みつまさん(61~70)

61.

 こいつはね、わたしのちょっとしたこだわりってやつです。正規の手順ってわけじゃないんです。けどわたしゃ毎度、こうすることにしてんですよ。

 倉庫の奥の奥、一番奥の一番古ーいロッカーにね、その人が最後に使ってた道具を納めてね。扉を閉めたら、鍵をして差し上げる。そんだけです。

 鍵はわたしがいつも持ち歩いてます。今はほら……このキーホルダーにね、三つあります。あ、これ孫がくれたやつでね、お気に入りなんですがね。で、ここにね、この鍵をこう……かちゃんとね、付けてやって。四つになりました。あまり増えんで欲しいと、思っちゃいるんですがね。

 まぁ、だから、ここんとこのロッカーは、ずっとあの子の場所ってわけです。この先開けることは、多分無いです。ここが店仕舞いするってんでもなきゃあ、それまではずっとね。

 わたしなりの見送り方ってやつです。やり方はそりゃあ、人それぞれでしょう。けどわたしにゃこれが、どうやら一番しっくりくる。道具係だからね、最後まで責任持ってやりたいんですよ。

 今までにこうやって、四人、お送りしてきたわけですがね。慣れないもんですよ、やっぱりね。いつまで経っても、年食っても、こういうのは割り切れないもんです。

 わたしがそうなんだから、お嬢さんや、石村さんや矢田くんは、どれほどだろうかねって思いますよ。お嬢さんは特にね、あの歳で、わたしとおんなじだけ見送ってきてるんだから。石村さんだってそうだ、あの人がどれだけの重たいもんを背負ってるか、わたしにゃ想像もつきゃしません。

 矢田くんも……そりゃあ、辛いだろうね。彼は若いし、良い子だ。だから余計にね。心配だね、どうにも。

 ああ、そりゃそうだ。みんなが辛い。そりゃあそうです。

 みんなが、あの子を好きだったからね。

 こういう時、これ以上にわたしができることなんて、ありゃしません。道具係ができるのなんて、道具を出して、預かって、整備して。結局、そんだけです。

 待つだけです。それしか、できやしないんですよ。




62.

 会社は臨時休業中。処理作業ができる人間がいないんだから当然だ。おかげで俺は無人のオフィスで、考え事に集中できる。

 愛梨ちゃんがそうじゃないってのはつまり、分かっていたことだ。ハンターやその他の連中と同じだってのは、俺には分かっていたんだ。

 だが止められたか? ムシは見定めた人間を引き寄せる。そうなったらもう、この仕事を止めて引退して静かに暮らそうだなんてことは思えなくなる。考えられなくなる。誘われるままに誰よりも早く現場へたどり着き、ヤツらを殺すことで、ヤツらとの接点に縋り付くようになる。みんなそうだった、愛梨ちゃんも同じだったんだろう。

 つまり仕方が無かった。俺にも、サッちゃんにも、彼女を止めるだなんてのは無理な話で、どうしようもなかったことだ。

 俺やサッちゃんが、何ら罪悪感や責任感を感じる必要は、

「…………ッぐ……ゥ」

 言えるのか? 言うのか、愛梨ちゃんに、そう言うのか?

 ハンター? どうだっていいさ、顔すら見たことが無い。これまでその末路を人づてに聞いてきた、同じような連中のことだって、俺はどうだっていい。彼らの死に罪悪感や責任感を感じたりはしない、だが、どうだ?

 愛梨ちゃんに、俺は君の死について何ら責任を負うつもりはないし、何もできなかったことについて罪悪感も抱いてやらないぜと、俺はそう言うのか? 彼女だぞ? 愛梨ちゃんにだ、他の誰でも無い、愛梨ちゃんに!

 俺は、そう言うのか!?

「ッ……ぐ…………うゥ……うゥゥ…………」

 人じゃないだろう。そんなやつは……! 鬼畜か反吐の出る異常者か、ケダモノの吐くセリフだろう、そんなのは!

