第5話 命の灯

 誰の人生にとっても、忘れてはならない出来事はあるはずである。


 僕にはそれが「命」に関してはとても大きい。


 僕がまだ小学生低学年のころ、従姉妹がよく子供たちだけで泊まりに来ていた。

 もっと前からだけど、頻繁になったのはこの頃からだった。


 あーちゃん(姉、2歳下)、りーちゃん(妹、幼児)である。


 男3兄弟のウチにとって、花が咲いたような時間で、二人が泊まりに来ると、とてもはしゃいでいたのを覚えてる。


 特に年の近いあーちゃんとは仲が良く、本当の兄妹のように遊んでいた。


 りーちゃんは可愛らしいお人形さんのような顔立ちで、まだ言葉も赤ちゃん風の幼児だった。


 後から知ったことだけど、頻繁に泊まりにきていた原因はカツ叔父さん(あーちゃん達の父親でお父さんの弟)の家庭内暴力があったのだという。


 元から父方の家系はカッとなると周りをかえりみずキレる衝動の人が多かった(僕のお父さんも同じく)


 お母さんはそんな幼い姉妹の事をとても心配していて、率先してウチに泊まらせていた。


 そんなある夜…、もう家族が寝静まった夜のこと、いつものように姉妹が泊まりに来ていて、あーちゃんはおばあちゃんと、りーちゃんはお母さんと寝ていたと記憶している。


 "ドンドンドン!"


 玄関を激しく叩く音、玄関に近い部屋の僕と次男は「なにごと?!」と思いながらも、薄々気付いていて、怖くてベッドから出られなかった。


「おい!帰るぞ!!」


 すでに激情のカツ叔父さんが真夜中に姉妹を迎えに来ていたのだ。


 何かを感じたお母さんは「いっちゃダメ」とカツ叔父さんに聞こえないようにりーちゃんに言ったが、父親の剣幕は激しく、姉妹は俯きながら車に乗り込みウチを後にした…。


 姉妹がウチにもたらしてくれる花のような明るさにはこうした闇が常に潜んでいた。


 それからまもなくのこと、事態は最悪の方向へ向かってしまったんだ…。


「とも、たぁ!早く車に乗って!」

 血相を変えてお母さんが僕らを連れ出す。

 向かった先は車を走らせた方角ですぐに察しが付いた。

(とても田舎なので限られた道、向かう方角でどこに行くのか見当がつきやすい)


 車が止まった場所、やはりあーちゃん達の家の近く、家の前はすぐ道路に面しているため、いつも少し離れた場所に駐車していたから、軽く歩いたさきにその家はある。


 いつもと様子が違う…。

 もちろん青ざめた表情で口数の少ないお母さんがそれを物語っていたのだけど、まるでこの村に異変があったかのように、昼間にも関わらず深く重い闇が全体を覆っているかのようだった。


 あーちゃん達の家は南玄関のため、いつも入り口は暗いイメージだったが、この日はひときわ暗く感じた…。


(誰かの葬式…)

 小学2年の僕でもそれくらいは一目で解った。


 家具が退かされ、広くした部屋に大勢の喪服の大人の姿…、表現は皆とても暗い。


 真ん中というより、亡くなった人の一番近くというべきだろうか、無表情で座り込むあーちゃんを見つけた。


 僕は内心ホッとした、亡くなったのは仲の良かったあーちゃんではなかったんだ…、と。


 しかし、家の中に入り、2つ並べられて布団を掛けて寝かされていた遺体を見て、僕は絶句してしまった…。


 "りーちゃん?!"


 そこにはおばあさん(あーちゃんの母方の親)と、りーちゃんが静かに眠っていた…。


 りーちゃんはまだ2歳だった。


 なんで?!

 なんでこんなことに!!


 青ざめて立ってることもままならない僕たち(次男と僕)を察して、お母さんは早々に僕らだけをウチに送って帰えすことになった。

 帰り道、ようやくお母さんが重い口を開いた…。


 カツ叔父さんの家庭内暴力はずっと続いていて、つい先日、おばあさんを残して、母親が逃げるように蒸発してしまった、将来を苦にしたおばあさんが川遊びに姉妹を連れ出したあと、川に3人で飛び込んだのだという…。


 亡くなったのはおばあさんとりーちゃんの二人、あーちゃんは幸いにも川遊びから出たばかりで、水に耐性があり、泳いで岸にたどり着いたらしい。


 おばあさんの無理心中だった。


 葬式そのものは初めてではない、この頃には既にひぃおばあちゃんとおじいちゃんが亡くなっていた。

 ただ、初めて僕は"人が死ぬ"ということの重さを知った。


 ついこの間もウチに泊まりにきて、元気な笑顔を振り撒いて無邪気に遊んでいたりーちゃんが死んでしまった…。


 僕が初めて"死"を直視した瞬間だった。

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