オワリ
「こりゃどういうことだ」
スモークは目の前に立つ自分の姿に困惑した。しかも相手は魔王だと名乗っている。
「魔王は君の力で復活したんだ、その影響が姿に現れたのかもな」
「なるほどな……」
イリシアの説明で納得した。さっきイリシアの攻撃を防いだ光の壁はマジックバリアだった。きっとスモークが使えた魔法は全部使うことが出来るのだろう。
「さて勇者よ、なにようがあって我のもとを訪れたのだ?」
「そんなの決まってるだろ、お前を倒しにだよ」
スモークが短剣で斬りかかる。何もない魔王の手に剣が現れ、それを軽々と受け止めた。
「その程度か……」
「そううだな、俺一人ではな」
スモークの背後からランが飛び出し魔王を殴る。魔王は後ろに飛んで避けた。その着地点を狙ってレヴィヤの氷の槍が飛んでくる。
「無駄だ」
魔王が手をかざすと光の壁が現れ氷の槍を防ぐ。
「いや、そうでもないさ。マジックシールドで防げるのは一か所だけ、発動中に別の場所から攻撃を受ければ防げない」
スモークが愛用の長剣、デーモンスレイヤーで攻撃する。魔王も剣でこれを防ごうとした。スモークが左手に持った短剣で魔王の剣を防ぎデーモンスレイヤーの攻撃を当てる。
「なるほどな、マジックシールドにはそんな弱点があったか」
魔王が切られた部分をさする。さすっている手が光りだし傷が塞がっていく。ヒールを使ったようだ。
「さて次はこちらの番だな」
魔王の背に二本の腕が現れた。その手には槍と斧が握られている。
「剣一本では防がれたが、これならどうかな?」
三本の武器による同時攻撃を魔法の盾が防いだ。ゴスケによって強化された杖の力でレヴィヤが発動させたマジックシールドだ。レヴィヤの方がスモークより魔力があるのでより強力な盾を出すことが出来る。それでも攻撃を完全に防ぐことは不可能だ。スモークが避けるためのわずかな時を稼ぐのがせいぜいだった。
魔法の盾が壊れる。スモークは紙一重の位置で避け反撃に出た。
魔王は槍の柄で剣を持っている自分の腕を叩き上げ、むりやり軌道を修正する。予想外の方向から来た剣にスモークは驚き反応できない。ランが尻尾でスモークの胴を掴むと後ろに引っ張った。それにより回避する事が出来た。
「助かった」
「無事でよかったにゃ。それよりあの腕は何だにゃ?」
「さあな、魔王は俺の力だけでなく色々なモンスターの力も吸収してるんだ。だからあの腕はどっかのモンスターの特性じゃないか」
「そういう事だ娘よ。我は複数のモンスターの力を取り込んだ。だからこんなことも出来るぞ」
魔王の姿がどんどんと大きくなっていき、六本腕の巨人に変化した。お腹の部分には大きな口がある。
「何でも切り裂く強力な爪、岩をお噛み砕く牙、剣でも切れぬ鱗の皮膚。我は最高の存在になったのだ。ガハハハ……」
魔王が笑っている。
「あーこりゃヤバい。勝てないわ」
「ランの直感も逃げた方がいいって言ってるにゃ」
逃げると口では言いながら二人とも戦闘態勢を崩そうとはしない。
「それで、何かいい作戦はあるの?」
レヴィヤが二人に合流した。
「ないな、力の差がありすぎでちょっとした策では倒せそうにない」
「それじゃどうするにゃ」
「イリシアがなんとかしてくれる。そう信じてそれまで死なない様に戦うだけだな」
今もイリシアは後ろでゴスケと目立たない様にしながら魔力を溜めている。彼女の封印の魔法が完成すれば事態が好転するはずだ。
「問題はそれまで生き残れるかね」
「頑張るしか無いにゃ」
魔王がスモークに攻撃を仕掛けた。迫りくる爪を避ける。だが逃げた先に別の腕による攻撃が来た。ランが足に土を集めハンマーにしてスモークに迫る腕を殴る。
「マジックシールド」
スモークが魔法の盾で足場を作りランが攻撃した腕に向かって飛んだ。デーモンスレイヤーで腕を切り落とす。
「なぜだ、我の体は鱗で剣は通さないはず……」
「そんなこと敵に教えるわけないだろ」
ランはまじかで見ていたからわかる。スモークは鱗と鱗の隙間を狙い剣を通したのだ。自分も同じ方法で攻撃してみる。拳に風をまとい、鱗の隙間からダメージを与えた。
「お~出来たにゃ」
「なるほどな、そういう事だったか」
魔王もランの攻撃によって自分がダメージを受けた理由を理解した。
「タネは分かったぞ。ではこれならどうだ?」
魔王の皮膚が今度はカニの甲羅のようになった。ついでに斬られた腕の部分がカニのハサミのようになった。別の腕は剣や鎌、槍、斧、弓に変化した。
「これならば隙間を狙う事は出来ん。さらに近距離、中距離、遠距離すべてに対応した装備。さあこれにどう対応する、勇者よ」
魔王は体を作り替えていき、スモークが弱点を狙うたびにその弱点を消して最強に近づいていこうと考えていた。そうして弱点を潰していけば今度こそ誰にも負けない存在になれると信じていた。
「そうだな、こんなのはどうだい?」
突然魔王の足元に巨大なゲートが開いた。穴から鎖が伸びていき魔王を引っ張っていく。
「魔女か、いったいどんな面白い事をしてくれるのか」
魔王はイリシアが何をするのか様子を見るため大人しくされるがままにしていた。
「なに、少し私達が有利になる空間で戦おうってだけさ。かまわないだろ?」