 俺は言えない。愛梨ちゃんに、そんなことは。口が裂けたって言えない。

 彼女が好きだった。あの粗野に見えて臆病な性格も、チャラついて見えて繊細な気質も。つまらない小さなことで馬鹿みたいに喜んだりガックリ落ち込んだりするところも、サッちゃんを慕ってまるで子犬のように付いて回ってたのも、矢田くんにぞっこん惚れてるのに自分から言い出せなくて、ずっともじもじとしてたのも。

 あの子の開けっぴろげな笑顔だって、俺は、好きだったんだ。

「ぐ、ふ…………ゥ……ゥゥう、ぐ」

 そして彼女は、もういない。

「…………グッ……ウ、ひ…………ッふグ、ゥ、ごめ……ッゥ、ぐ……ゥゥ、グ、う…………」

 もう、十三年。

 いつまで……続くんだ。




63.

 前に一度おばちゃんに、アルバムを見せてもらったことがある。中学上がりたてのみつまさんは白いセーラー服を着て、パッチリくりくりした可愛らしい大きな目をして、そんで何が嬉しいのか、カメラに向かってにっこり笑ってた。

 それがたった十年ばかりであんなにもジトジトした目付きに変わっちまうくらいだから、彼女が過ごしてきた時間がどれほどのモンか、ここ二年くらいしか知らないおれにだって想像できないわけじゃない。

 みつまさんの髪を撫でて、震えてる肩をごしごしとやって……ああ、右手が使えりゃな。左手で背中をさすってやる。時折しゃくりあげながら、相も変わらずベッドにへばりついてるおれに抱きついて、彼女は泣きっぱなしだ。

 みつまさんがずっとそうやって生きてきたってのはつまり、こういう思いを何度もしてきたってことだろう。これが何度目だかおれは知らないし、あえて聞くつもりも無いが、そのたびにみつまさんはこんな調子でガキみたいに泣いて、舌ッ足らずに喚いて叫んで、シーツに鼻水こすり付けて、どうしようもなくて、肩とか背中を震わせてきたんだろう。

 違ってるのは、今はおれがいるってことだ。鼻水くらいいくらだってこすり付けてくれていいさ。それで少しは、どうにかしてやってることになるのなら。

 子犬みたいに泣いてるみつまさんの心中を、情けない限りだが、おれは計り知れない。何せおれからして、ぐっちゃぐちゃだ。キミちゃん。高尾ちゃん。そういうご時勢だと分かっちゃいても、知らないうちに歯を食い縛ってるのを、どうしてもおれは止められない。

 そんなのが十年とそこら、ずっとだ。つまらないチンピラに過ぎないおれごときには到底、想像も付かない。

 ただ、おれに理解できることもある。みつまさんがいつか、舌以外を丸ごと食われておれの前から居なくなっちまわないとは、誰にだって言えやしないってことだ。

 だからおれはいつも素直に言ってやるし、行動することにしている。

「よお。みつまさん」

 くっしゃくしゃに崩れたみつまさんの顔をひょいと上げてやって、震えてる頬を左手で押さえ付けながら、涙で濡れて塩っからそうな唇へ、おれはキスをした。そんで好きだと、死ぬほど言ってやった。




64.

 研修、終ッ了!! 厳しく険しい数ヶ月でしたけど、これで私も晴れて、一人前の現場作業員です。

 いえ、一人前は気が早いですよね。まだ研修校を卒業しただけですから……でも、きっと上手くやっていけると思います。その自信がありますから。それに早くいっぱい稼いで、おばあちゃんにいっぱい仕送りしてあげなくっちゃ。

 修了試験の成績は、第二位。彼に負けてしまったのが腑に落ちませんけど、悪くはありません。お世話になった先生方にだって、宮村研修生は筋が良い、とたくさん仰っていただきましたし。彼より下だったのが、本ッ当に、腑に落ちませんけど。何ですかあれ。ずるい。

「おう、卒業おめでとさん、宮村研修生……っと、研修生はもういらんか」

「ありがとうございます、お世話になりました……ふふ。私はこれからも、先生の生徒ですから」

 剣持先生には特に、本当にお世話になりました。射撃の精度が飛躍的に上がったのも先生の教えのおかげですし、緊急時の対処に余裕を持てるようになったのも、先生のアドバイスのおかげです。ふふ……『クソ度胸をつけろ!』なんてちょっぴり、言葉が悪いですけど。でもとっても、心に響いたんです。

