第9話 敬虔なる者
ずっと僕の"心の闇"について語っているようだけど、まだ終わりじゃない。
大人になって完全に吹っ切れるまで、学生時代の大半を覆っていた巨大な暗雲がある。
それは、生家がずっと信心している宗教だった。
当然、物心が付く頃にはお経をあげることは日課であり、当たり前の事として僕は育っていた。
特に敬虔な信者だったのは姑のおばあちゃんで、毎朝、朝日に向かってお経、仏壇に向かってお経を欠かさずしていた。朝が弱い僕はおばあちゃんの鐘を成らす音で起きたことも数えきれない。
寝る前にも当然のようにお経をあげる。
それが毎日繰り返されていた。
これが普通なんだと思い込んでいた。
小学生になり、周りとの接点が増えるなかで、ウチは違うんだ、と思い知らされる出来事が起きた。
それは毎年恒例の村をあげての"お祭り"でのこと。
村の守り神としている神社が、ウチからさほど遠くない場所(帰り道には毎日通る)にある。
それを奉って行われるお祭りにウチは参加しないのだ。
「たぁは躍りの練習も行っちゃダメだからね」
お母さんだったか、おばあちゃんに言われていたか忘れてしまったけれど、友達が全員参加する行事にウチだけ入れなかった。
小さいときはただ寂しかった。
実はこの宗教に入ってる同級生は僕以外にも居た。
親友のダイと、内気なキョウコも同じ宗教を信心していて、月1の"小学部"と呼ばれる集まりに3人は出席していたのだ。
ダイとはこの繋がりもあって、夏休みなどは恒例のお泊まりをするなど、親交は深かった。
キョウコについても、剣道が終わった後に、宗教新聞の配達をしているお母さんが集金に行くことがあり、何度も家に行ったことがある、が、キョウコは口数も少なく、僕には興味が無いため、とても冷たくあしらわれていた。
とはいえ、学校いがいの共通点があることで、別格のクラスメイトだったことは間違いない。
お祭りの話に戻すと、ウチは全員参加しないけれど、ダイやキョウコの家は違っていた。お祭りの踊りもするし、神社を奉る行事にも出ていた。
"なんでウチだけ…僕だけ…"
その思いが積もり積もって僕にはただただこの宗教が憎くて仕方なかった。
子供にとって大切な日曜日が削られてしまう小学部の活動も大嫌いだった。
お祭りは夜になると場所を小学校の体育館に移して、大クジ引き大会、屋台やカラオケ大会などが催されて賑わう。
夜会は場所が変わるからOKという、子供には意味が判らない理屈だったが、夜会にはウチの家族も参加して、村人皆と楽しい時間を共有できていた。
夜会の余談だけど、お母さんは歌が上手くて、どのくらい上手いかというと、ほぼプロ並みだった。
本気で歌っているのを聞くと背筋が痺れるのを子供の僕でも感じた。
鳥肌が立って、身震いして、胸が高揚してくる。
お母さんはそんな歌声の持ち主だった。
夜会のカラオケ大会では優勝経験もあるらしく、村人の間では有名人なのだ。
忘れられないエピソードの1つで、ある年の夜会のカラオケ大会でお母さんが"ろくでなし"という歌を歌ったことがある。結果は優勝は逃してしまったが、力強い歌声で、今でも脳裏に焼き付いて離れない。
その時のクジ引き大会でウチのクジは"246番"だった。
244、245は呼ばれたが、最後まで246番は出なかった。
246…6…ろくでなし…6出無し。
帰りの車の中で家族皆で馬鹿笑いしたのを覚えている。
しょうもない記憶だが、家族皆が笑っていた頃の、僕にはとても貴重な宝物の記憶だ。
神社のお祭りは、近所のため音は聞こえてくるけれど、結局そこで何が行われているのか知らず終いに育った。
太鼓や笛の音が僕の心に虚しく響き渡り、大きな疎外感を感じる行事、それが僕のお祭りのイメージで、学生時代はずっとこの頃の記憶を背負っていくことになる…。
ただ、祭りの次の日、すっかり静まり返った何かが行われていたであろう神社の舞台を独りで上がって、少しでも皆と同じ空気を吸いたくて、とぼとぼと歩き回った。
僕はこの宗教に入った記憶などない。
生まれてすぐに入信させられていたからだ。
入信とは儀式のようなもので、ダイが入信するときに同行したことがあり、内容は知っている。
が、自分にされた覚えはない。
自覚のない宗教を信心しろと言われても…と、ダイの入信を目の当たりにした頃くらいから、僕の宗教に対する不信感は徐々に募っていくことになるのだった…。
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