アナザー・デバックワールド - 異世界解析物語 -

朝倉岳

プロローグ

 少年には、全て見えていた。

 見えていることが幸せなことなのか、それとも不幸せなことなのか。

 見えてはいけないものが見えてしまうということは、それが結果的に誰かの不幸へと繋がるのではないか。

 “この世界”に来てから、少年は答えを探していた。

 剣と魔法、中世風のゴツゴツとした城、赤く輝く月、果物と野菜が溢れる市場、緑の広大な平原、そしてそこで暮らす多くの人々。それらが全て、人間の手によって創られたものだとしたら。この幻想的な異世界の基礎が、膨大な数字と英語の羅列から成り立っているものだとしたら。

 そして、その全てが“見えている”としたら。

 (それをいじるだけで――世界は変えられる。簡単に)

 本日は晴天なり。澄んだ青空には雲一つさえ浮かんでいない。眼鏡の下に隠れた少年の瞳にもそれは映っている。しかし、スッと手で眼鏡を外した後に改めて顔を上げると、空を背景にするように、緑の英数字が滝のように目の前に表示されていた。起動して間もないパソコン画面のように、目まぐるしく英単語と数字が現れては彗星のように消えていく。その文字列の中にある単語 Weatherを見つけた少年は、気まぐれで世界を”書き換える”ことにした。

 文字列の中からFineの単語を見つけ出し、宙に浮かぶそれを指でなぞるように動かす。

 “晴れのち雨”へ。

 頭でイメージしながら指を操れば、Fineと表示されていた部分がRainの文字へと姿を変えた。五秒後、青空が広がっていた空間に大量の薄暗い雲が押し寄せ、強い雨が落ち始める。 

 「例え、血ヘドを吐いたとしても……必ず見つけ出すよ……必ず」。

 頬を冷たく濡らしながら、少年は心で決意した。

 ごく普通の高校生だった彩坂仁。彼が異世界へ来た理由。

 それは、この世界の解析執行人という大きな役割を担ったからであった。

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