解析開始 - 路地裏にて -


 「助けてください! いきなり、この人たちが……」

 市場から少し外れた路地裏で誰かが襲われるというのは、やはりテンプレート的なイベントなのだな、と少年は再確認した。息を切らせて誰かに助けを求める女性、それを追いかけるシミター(三日月刀)を持った“いかにも”な男が三人。スラムのように薄暗く荒れた空間で秩序が保たれているはずもないのは、仁にも分かってはいるのだが、

 (それにしても、安直すぎませんかね。これ)

 あまりにもお約束すぎる異世界的展開を前にして、思わずクスリと笑いが出てしまう。


 「おい、お前。何ニヤニヤしてやがる。とっととその女をよこせ。さもないと、コマ切れにしちまうぞ?」

 シミターをギラりと光らせて脅してくるリーダーらしき山賊風の男。そして、助けてくださいとだけ言いながら、少年の背中に隠れる女性。髭を生やした男たちはともかくとして、女性の方も仁より年上のようだった。小麦色の髪の下にある顔立ちは、仁と比べればだいぶ大人びた雰囲気を持っており、背丈も僅かにだが優っている。

 一方、彩坂仁は、元の世界では普通の高校生であり、身長も体つきも平均的。武道の心得があるわけでもなく、一戦交えられそうな武器も持ち合わせていない

 (まあいいか。どっちみち、好都合だ)

 だが、刃物を持った男のたちと対峙しても、その眼にある力強さと、どこか見透かしたような冷静な態度はいさかかも曇らない。


 「失礼ですが、お姉さん、お名前は?」

 「えっ? ええと……マリアだけど」

 「そう、マリアさんね。ちょっと待っていてください」

 さて、ちょっと調べさせてもらいますか、と、仁は眼鏡を外す。先ほどまで見えていた路地裏の景色に重なるように、大量の緑色の文字列が流れてくる。

 (コード参照……解析開始)

 ボソりと呟くと、マリアと名乗った女性の解析結果が次々と目の前に現れる。身長、体重、血液型、出身地……溢れるような人物情報の海から目当てのものを探り出す。そして、五秒後、それを見つけ出した。

 (あった。これか。けど……)

 結果、彼女が“黒”であることを少年は悟る。


 「お姉さん……ウソ、ついてないですよね?」

 背中に隠れている彼女に、肩越しから問い詰める。ウソ、という言葉を聞いて、女性は一瞬、顔を曇らせたのを仁は見逃さなかった。

 「えっ? ええと、何の事?」

 「いえ、失礼ですが貴方の名前は、マリアではないんじゃないかなぁ、と」

少年は振り向き、彼女を正面に捉えた後、追撃をかける。

 「例えば……セラ・ライトニングという別な名前……とか」 

 顔が更に険しくなったのを見て少年はそれを確信した。いや、正確にはデータを見た時点で確信はあったので、『確信を決定づけた』という矛盾したような心境だろうか。今まで目の前に流れる情報に嘘があったことはなく、人間の口よりもよっぽど信用できることを仁は学んでいる。


 「セラ・ライトニング、24歳。大陸北部の田舎町、リムールの出身。幼い頃から両親に暴力を受け、12歳の時に家から飛び出す。それからずっとこのスラムで暮らしている……っと。どうです、合っています?」

 「あ、貴方、一体!? どうして!」

 少年は、彼女の“NAME”欄を見つけたが、そこに表示されていたのは『セラ・ライトニング』という全く別の名前だった。口から出たマリアという名前とは一致せず、改名したという過去情報も一切見つからない。

 (普通の人だったら騙せたのに、可哀想な人だ)

