第12話 もういない

話によると、組員の一人が僕を見かけたのがきっかけであったらしい。死んだのに遺体が帰ってこないことに悲しんでいた組員にとっては、有り得ないほど嬉しくも信じられない光景であったらしく、即行に組長に話したそうだ。それを聞いた組長がいても立ってもいられなくなり、店に訪問してきたらしい。


「残念なお話ですが、僕は古瀬カコさんではありません。僕の名前は、水野ツナです。

これまでに何度か、僕を古瀬カコさんだと思った方が訪ねてこられましたが、僕は顔や容姿が似ているだけで古瀬カコさんではありませんし、カコさんを知りません。」


僕の話を聞いていた組長の顔が段々と曇っていったのがわかった。違う人だったと分かれば気分も落ちる。ましてや、瓜二つの僕に言われるとよっぽどだろう。まあ、僕は古瀬カコでもあるんだけどね。そんなの言えるわけないじゃないか、もう死んでいる人間を名乗るなんてできるはずがない。これからは、水野ツナとして生きると決めたんだから、貫かないといけない。そして、古瀬カコはこの世から抹消してしまわなければいけない。


「という訳で、コーヒーでもいかがです?ここのコーヒーは凄く美味しいですよ。」


コーヒーを勧めたのは気まぐれだった。ただこの店の自慢のコーヒーを飲んでほしいだけだったから、聞いただけのことだった。それが、気を利かせて言ったと思われたならそれでも良いのだけど。店長は、もうすでに人数分のコーヒーを入れ終わっていたから、ちょうど良かった。この人たちにはこのコーヒーを飲んでから帰って頂こう。


「それにしても、最近多いなあ。」


なぜ、人間から人鬼になる者の記憶は消してくれて、残された人間の記憶は消してくれないのだろう。残された人間の記憶から、死んだ人間の記憶を消したところでの話ではないか?どうせ、いずれは消えていく記憶なのにどうして残す必要があるのだろう??生きていたことさえ忘れられていくのなら、いっそのこと消してくれって思う。死んだあとの人間には、関係がないことなのだから。生まれ変わるとか転生が本当にあるのなら、消してしまっても変わりはないだろうに。


「本当に人間って難しい。」


そう思った。気づけば、さっきの人達は皆帰ってしまっていた。いつのまに帰ってしまったのだろう?お金は払ってあるし、店長も普通に片付けをしている。なんか、僕だけ時間が止まったみたいに感じて不思議だった。さっきの数十分の間で、僕の周りの時間が一気に加速して進んで、分かるはずもない過去を気にしている僕を馬鹿にしながら置いていったみたいだった。

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