ゴブリンの洞窟

 マジャバ王国を出た一行はゴブリンがあらわれるという問題の場所へと向かっていた。そこは岩に囲まれた山道で隠れるにはちょうどいい大きさの岩がたくさんある。ここでなら襲撃もやりやすそうだ。


「あそこ、誰かいるにゃ」


 そんな岩の一つからランが何かの気配を感じた。三人は警戒しつつすぐにその場に向かった。背中に巨大なアックスを背負った何かがしゃがんでいる。


「ゴブリン覚悟~」


 ランが風を足の裏に発生させ、その反動で相手に突っ込み電気を走らせた拳で殴る。

 まだイリシアからもらったリングは瞬間でしか使えないが、そのタイミングさえうまくやればここまで使えるものなのか。そうランの動きを見ながらスモークは感心した。感心したがそれどころではない。


「マジックシールド」


 ランの前に急いで魔法の盾を展開する。


「何するにゃ?」


 ランがこちらを見て抗議した。丸太のように太い腕、子どものような低い身長、そして顔の半分を追おうボサボサの髭。しゃがんでいた男はどう見てもドワーフだ。勘違いで攻撃させるわけにはいかない


「よく見ろ、その人はただのドワーフだ。ゴブリンじゃない」


 急いでランのそばに向かう。ドワーフの人はその会話でようやくこちらに気付いたらしく立ち上がった。


「すみません、仲間が勘違いしたみたいで」


「いや、気にすんな若いの。そっちの猫っ子は冒険したてって感じだ。ゴブリンもドワーフも始めて見んだろ、次から気い付けるんだぞ」


 ドワーフの男は特に気にした様子はなく、豪快に笑っている。


「見ただけでそんな事わかるにゃ!?」


「俺は鍛冶師歴が長いからな、そいつの持ってる道具や武器を見ればどれくらいの冒険をしたか何となくわかるんだ」


 スモークは何となく男の声に聞き覚えがあり、ちゃんと男の顔を確認した。


「あ、旦那!」


 それは過去の仲間の顔だった


「ん? ボウズどっかで会ったことあったか?」


 男がスモークの全身を確認してる。


「おう、そいつはリメンバ。そういえばボウズの顔……」


 スモークの腰に付けられた短剣を見て男の表情が変わった。なにせその短剣を打ったのは目の前にいるドワーフの男、ゴスケなのだから。


「とりあえず何も聞かずこれを読んでくれ」


 スモークは説明が面倒だったのでイリシアからの手紙を渡した。ダニエルに渡したのと同じならこの手紙には脳に直接説明したいことを突っ込む魔法があるので十秒くらいで事が終わる。


「そうか、アンちゃん大変だったな」


 手紙を読み終えたゴスケがスモークの頭をグシャグシャとなでる。


「にゃ? スモークの知り合いにゃ?」


「親父の知り合いなんだ。この短剣を作った人でもある」


 ランには子どもに戻った事は言っていない。なので彼女にとって自分はただの十歳のヒト族の少年なのだ。自分の知り合いというより父親の知り合いだとした方が話がそれっぽくなるだろう。


「そうそうアンちゃんの親父は俺の大親友だったんだ」


 ゴスケが話を合わせてくれた。


「それでアンちゃんはどうしてここに? この道でゴブリンって事は武器襲撃のか?」


「もしかして旦那も?」


「そうだ。ウチの商品も奪われたんでな」


「それは大変だな。それで何か見つかったのか?」


 ゴスケはスモーク達が来るよりも前にこの場に来ていた。何かヒントが見つかっているといいのだが。


「おう、それならちょうどここに足跡があったぞ」


 ゴスケが足元を指さした。さっきしゃがんでいたのはこの場所の足跡を見ていたからなのだろう。

 足跡をたどっていくと洞窟まで続いていた。洞窟の前には襲われた馬車の荷台が大量に積まれていた。


「ここがやつらのアジトなのかしら?」


「少し探ってみるか」


「潜入は俺とランで行くから、旦那とレヴィヤは周囲に何かないか探ってくれ。あともしゴブリンが外から戻ってきた場合に知らせてくれ」


 ここまでの足跡が罠の可能性もあるし、本当にアジトでも今ゴブリンが居ない可能性もある。全員で突入するより分かれて行動した方が安全だろう。イリシアの護りには通信の機能もあるし、離れていても会話は可能だ。何かあったら連絡すればいい。