 それに就職先の紹介まで、面倒を見てくださって。

「まぁ、何だな。宮村研、っとっと。お前なら上手くやってけるさ。石村は面倒見の良いヤツだし、お前は筋がいい。俺の見てきた連中の中でもバツグンだ、言っとくがこいつは世辞じゃあないぞ? でも忘れるなよ、慌てた時、焦った時こそ……」

「はいっ。クソ度胸! ですよね?」

 かかか、って先生の笑い方、最初はちょっぴり耳に障って、イヤでしたけど。今では何だか、嫌いじゃありません。不思議ですね。

「お前みたいな真面目な美人が言うと、笑っちまうけどな。まぁ、頑張れ。そんで絶対死ぬな。後は……」

「はいっ、後は?」

 先生、ちょっぴり疲れたお顔で、瀬古くんを指差して言ったんです。

「あの主席卒業生を頼む。ほんっと、頼む。あいつはきっと、石村の手にも負えんから……」

「センセーッ、お疲れ様ウィーーーッス!!」

 来た。来ましたよ。

「お世話になりましたーッス、オレマジで卒業できたんスねー! 先生のおかげッスよマジマジ、向こうでもオレクソ度胸で頑張るッスマジで! あっもちろんムッちゃんにもカンシャしてるッスよマジ感謝カンゲキウィーッス!」

「ムッちゃんて気安く呼ばないでください」

「キッツィーーー!! ムッちゃんキツイぜ、けどそこがクゥーーールッス!!」

 ウザイです。主席卒業生。本当に、本ッ当に、何でこれに負けたのか腑に落ちないですけど。

「まぁ……頼むな。頑張れ、宮村」

 とにかく。卒業です。




65.

「そんじゃ、千葉ちひろちゃん採用ー……っと」

「あ、あ、ありがと、ごらましゅ!」

 あああまた噛んじゃった! ああ笑われてるぅ……どうしてうちってこうアガリ症かなぁ。

 でも石村さんって言ったっけ、良い人そうで良かったわぁ。思い切って応募してみて良かった。

「えーっとね、君の上司が、今日はちょっと外に出ててね。直帰の予定だから、明日でも紹介するとして……それと来週あたりに作業員が二人来ることになっててね、君のお仕事は当面、その二人に日給を手渡してあげること」

 大変に掻い摘んでいただいて、うちとしてはありがたいけど。

「は、は、はいっ、がんばりっしゅ……」

「はは……まぁ、気楽にね。ここ結構、ゆるーいからさ」

 ううっ、良い人だわぁ。それでもってこのもう何となく残念な子扱いは、少しずつ改善していけば、大丈夫よね。うん。

 それにしても……とちょっと改めて会社の中を見回してみて思うけど。けっこう普通なのね、意外と。それに何ていうか……静かだわ。

 って石村さんに、なんとかかろうじて噛まずに聞いてみたら、

「うん? ああ……まぁね」

 なんて困った顔。やだ、うちヘンなこと聞いた? 聞いちゃった?

「あ、いやね、今日は作業員がひとりもいないからね。なーに今に騒がしくなるよ……それより知ってるかい? うちにゃあね、そりゃあ凄腕のベテランがいるんだよ」

「えっあっ、えっと、聞いてましゅ、ます! みっつま? さんって、すっごい強いんだって……」

 良かった。こんな風に気軽に雑談もできて、とりあえずは良い職場に入れたみたいで、一安心。正直言って処理業者の事務なんてあんまり想像つかなかったけど、思ったより普通みたいだし。トロくて赤面症気味なうちでも、なんとか、やってけそう。かも? 多分。

 ……あ、でもうちの上司は石村さんじゃないのよね、確か。どんな人かなぁ。

 矢田さんって言ったっけ、ううっ、怖い人だったりしたらどうしよう……。




66.

