スモーク、レヴィヤ、ランの三人は巨大な塔を見上げていた。頂上のほうは黒い雲に覆われ全く見えない。


「ここに魔王がいるのにゃ?」


「そうだ」


 魔王、それはかつてこの世を恐怖に陥れた者の名前。そしてスモークの体を子どもにした原因の存在でもある。

 ついにここまで来た。魔王を無事に封印することが出来れば今回の旅も終わりを迎える。そう思いながら魔王の待つであろう最上階を見上げていた。

 この塔が突然マジャバ王国王都の近くに現れたのは数日前の事、その頃三人は鍛冶師の街にあるゴスケの家で武器の強化や新調を行っていた……。




「新しい装備の感覚はどうだ? 違和感は無いか?」


「大丈夫にゃ」


「私も問題ないわ」


 二人の返答に安心する。ランの装備はイリシアからもらった尻尾の輪によって今までと戦い方が少し変わったことにより、グローブや靴に付いていた鉄板や武器を外し、魔力を通しやすい魔導士の杖に使われる木材に交換しただけなので何も心配はしていなかったが、レヴィヤの方は少し違う。

 ランの尻尾にあるイリシアの作った輪をゴスケなりに解析し、レヴィヤの新たな杖を作り上げたのだ。これには魔法保存機能があり、専用の玉に先に呪文を唱え杖の先端に彫られた穴にセットすることで、魔力をこめるだけでその玉にこめられた魔法を発動させることが出来る。穴の数は四つあり、四種類の異なる魔法がセット可能だ。しかも玉に覚えさせられるのはレヴィヤ以外の人間の魔法でも大丈夫だ。


「俺もいい感じだ。サンキュ旦那」


 スモークは新たな防具を手に入れた。両肩と胸を守るだけの軽装備だが、スピードを重視している今のスモークにはちょうどいい。この防具には筋力を補強して重い武器でも振れるようになったので、これで今まで使えなかったスモークの愛剣デーモンスレイヤーを使えるようになった。


「アンちゃん達にはゴブリン討伐を手伝ってもらったからな。その礼だ」


――カランカラン


 その時、ゴスケの家の玄関が開く音がした。


「おや、客のようだ」


 ゴスケが玄関に向かうと、そこにはマジャバ王国の兵士が立っていた。


「何かあったのか?」


 兵士がここに来る理由なんて二つだ。武器の発注か厄介事の解決依頼。そして武器はゴブリンを討伐したことで相当な数が今はまだあるはずだ。したがってゴスケの力が必要なほどの厄介事が起きたという事だ。


「ここでお話しするわけには…… 中に入ってもよろしいですか?」


 兵士が外の通行人を気にしている。他人にはあまり聞かせたくないような内容なのだろう。ゴスケはそう判断し兵士を中に入れた。





 ゴスケが兵士を連れて戻ってきた。


「俺達しばらく出ていこうか?」


 なんだか大事な話をしそうな雰囲気なのでスモークは出ていこうかと考える。


「悪いなアンちゃん、そうしてくれ」


 ゴスケも同じ判断をしたのでスモークの提案を肯定した。


「すみませんが三人のお名前を教えていただけますか?」


 しかし兵士はスモーク達と考えが違うらしく、なぜか三人に名前を尋ねた。特に隠す理由もないので正直に答える。


「そうですか。やはりクリスタルイーグルの皆様ですね。それでしたら一緒に話を聞いてください」


「なぜです? 俺達はただのFランクギルドですよ?」


 兵士が自分達の事を知っていたのはもちろんの事、ゴスケに来た依頼に対して自分達に同席を願うなど納得ができなかった。


「実は今回の依頼をダニエル様にもした所、自分はもう年で戦えないから孫のギルドにその話を持って行ってくれと言われてたのです」


「そうだったのか」


「全国の依頼案内所で見かけたら連絡するようしておいたのですが、ゴスケ様の所で見付けられるなんてとてつもない幸運でした」


 兵士が嬉しそうに話している。どんな依頼か分からないが、ダニエルがわざわざ気を使ってこちらに仕事を回してくれたようだ。


「それで、依頼ってのは何なんだ?」


「はい、実はギルド『イリスと愉快な下僕ども』の皆様にもう一度、魔王を倒していただきたいのです」


「魔王……だと?」


「そうです。二日前に王都の近くの丘に突然巨大な塔が現れました。その塔の出現と時を同じくしてモンスターが狂暴化し始めたのです。これはついに魔王が復活したと判断した国王様は貴方方に魔王討伐の依頼を出したということです」


