王都で休日・後

 翌日、スモークはイリシアに頼まれ、台所に立っていた。宿代の代わりに食事を作れと言われれば断ることなど出来ない。

 台所には鍋や包丁といった調理道具など全くなく、使われた様子がほとんど見られなかった。イリシアはお茶ぐらいは入れるが、食事は基本外食か屋台で買って済ませているらしくヤカンだけあれば十分なのだそうだ。

 仕方なくスモークは巾着から普段旅で使っている調理器具を取り出した。


「食材はどこにあるのかな……」


 食料を保存していそうな場所が見当たらない。よく考えれば料理をしないのだから食材などあるわけがない。


「仕方ないか」


 巾着から食材を取り出す。朝食なので簡単なものでよかろう。パンとスープ、あとはサラダと燻製肉と卵で完成。


「出来たかい?」


「ご飯だにゃ~」


 ニオイにつられてランとイリシアが台所に現れた。すこし後ろにレヴィヤも立っている。ちょうどいいので出来上がった食べ物を運ばせるのを手伝わせる。


「いつごろ旅立つんだ?」


 朝食を食べながらイリシアが聞いた。


「これ食べて市場で食材の補充をすませたらもう行こうと思ってる」


 昨晩の話では魔王復活が近そうだ。スモークにあまりのんびりしている余裕は無い。


「次はゴスケの旦那に会いに行くんだな」


「そのつもりだ」


 ダニエルと会った時は特に新しい情報は得られなかった。もう一人の仲間であるゴスケの所でも何も得られないかもしれない。だがそれも行ってみなければわからないことだ。だからとりあえずはゴスケの住む鍛冶師の街に向かうつもりでいた。


「ここから鍛冶師の街に向かう途中の道に最近ゴブリンが出るらしい。なんでも行商の馬車が何度も襲われているんだと。君達なら大丈夫だと思うが気を付けてくれ」


「鍛冶師の街からの行商ってことは荷は……」


 レヴィアが不安そうな顔をしている。


「武器や防具、後は包丁やクワなんかだね」


「武器か…… ちと厄介だな」


「そうなのにゃ?」


 重そうな雰囲気の三人に比べ、ランだけは事情が呑み込めていない様子だ。


「ゴブリンってのは亜人種のモンスターなんだ。闇の精霊神がいろんな生き物をモンスターに変えたのは知ってるだろ?」


 それは昨日ラン自身が説明してた内容だ。当然知っているだろう。


「亜人種は人間種を元にして変化させたモンスターの総称なんだ。こいつらが他のモンスターと違う所は人と同じで道具を使うってことなんだ」


 普通のモンスターは己の持つ爪や角、魔法を使って攻撃する。だから種族ごとに似たような攻撃になり、情報さえ集まれば対策が取りやすい。だが亜人種はそう簡単にはいかない。


「持っている武器ごとに戦い方も違うし、同じモンスターでも武器を持ち変える事もある。しかも魔法も個人で違うんだ」


 モンスターの魔法は種族で同一なのが基本だ。なのに亜人種ではそのルールが違う。火の玉を出す奴もいれば回復魔法を使う者や水で戦う者まで様々だ。


「しかも今回は武器を集めているらしい。もしかしたら大規模な集団で行動しているかもしれないのだ」


 その進行先がどこなのか不明であるし、対策を取ろうにも武器が狙われているので補充が間に合わない。これはかなりの大事だろう。


「じゃあその鍛冶師の街に向かいながらラン達で退治すればいいにゃ」


 困っている人がいるから助ける。それぐらいの簡単な理屈でランが提案した。


「偉い、ランたんはまっすぐないい子だね」


 イリシアが『たん』を付けて呼んだという事はそうとう彼女が気に入ったという事だろう。


「そんなランたんにプレゼントをあげよう」


 イリシアが銀色の腕輪のようなものを取り出した。七つの異なる色の玉が埋め込まれたそれは腕輪にしては少し細い気がした。しかし指輪にするにはだいぶデカい。


「ありがとにゃ~」


 ランはもらったそれを迷わず尻尾に付けた。


「どうかにゃ?」


 ランがスモークに尻尾を見せた。


「おう、よく似合ってるぞ。で、これはどんな効果なんだ?」


 イリシアのくれたものだ。ただの装身具でなく何かしらのマジックアイテムなのだろう。


「七色の玉に火、水、風、雷、土、闇、回復の魔法が込められている。状況に応じて上手く使ってくれ」


「今回はマイナスの効果ないのか?」


「ないよ。ラン君の最大の武器は直感だからね、こちらで何かすると逆に勘が鈍ってしまう可能性があるからな。しかしマイナスの効果がないせいで効果範囲は手の届く範囲より少し長だけの接近戦用になってしまったが、まラン君の戦い方がもともと接近戦だから問題ないだろう」


 ランが自分の手を見つめている。尻尾の輪が光った。

 バチバチと音がしてランの手に雷が一瞬現れる。


「ふにゅ~ 難しいにゃ」


「慣れないうちはそうだろうね。練習すれば息をするくらい簡単に使えるようになるだろうさ」


「そっか。ラン頑張るにゃ、イリス様ありがとにゃ」


 素直な感謝の言葉にイリシア内のランの評価が天上無しに上昇していく。その証拠にイリシアがランを撫でまわしている。撫で方が上手いのかランは嬉しそうに目を細めている。レヴィヤはそんな様子をうらやましそうに見ていた。

 スモークは長くなりそうなので空になった食器をもって流しに向かう。全部の皿が乾くまでには終わっていればいいなと思いながら。

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