 モノモライで付けるような眼帯に、義足に杖ってのがおれのスタイルになった。右腕がまだ上がらないのが正直しんどいが、こうして椅子にふんぞり返って睨むだとか、判を押してやるくらいなら何とかなるだろう。

 生形はこれで使えるヤツだしな。

「ですから。社長は甘いってんですよ」

 ムカツクし生意気なヤツだが。

「ナメられたまんまにしとけってンですか」

「最初ッからズレてんだお前は、返しに来る客だけに貸してやるんだよ。脅しつけてやらんと顔も見せねえなんてのは、面倒くせえだけだ。人間の見極めってやつが肝要なんだぜ、生形くんよ」

「それにしちゃ、あの酒井ってジイさんにゃえらくゴネられましたがね。躾が足らんのと違いますか」

 ジッジイ。あの野郎。

 仕方ないので、おれは義足をどかんとデスクへ乗っけてやって、

「いいんだよあのジジイはよ! とにかく! あんまキツイ追い込みかけんのはやめとけ。せっかくこうして店も新しくなったんだ、クリーンにいこうや、なあ。よお」

 むすっとして不満でございってなツラしてやがるが、ちょっとばかりキツめに言ってやれば、こいつはひとまず言うことを聞く。

 あの三階のオフィスがどうも懐かしいが、あのビルはもう使いモンにならないらしいし取り壊すってんだから、どうにもならない。まぁ晩飯を作らなくていい日に、工藤商店で弁当と酒でも買っていって侘しいディナーを、なんてことも無くなったことだしな。まぁいいさ。

 それにここだってそう悪くは無い。日当たりはいいし外は大通りだし、近くにメシ屋も多いし、みつまさんの職場にも近いから、時間が合えばまた一緒に帰ってやることもできる。

 ……今日から出社してるわけだが、大丈夫かね。ムシども前にして、またジトジト目にじわーってやってなきゃいいんだが。心配は尽きない。

「あの、社長。そんならせめて……」

「あァん?」

 ぼけっとしてたら、生形が何かを差し出してきた。

 なにこれ。

「眼帯ス。これ付けて独眼流正宗みたいにすりゃ、返ってハクが付くってモンで」

「お前バカじゃねえ?」

 おれをゴッドファーザーか何かと勘違いしてるんじゃないだろうか、こいつは。




67.

 初出勤です。少し、緊張しています。

「えー、瀬古シュンスケくん、で合ってる?」

「ウィッス合ってるッス! 隼佑ッス、ヨロシクオネッシャーッス!」

「あはは、元気だね。よろしくね」

 ウルサイです。どうして私がこれとセット扱いになってるのか分かりませんけど、とにかく石村さんにそう言われてしまったので、一緒に自己紹介巡りです。

 思った以上に小さな会社で、回るところはそんなにありませんけど。

「で、君が……宮村椋鳥ちゃん? ムクドリ?」

「はい。合ってます。よろしくお願いします」

 いつものパターンです。ヘンな名前、変わった名前だねって、皆さん仰いますから。剣持先生だって、最初は首を傾げてらっしゃいましたし。

 いえ、もちろん私は気に入っています。だっておばあちゃんが付けてくれた名前ですから。すっごく気に入っているんです。だから私はいつも、こういう自己紹介の時間が、あまり好きじゃありません。

 だって皆さん、首を傾げるから。

「へえ、変わった名前だね。変わってて、可愛い名前だね」

 んぇっ?

「え、あ、そう、ですか? あり、がとうございます……あの、おばあちゃんが付けてくれた名前なんです。野鳥観察が趣味で……」

「へええ、センスの良いおばあちゃんだなぁ。羨ましいよ、僕なんてヒトシだよ? 普通すぎてさ、あはは」

 あ、え。何でしょうこれ。何でしょう。

「瀬古くんに、宮村さん……せっかくだから、椋鳥ちゃんでもいいかな」

「ウィッス良いと思うッス! オレはムッちゃんて呼んでるッスけど、ゴロいいッスからマジ!」

「あ、それもなかなか。でも僕的にはやっぱり、椋鳥ちゃんかな?」

 瀬古くん。勝手に。

 まぁ……いいですけど。

「っと、僕は矢田仁。経理課長です……って言ってもなったばかりだけどね。でこっちで固まってるのが、君らの一週間だけ先輩。千葉ちひろちゃん」

「へゃっ、あ、え、うちですか? は、はいっ経理の千葉っちひろです、よろしゅおねしゃまっしゅ!」

「おっノリノリッスねチバッチ、ヨロッシャオネッシャーッス!!」

「ちっちっちばっち!?」

「あはは……ともかくね」

 矢田さんが、私と瀬古くんを見て、ふわって笑いながら言いました。

「二人とも、よろしくね。キツイ仕事だけど、一緒に頑張っていこう。僕もちひろちゃんも、精一杯支えるからね」

「ウィーーーッス!!」

 何でしょう、これ。

 どきッて、しました。




68.