「分かった。そんじゃさっそく王都に向かうか」


 ゴスケは話を聞き終えるとすぐに動くことを決めた。事が事だけにゆっくりしている暇などない。


「そうだな。二人もそれでいいか?」


 スモークも魔王討伐に参加させてもらえるのを喜びこそすれ拒む理由などない。だけどランとレヴィヤを勝手に巻き込むわけにはいかない。彼女達の意見も聞いておかなければ。


「ここまできて今更でしょ」


「そうにゃ、魔王なんて楽しそうな相手で新しい武器を試せるのにゃ。そんな機会逃すのはもったいないにゃ」


 二人がすぐに答えた。全員が魔王退治に乗り気であることは兵士を驚かせた。


『話は決まったようだね』


 突然、何もない空間に穴が空いた。そこからイリシアが現れる。


「師匠、どうしてここに?」


「戦いの前に旦那に武器の整備を頼もうと思ってな」


 イリシアが杖をかざして示した。


「そんなわけで兵士君はこのゲートを通って城に戻り国王に依頼を受ける旨を伝えてくれ」


「は、わかりました」


 兵士がイリシアに従い帰っていく。これで残ったのはスモークの関係者だけだ。


「さて、魔王の事だが倒すのは無理だと私は思っている」


 ゲートが完全に閉じた後、イリシアがとんでもないことを言い出した。


「師匠が無理だなんてどういう事ですか!?」


「それだけ相手は強いのにゃ?」


「いや、一時的には倒すことは出来るだろう。だが今回のように時間が経てばまた復活してしまうだろう」


 魔王はその力を自分を倒したスモークの中に、そして記憶や意識をモンスターの中に封じて時間をかけて復活した。次も同じことをするだろう。


「世界中のモンスターを全て消し去れば魔王も復活しないだろうが、それでは環境のバランスが崩れ人間も滅んでしまうだろう」


 魔王一人のために世界を滅ぼしては本末転倒だ。確かにこれでは魔王を倒すのは不可能そうだ。


「そこで魔王を弱らせて封印する」


「封印ってそんなこと可能なのか?」


「スモーク、君には一度封印の方法を見ているだろ。君の家を封じたのと同じ方法だ」


「ああ、あれか……。 たしか封印したいものの四方を魔力の籠ったアイテムで囲い内側の空間を時間凍結させ、さらにその外側に何も近づけないよう結界を張ったんだよな」


「そうだ、それを魔王用に少し改良してかける。ただ、この作戦には二つ問題点があるんだ」


 イリシアが指を二本たてて説明を始める。


「一つは封印の魔法に集中するために私は戦いに参加できない。そしてそんな私の身を護るためゴスケの旦那も戦うことは出来ない。つまり魔王の相手はスモーク、レヴィヤ、ランの三人に当たってもらいたい」


 スモークがレヴィヤとランを見た。二人は黙ってうなずく。それだけで二人の気持ちは分かった。


「任せとけ、それでもう一つは?」


 三人を代表してスモークが答える。


「もう一つは魔王は封印するため、彼に取り込まれた力も一緒に封印される事だ。つまりスモーク、君が昔の姿と力を取り戻すことは出来ないんだ」


「そんなことか。それなら別にこのままでいいよ」


 別にこのままの姿だと死んだりするわけではない。それならば魔王をなんとかするほうが重要だ。


「作戦は決まった。では行こうか」


 イリシアが指を鳴らすとゲートが現れた。その向こうには問題の塔が見える。


「魔王はあの塔の頂上にいる。黒い結晶から魔王の居場所を探知したから間違いないよ」


 五人はゲートをくぐり塔の前まで向かう。


「それで、魔王の待つ最上階まで登っていくのか?」


 スモークがイリシアに訪ねる。魔王まで出来るだけ体力を残しておきたい。無駄な戦闘は避けなければ。


「まさか、そんな無駄な事する必要ないさ。ほい」


 イリシアが右手を天にかざす。空に炎で包まれた岩が無数に現れた。


「あの塔の中には敵しかいないんだ。壊しても問題なかろう」


 言い終わると岩が次々に塔へと降り注いだ。だが塔に届く前に黒い光の壁によってその全てが防がれた。


「手荒い訪問だな、勇者よ」


 スモーク達の目の前にゲートが開き、それを通り男が出てくる。


「まあよい、我の復活を祝う祝砲と思い許してやろう」


「お前は……」


 そこに立っていたのは大人の頃のスモークだった。

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