み、混雑している食堂の一角に空席を見つけて座ると、前の席に若い男性が腰を下ろした。

「しばらくぶりだね、シャイラ」

「あー、ロゼット! 元気?」

「ぼちぼちかな。最近やっと先王への外国からの弔問が絶えて、元の忙しさに戻ったよ」

 お疲れの様子で定食をつつき始めたのは、ロゼット・リース。焦げ茶色の長めの髪を束ねて、胸元は若干はだけている。制服の襟に付けている高価なブローチも嫌みったらしい。一見、チャラい感じだけど、これでも外交省の将来有望な若手官僚で、父親は宰相を務めている。ついでに言うと、私とロゼットは高等学校時代からの友人で、成績最上位を争った仲である。

「ところで、お前さ、官僚やめて王妃になるんだって? ちょー似合わねえ」

「待って! どこからそんな情報が出てんの!? 言っとくけど、私は陛下の勉強相手みたいもので、皆が想像してるような関係じゃないんだからね。基本的に政策の話しかしてないし」

「そうなの? じゃあ、まだまだ俺の競争相手でいられるってことか」

 ロゼットは安心したように笑った。お互い理想とする政策が噛み合わないことが多いけど、なんだかんだ言って、学生時代からの戦友が心配してくれるのは嬉しい。

「カル……あ、陛下に何度かあんたの話をしたわよ。外交の相談なら私よりも適任者がいるって売り込んどいたから、感謝してね」

「そりゃどうも」

 にやっと笑って、前髪を掻き上げる仕草が余裕綽々だ。

 昼休みいっぱい食堂でロゼットと喋ったら、ちょっとスッキリした気持ちで仕事に戻ることができた。

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