 いやぁ。こりゃあ元気な新入りさんだ。申し分無しってやつですよ。

「うおーーースゲッス! じっちゃん良いんスか、こっから選んでも良いんスか! テンション上がってきたーーーッス!!」

「ウルサイですよ瀬古くん」

 新しい人が来たら、わたしはまず一通りの道具を、ぜーんぶ廊下に並べて広げてね、選んでもらうことにしてます。あんたはこれ、はいこれ! なんて会社によっちゃあ押し付けるとこもあるらしいですがね、わたしに言わせりゃ、そりゃよろしくない。道具ってのにはね、相性がありますからね。

 まずはこっちの、宮村さんでしたかね、カタブツそうなお嬢さんが、

「私は、対物ライフルをお願いします」

「はいはい、オプションは何がいいかね? 一通り揃っとるよ、定番からキワモノまで色々と」

「では……切削切断機をお願いします」

「うん?」

「あ、えと、ディーゼルシャープナーを」

 折り目正しいってやつですかね、こっちのお嬢さんは。ちょいとカタイが、まぁ相棒と凹凸が噛み合って、良いコンビってやつなんだろうね。

 ライフルに丸ノコを取っ付けて差し上げてたら、

「うおおおーーー、スゲーーーッス!! これがいいッス、オレこれにするッス!!」

 瀬古くんてぇこの子は、いやはや。大した大物らしいや。

「……なん、ですかそれ、瀬古くん、その金づちのお化けみたいの……」

「ナイトロパンチャーッス!!」

「ああそれね、道具屋さんが試供品ってんで置いてったやつでね。誰も使わんでホコリかぶってたんだがね」

 いやはや。こいつをぶん回そうってのは、こりゃあ元気で頼もしいや。

「ブン殴ってぶっつけた瞬間に、バクチクが弾けてでっかいクギが飛び出してね、穴開けるって道具でね」

「試作されたっきりで全然マッタク需要無くてオクラになったヤツッス、オレこういうのに憧れてたッスよ、これに決めたッス! これもらウィーーーッス!!」

 いつまでもお通夜みたいにしてらんないですしね。このくらいで丁度良いってもんですよ。

 わたしも俄然、張り切りようがあるってもんです。




69.

 パネェーーーッス!! みつまさんパネェッス、噂以上ッス! オレもうずーーーっと前から憧れてたからね、感激ッス!!

「いぃぃぃィィィ、ぁああああああっ!!」

 ぶん殴って、ドーーーン!! はい避けてェ、跳んで上からズガーーーン!! うお足多くて速いタイプだあれ、すばしっこいのをォ、でもみつまさんガッチリキャーーーッチ!! エンジンぶん回して、グッシャアーーー!! パネェ!! 聞いてたより大分激しいっつーかパワフルっつーか、さすがに突っ込みすぎって気もすっけど、でもやっぱみつまさんはパネェッスわ!

 っとヤベェ、ムッちゃんカンペキ呑まれてる。オレより全然才能あってスゲー上に努力屋なのに、本番メッチャ弱ェからなぁ。オレがフォローしてやんねェと。今日はノコギリ使わせたらヤベェな、みつまさんとオレが前で踏ん張るっきゃねェ。

 っつーわけでェ!

 パンチャー叩っ込んで、ドーーーン!! 着火してブチ抜いてバゴーーーン!!

「っひょーーー、気ン持ちイイーーーッスよこれェ!!」

「ッあ、遊んでないで、くださいっ! 瀬古くんっ!」

 とォ援護射撃カンペキ、やっぱムッちゃんもスゲェ! おっ、飛び越えてェ? ムッちゃんとこ行こうってかァ? そーはさせねッつのォ!