「そうかそうか。かまわんよ、どんな環境だろうと対応できる体に変化すれば良いだけの話だ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
魔王が引きずりこまれた先は何もない球体の世界だった。
「少し体が重い気がするが……別にいいか」
なんとなく異常を感じるがそのうちに体が慣れ普通に戻るだろう。そう魔王は判断した。
「君には弱体化を。そして我々には強化をかけ続ける空間だよ」
しばらくしてスモーク達五人も空間の中に姿を現した。
「ふ、この程度の弱体化など問題ではない」
魔王が弓でスモーク達を攻撃する。スモークがすぐさま先頭に立って全員を庇う。
魔王はゲートを使いスモークの背後に鎌だけを出現させた。スモークを背後から切り裂く。
「ぐ……」
スモークがその場に膝をつく。そこに矢が刺さり爆発した。スモークの左半身が消え去る。
「ははは、魔女よこの程度か。貴様の魔法も十年で衰えたな。こんなちゃちな強化と弱体化じゃ我と貴様らの力の差は埋まらんぞ」
「安心してくれ魔王、まだまだこれからだよ」
イリシアがそう言うとスモークの体が光りだして、失われたはずの左半身が再生された。
「この空間内なら一撃で死ぬような怪我でも復活できる。思う存分に戦い続けられるさ」
「ほう、それは素晴らしい。では行くぞ」
魔王が笑いながらスモーク達を攻撃していく。スモーク達は傷付いては回復し魔王を攻撃していく。そんないつまでも終わらない戦いをし続けた。
「これで封印出来たのか?」
スモークはイリシアの手の中にある球をみながら尋ねた。
「いや、まだだよ」
最初の予定では魔王を弱らせてから封印の玉の中で眠らせるつもりだった。だが予想以上に魔王が強くなっていたので封印の空間に送ってから幻覚を見せて足止めし、バレない様に少しずつ魔王の力を奪っていき封じていく作戦に変えた。
「今は異空間で力を奪っている最中だ。完全に封印するのに何年かかる事やら。それまで私は魔力をこの球に注ぎ続けなくてはならない。冒険者は引退だな」
「俺達がちゃんと魔王と戦えてればこんな苦労させなかったのにな。すまん」
「私も一度倒してるからと油断していた。まさかあそこまで強くなっているとは思わなかったよ」
「ま、全員生き残ったんだからいいじゃねぇか」
「そうにゃ、ともかく終わったにゃ祝杯を挙げるにゃ」
「それランがただお腹空いただけじゃない?」
「にゃはは、バレバレにゃ」
その時ランのお腹が大きめの主張をし、その場が笑いに包まれた。
あれから半年が過ぎた。スモークは家に戻り引き籠り農業生活に戻っていた。一つだけ変わったことは冒険者をやめたイリシアが一緒に暮らしているという事だ。
ランとレヴィヤは二人で旅を続けている。イリシアのかわりに困っている人を救って廻っているらしい。
ゴスケはダニエルの家の庭でダニエルと酒を飲んでいた。スモークからお土産にもらった果実酒が気に入ったのでまた飲みに来たのだ。
「旦那、オイラ今回の魔王復活の件で気になっている事があるでやんす」
「ほう、言ってみろよ」
「なんだか今回の事件、アニキに都合よく動いていた気がするんでやんす」
戦った敵の強さはスモークがギリギリで勝てるレベルの奴らが順に出てきている。まるで彼を育てるためのような都合の良さだ。しかもスモークの周りで死者は出なかった。
「なんだい、アンちゃんが自分の名声を得るために今回の事件を仕掛けたっていうのかい?」
「前の戦いでもアニキは適当な理由を付けて人々の前から姿を消したでやんす。それは魔王を倒せるほどの強さを持った存在に人々が怖がらないようにするためでやんす。そんなアニキがワザワザ魔王を復活させるはずないでやんす」
「だったらアンちゃんが魔王と戦うことで得をした人物が他に居るって言うのか? 例えば魔力を失い英雄としての務めから解放され好きな男の傍で暮らせるようになった人物とか」
「旦那、その例えはずいぶんと具体的すぎでやんすよ。事件の黒幕とまでは言わないでやんすが、復活を何らかの方法で察知したあの人がここまでの事を計画しアニキを動かした。なんてね」
スモークが何かしらの事件に巻き込まれ最初に頼るのはイリシアしかいない。そうしたら最初から事件に介入し、気付かれぬように自分の思うように軌道修正していくことも出来るだろう。
「ダニエル、そう言えばお前もお嬢からの魔力の籠った手紙読まされたんだよな?」
「読んだでやんすよ。どうしてそんな事を?」
「いや、大した事じゃないさ。好奇心は猫を殺す、そんな言葉を昔聞いたなと思ってな」
「……」
まさかあの手紙に何かしらのトラップが? そんな事をダニエルは考えた。目的のためなら手段を択ばない人物だがまさかそこまでは……。いや彼女ならやりかねない。それが二人のたどり着いた答えだった。
「何でも出来る万能な存在だからな、本気になったら魔王より恐ろしい存在だぜ」
「アニキがそばに居れば大丈夫でやんす。アニキはモンスターでも理由がなければ殺さない優しさをもってるでやんす」
「アンちゃんは世界の平和を守ってる本物の勇者って事だな」
二人はその後、酔いつぶれるまで酒を飲み続けた。まるで何かを忘れようとするように……。
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