第一話

第1話

『おおーっと! これは……見たことがないバトルデバイスの乱入だ! どうやら、彼の挑戦は許可されたようです! さて……彼はいったいどんな格闘スタイルで、絶対王者のオルコムに挑むのか!』


 実況ロボの煽りに、観衆が呼応する。

 活気立つなか、実況ロボはさらにマイクを握りしめる。


『カンフーも倒れた! プロレスも倒れた! いや――もはやニンゲンの生み出したあらゆる格闘技術は、すべてオルコムに学習されてしまったっ! こうなってしまってはもう、どんな戦闘スタイルでさえ、オルコムに一撃を入れられるはずがないっ!』

『ええ……オルコムはメモリー型AIの最高傑作ですからね。彼はあまねく戦闘パターンを手当り次第に演算し、その戦型をつねに学習している。ニンゲンがいくら創造的な一手を繰り出そうと、それらはすべてオルコムが過去に想定したパターン内です。ハサミケンポー使いのジャック・ザリパーすらオルコムにひれ伏した今、ニンゲンの操作するバトルデバイスは、オルコムに触れることもできないでしょう』


 解説ロボも、落ち着いた様子でオルコムについて語る。


「人間はまだ……負けてへんで!」


 バシュン!


 オルコムへの最後の挑戦者の機体が、戦いの準備を終えて蒸気を排出する。


 その白いバトルデバイスはオルコムと同じく、六メートル級の巨躯だ。 


 観客の歓声がこだまする。


 挑戦者は、歓声に手を振って応えた。


「……この状況、昔を思い出すなあ」


『……キサマはリベンジャーか? あいにくだが、再戦の輩がワタシに勝つ確率はゼロだ』


 オルコムの地鳴りのような声が響く。


「ちゃうねん。わいが思い出すのは……そう。あれは小学5年生のころの掃除時間のとき、仕切り屋で腹立つ女子たちに、親友のタケちゃんがお見舞いした必殺技のことや。タケちゃんのあの見事な姿は、王者のあんさんも知らんやろ。今からわいがようけぶちこんだるさかい、しっかり食らったってな」

 

 挑戦者は、鉄拳をオルコムに向ける。


『……うおおー! 挑戦者、ここでまさかのタケちゃんの昔話だ! だれなんだタケちゃん! もしやこの挑戦者が使うのは、タケちゃんケンポーか!?』

『しかし、すでに子供のケンカ殺法もオルコムは学習していますからね。彼がもしケンカ殺法の使い手なら、あっけなくオルコムに退けられるに違いありません』

 

 カァン――――。


 試合開始のゴングが鳴ると、挑戦者はすぐに動いた。


「いくで!」

 

 ドスドスと勢い良く駆けながら、白い機体が右腕を大きく振りかぶる。


『……なにかと思えば、ケンカ殺法の奥の手、MAZIGIRE《マジギレ》か。今更、捨て身の攻撃がワタシに通じるわけがない』


 オルコムが腰を落とし、右腕を引く。

 

 外すことのない、カウンターだ。


 しかし。


 挑戦者は腕を大振りすると、身を翻した。

 

 唐突に、オルコムに背中を向けた形になった。

 

『おーっと挑戦者! これは……カンフーの高等技術、発勁ハッケイか!』

『しかし、オルコムもすでにジュージュツの構えに変えていますね。このままでは、挑戦者は技を返されて粉々になってしまうことでしょう』


『ニンゲンの最後の挑戦者よ……ワタシの勝ちだ』


 オルコムも低く唸る。


 ――だがしかし、奇跡は起こった!


「あんさんには……笑いが足りへんで!」



【必殺……KYAI――IN《気合いイン》!】



 挑戦者が言い放った刹那!


 オルコムは挑戦者の一撃をくらい、仰向けに倒れてしまった!


 オルコムの黒い巨体が倒れる音が響き――会場は、にわかに静まりかえる。


『こ……これは! ヒ、ヒップアタックーッ! なんとも華麗なヒップアタックッ! 挑戦者がオルコムに向けて放ったヒップアタック! 王者オルコムにクリーンヒットしたぁ!』


 水を打ったような会場が、一気に沸点へと駆け上がる。


『いえ。今のはヒップアタックというより……挑戦者の動きは、格闘やスポーツのそれではないようですね。一体彼は何者なのでしょう?』


 ドスン! 


 オルコムは、腕を使って飛び起きた。


『キサマ……手も足もでないなら、尻をだせばいいというわけか』


「はん……タケちゃんはな、もっとおもろいこと言うとったで。「おケツを出した子一等賞!」言いながら、女子にヒップアタックしとったで」


 しかしオルコムは話を聞かず、不思議そうに自らの手を眺める。


『……なぜだ? あらゆる格闘技の特徴量をつかみ、ZENの心をマスターしたこのワタシが、キサマの攻撃などを受けてしまうとは。一体なにをした?』


「これはヒップアタックやない。わいらが舞台に登場するとき、気合を入れる伝統芸のひとつ――〈KYAI-IN〉や」


 オルコムは首を傾げる。


「キャイーン? なんだ……それは」


「知らへんのかい……しかし、それがお前の敗因になるんや」


 オルコムはファイティングポーズを取る。


『格闘術ではもう、ニンゲンはワタシには勝てない。もうニンゲンは全部滅亡させる』


「わいは格闘家やない……お笑い芸人や!」


 今ここに――最強の格闘ロボットと、お笑い芸人との試合がはじまったのであった。

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