「ウォッシャーーーラァーーーッス!!」

「ぅぃいいい、ィィィああああああァ!!」

 いいじゃんこれェ、オレとみつまさんナイスコンビ! この道具マジ正解、フォワード二人にバックス一人が多分、オレら三人ならバランスイイカンジだ。剣持センセーの教えも冴え渡るってもんッスよマジで、センセー感謝してるッス!

 よっしゃァラスト! ッス!!

「…………っふへ。おぁりぁね。おっかれしゃま、せぉくゅん、むぅしゃん」

「ウィーッスお疲れーーーッス、チームワークの勝利ッスねーーー!!」

「おっ、つかれさま、でした……お見事、でした……」

 おーお、ムッちゃん打ちひしがれてら。まァしゃーないな、でもすぐ慣れってさ、オレなんかお呼びじゃねェくらいになるよ、ムッちゃんの才能ならさ。

 っつーか気になンのはむしろ、みつまさんのほうだなこれ……何か投げやりっつーか。捨て身っつーか。思ってた以上にスゲェけど、おんなじくらいに、危ねェカンジがする。強さの中に弱さがあるっつーか。オレバカだから上手く言えねェけど……。

 でもそりゃ、誰よりもムシぶっ殺してきた人だもんな。色々背負ってンモンとかあるんだろうな。オレまだペーペーだし、分かんねェけど。でも、マジでスゲェ人だってのは分かる。

 まっ! こうなりゃオレが二人ッとも、支えてやるっきゃねェよってことだな!

「うおーーー、燃えてきたーーーッス!!」

「ウルサイですよ、瀬古くん……」

 ムッちゃんキッツィーッス!



70.

「例の新種ですか。聞いてますよ、ウチの作業員からも報告が上がってます」

「おおそうかね、なかなか興味深い話だろう、石山くん?」

 電話の向こうの教授のはしゃぎようが、今の俺には少々鼻に付く。とはいえ、情報は貴重だ。

「そうですか? 連中が妙な技やら機能やらを持ち出すのは、今に始まったことじゃあないでしょう」

「間違っちゃあいないがね、今度のは少々、事情が違っとってね」

「どういうことです」

 尋ねつつ、宮村さんの撮ってきた写真を引っ張り出す。

 今までになかったタイプのムシなのは確かだ。羽……ヒレと表現したほうが良いだろうか? 櫛板を大仰にしたような虹色のヒレが、側面に一対。極端に退化した四対の足に縦長の胴部、頭部の……こいつが何なのかは分からないが、見たままだと思えば、パラボラアンテナだろう。

 ゆらゆらと宙に浮いてたというこいつを、瀬古くんはクリオネタイプなどと称していたが、俺にはそんな可愛らしいものには見えない。ムシはムシだ。

「それだよ、石川くん。パラボラアンテナだ! 彼らお得意の、電磁波の送受信に特化した形質なのだよ、これは」

「ふム。それが?」

 確かに作業員にとっては脅威かも知れないし、ヘッドフォンの改良が必要になったりするのかも知れない。だがどうも、教授が何を言いたいのか分からない。元よりもったいぶる性質だし、思考を整理しないままに喋る人だから、回りくどいことこの上ない。

 大体にして、俺にはこいつがそう変わったものには見えない。羽が生えたり、触碗をより攻撃的に進化させたり、足を増やしたり、倍ぐらい大きくなってみせたり、連中はあれで意外と芸達者だ。地中では同一の形態だったものが、地上へ現れた途端に膨張して体積を増やし、同時に環境に適応した様々な形質を後天的に獲得する。みな、クラゲムシの広く知られた生態に過ぎない。

「そうさ。石村くん。これはね、これこそがね、彼らが長年の無数に渡る試行の末に行き着いた、最も望んだ形態ではないのかとね、私ゃにらんどるわけでね」

「……教授。何が仰りたいんです。つまりこのアンテナは何だと……、……?」

「それはね石原くん……石原くん?」

 答えを聞く前に、閃くものがあった。そうだ。答えだ。

 俺は答えを、知っていたんじゃないか? ずっと前から。

 そうだ、つまり……連中は。

「うおい、聞いとるのかね、石田くん?」

 見つけたのか? 十三年かけて、二人目を?

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