 こうして“見える”ことが果たして幸せなのか。何度も考えたが、少年の中でその答えはまだ見つかっていない。


 「けど、変ですね。体重の数値がデータと一致していません。服の重量などを差し引いても不自然だ。もしかして太りましたか?」

 「よ、余計なお世話よ!」

 くすっ、と笑った後、少年は続ける。

 「冗談ですよ。貴方は太ってなんかいません。何か体に隠していますよね? そう……“暗殺用の短剣”なんかを」

 セラの顔色は、更に青くなる。

 「胸の辺りに金属反応があります。懐中時計にしては重すぎます。おかしいですね。それを使ってこの男たちと一戦交えればいいのに」

 口をパクパクさせて、まともな言葉が出てこない彼女。

 「こ、このガキっ!」

 男の一人が剣を振り上げて少年に襲い掛かる。一寸のところで刃をかわすと、今度は男を一瞬で解析する。いや、厳密には、男の持っているシミターが解析目標だ。

 「侵食……開始」

 目の前に浮かび上がる緑の文字列をイメージと指の動作で組み替える。二秒もあれば十分だ。ほんの少し組み替えるだけで、物体は大きく形を変化させる。


 「なっ、なんじゃこりゃあ!」

 剣を振るった男から悲鳴のような叫びが飛び出す。鋭く光っていたはずのシミターは、見る見るうちに茶色に腐食していき、銀色だったはずの刃はボロボロと地面に崩れ落ちていく。手に最後まで残ったのは柄の部分だけだった。

 「危ないものを振り回されると怖いので。酸化させておきました。そちらも、いかがですか?」

残った男二人のシミターも同じように腐食させていく。刀の持ち主たちは、目の前で起こる悪夢のような事態を飲み込めない。

 「ば、ば、化物~っ!」

 リーダーらしき男の言葉を号令とするように、脱兎のごとく路地裏から姿を消す。投げ捨てられた刀の残骸がカランカランと鳴り、薄暗い路地裏に残されたのは、仁とセラだけだった。


 「あらら、二人きりになってしまいましたね」

 メガネをかけ直し、少年は言った。

 「あ、貴方は……まさか、神……なの?」

 神、という単語を聞いて思わず笑ってしまう。

 「あはは、 とんでもない。そんなに立派なもんじゃありません。それより、初めまして、セラ・ライトニングさん。僕の名前は彩坂仁と言います。ところで、ここのところ、男女グループによる路地裏での強盗殺人が起きているそうですね。それも、ガラの悪い男が殺すのではなく、助けを求めてきた女性が被害者の背後に隠れるように回り、毒が塗られた暗殺用短剣でブスり……という手口だそうで。そうですね、私はその解析執行人といったところでしょうか」

 解析執行人、という言葉を聞いてセラは地面に膝を落とした。それ自体は聞き覚えのないものだったが、執行という言葉の響きがーー処刑というイメージを抱かせたか。彼女の体が恐怖で震え始める。

 「ああ、安心してください。殺しませんから。色々聞きたいことがありますので」

 「だって……しょうがないじゃない! もう金も、食べるものもないの! このまま血ヘドを吐いて倒れろっていうの!? 冗談じゃないわ! だから……」

 悲鳴をあげるように出てくるその言葉を聞いて、少年はポリポリと頭をかく。

 「えーと、その、そういうことを聞いているんじゃないんです。そんなの別にどうでもいいので」

 少年の言葉の意味が分からず、セラの体の震えが少し弱くなる。


 「セラ・ライトニング。貴方は本来、路地裏で貧しい生活を送りながらも、同じような境遇にある子供たちのお母さん役として存在する人間なんです。悪ガキ共の良き理解者であり保護者であり……。貴方の役割は、それ以上でもそれ以下でもないはずです。例え、さっきの男たちから今回の件をそそのかされても、それを断れる勇気を持つ人間なんです。しかし、事件は実際に起こっている。何故か」

  一呼吸置いて、再び口を開く。

 

 「貴方は何者かに“情報を書き換えられましたね? 私は、貴方を侵食した人物を探しています。さあ、教えてください」

 「そ、それは……」

口を噤んだままのセラ。その様子を見て、少年の様子は一変する。

 「答えろ」

 今までとは違う声色を出す。泣き崩れていたセラの胸倉を掴んで引き起こし、顔を近づける。

 「お、男……。タナカ……という男に……」

  彼女は、そう言ったが田中という男の名前に聞き覚えはない。が、それを知るだけで十分だった。


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