「分かったわ。気を付けてね」


「そっちもな。行くぞラン、何か嫌な感じがしたらすぐに言うんだぞ」


 侵入はランの第六感が頼りだ。彼女の獣人族特有のズバ抜けた嗅覚や聴力ならスモークが気付けない異変に気付くことが出来る。


「任せるにゃ」






 二人は洞窟の中を進んでいる。


「そこ落とし穴にゃ」


「お、あぶね」


 ランが指さした所を避ける。前をラン、後ろにスモークと一列で歩いていた。そうすることで罠に引っかからないようにしていた。


「これだけ色んな罠があるってことはここは当たりなのかな」


 そんなことを話しながら歩いていくと奥の方がほのかに明るくなっていた。話すのを止め、息をひそめてゆっくりと近づく。

 少し広い空間で三体のゴブリンが椅子に座って何かを話している。向こうはこちらに気付いた様子はない。この人数なら不意を突いて素早く倒せば大丈夫だろう。


「ラン、向こうはこっちに気付いていない。素早く倒すぞ」


「分かったにゃ」


「まず俺が行く。ランは敵の意識が俺に向いたタイミングで突っ込んでくれ」


 スモークが部屋に突っ込むと天井に向かって飛んだ。三体の視線が天上に向いた。ランが手に雷を発生させ一体目の意識を刈り取った。そのまま尻尾でゴブリンの首を絞める。

 急に倒れた仲間や首を絞められている仲間に驚いたゴブリンの背後にスモークが降り立ち倒した。


「とりあえず終わったか」


 三体の意識を失ったゴブリンをロープで縛り部屋の隅に放置しておく。


「レヴィヤ達に連絡するにゃ」


「お、そうだな」


 ゴブリンが中にいた事実を伝えるために連絡した。


「レヴィヤ、中にゴブリンがいた。当たりみたいだ」


『そうみたいね。こっちは運悪く戻ってきた集団に見つかっちゃって戦闘中なの』


「大丈夫にゃ?」


『こっちは俺が食い止める。アンちゃん達は今のうちに盗まれたブツを見つけ出してくれ』


「分かった。任せろ」


 スモークが通信を切った。ランが心配そうな顔をしている。


「レヴィヤも弱くない。大丈夫だ」


 ゴスケが居るからまず大丈夫だろう。


「二人が時間を稼いでる間に、俺たちは俺たちの仕事をして早く二人のもとに戻るぞ」


 スモーク達は洞窟の奥に向かっていく。気持ちが焦っているためか、その足取りは少し早かった。




 スモーク達がゴブリンのアジトを奥に進んでいる頃、レヴィヤとゴスケは三十体ほどのゴブリンの集団に囲まれていた。

 ゴブリンの中にひときわ体格が良く、装備も他より良いものを付けた奴がいる。そいつが他のゴブリンに指示を出している所から彼がこの群れのボスであることが予想できる。

 ゴスケはリーダーを狙っていきたいのだがレヴィヤを守りながらの戦いでは思うようにそれが出来ない。


「嬢ちゃん、洞窟の入口まで走るぞ。この人数に囲まれたら厄介だ」


 洞窟の入口に陣取るのには二つの理由がある。一つは奥にいるスモーク達の所にゴブリンが行かないように足止めするため。そしてもう一つが少人数を相手に出来る状況を作り出すことだ。相手は大人数でこちらは二人、まともに戦ったらすぐにやられてしまう。洞窟の狭い道ならば同時に通れるのはせいぜい三人。しかも武器を振ろうとするなら一人づつでないと味方の邪魔になってしまう。

 生き残るためには洞窟の入口に位置取ることが必要だ。


「分かったわ」


 レヴィヤが氷の槍を魔法で呼び出す。イリシアの護りのおかげでレヴィヤの魔力の総量はだいぶ多くなった。今回出したものは今までの氷の槍の三倍はある大きさだ。氷の槍で洞窟までの直線上にいるゴブリン達を攻撃した。そして槍を追いかけるように走る。

 槍を避け襲ってきたゴブリンはゴスケのアックスで弾き飛ばされたり、レヴィヤのアイスボムで凍らされた。

 そうしてなんとか二人は洞窟の入口にたどり着いた。

 ゴスケが前に出てアックスで襲ってくる敵を叩き潰し、レヴィヤが後ろから氷の槍でリーダーのゴブリンを挑発しつつ遠巻きに様子見しているやつらを倒していく。


「これならアンちゃんが帰ってくるまで充分時間が稼げそうだな」


 軽口をしながらゴスケのアックスがゴブリンを二体倒した。



 スモークの前には光の壁が立ちはだかっている。その向こう側には大量の武器が置かれている。奪われたものの置き場所を見つけられたようだ。

 壁の前には杖を持ったゴブリンがあぐらをかいている。その左右には手にかぎ爪を付けた二体のゴブリンがいる。


「あの杖を持った奴が壁の魔力を供給してるようだな」


「じゃあアイツを倒せばいいのにゃ」


「そういう事だな。その前にかぎ爪二体が邪魔してきそうだがな」


 スモーク達は物陰からこっそりと様子を見ながら作戦を立てる。相手がこちらに気付いた様子はない。この状況を有利に進めたいが、外ではレヴィヤ達が戦っている。あまり時間に余裕は無い。


「正面突破しか無いか……」


 あまり考えている時間もない。二人が物陰から飛び出した。

 かぎ爪達がスモークの出現に気付き、すぐに迎撃に向かう。突然かぎ爪の目の前に盾が出現した。スモークのマジックシールドだ。かぎ爪Aの動きが止められた。かぎ爪Bは気にせず向かう。その前にスモークが飛び込んだ。ゴブリンの繰り出した攻撃を短剣で受け止め、短剣を持たぬ手でゴブリンの腹を殴った。かぎ爪Bは苦しそうな声を出したがまだ倒れない。痛みを気にせずスモークに攻撃を続ける。

 一方その頃、かぎ爪Aはランと戦っている。かぎ爪Aの攻撃がくる場所を尻尾の輪の力により土で肌を覆い防ぐ。これにより防御を気にせず接近戦を繰り広げていた。かぎ爪Aにとどめを刺そうかというタイミングで遠くから攻撃が来た。ランはかぎ爪Aから離れた。杖のゴブリンが攻撃してきたのだ。杖ゴブリンの周囲に石が無数に浮いている。それが一斉にランへと飛んでくる。

 飛んできた石とランの間に飛来するものがあった。かぎ爪Bだ。かぎ爪Bの体に大量の石が突き刺さる。

 かぎ爪Bを蹴り飛ばしたスモークは短剣を杖のゴブリンに向けて投げる。眉間に短剣が突き刺さり、ゴブリンは意識を失った。

 ランがかぎ爪Aを倒す頃には光の壁は消えていた。




 スモーク達が武器庫に到着したころ、レヴィヤ達の方はにらみ合いが続いていた。ゴスケのそばにはやられたゴブリンの山が出来上がっている。ゴブリン達は近付けばやられるためゴスケを警戒し近づけず、遠距離から石や矢で攻撃していたのだがすべて叩き落され効果は無かった。逆にレヴィヤ達の方はゴスケは近接攻撃しか出来ず、敵の数がまだ多い事から無暗に攻め込めず、レヴィヤの方も魔力が無限ではないので節約し、魔力回復のために無駄な攻撃はしないでいた。そのため現在のこう着状態が続いていた。

 戦場が再び動き出したのはスモーク達が合流した時だった。その後は四人のほうに勝利は傾き、圧勝に終わった。

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