ハチの巣・後編
それは大きなハチだった。三メートルはあるだろうか。尻に針はついていない。直接戦う必要のない存在なのだろう。
「当たりを引いたみたいだな」
間違いない。あれがグールビー亜種の女王だ。
「奥のあれは何にゃ?」
部屋の奥には黒い
「あれは次の女王だ。グールビーはもうすぐ新しい女王が巣立つ時期なんだ」
新しい女王は少しの兵を引き連れて自分の巣を作るため旅立つ。そして旅立った兵を補充するためや新しい女王が兵を増やすために沢山の栄養を求める。それがもうすぐ始まるグールビーの繁殖期だ。
「今はそんな事より一刻も早く女王を倒しましょ」
レヴィヤはランのお父さんを心配していた。女王を倒せばすべてのグールビー亜種が活動を止める。目の前に女王が居るのなら、何をおいても彼女を倒すのを優先するべきだろう。
「……そうだにゃ」
確かに今は女王が優先、集中しなくては。
「じゃ、さっさと済ませるか」
「レヴィヤ、頼む」
「氷の槍よ、その鋭き穂先で敵を刺し貫け。アイスランス」
女王の頭を狙う。
「黒い結晶はいいのにゃ?」
「結晶は別のを探せばいい。命より大事なもんはないだろ」
女王はスモークの探している結晶を持っている可能性がある。結晶はモンスターが死ぬと消えてしまう。だから生きてるうちに探し出して封印する必要がある。だが今はそんな時間が惜しいのだ。
氷が女王の頭に刺さった。だが完全には破壊できない。大きすぎるのだ。
女王がこちらに気付いた。すぐにでも兵のグールビー亜種がやってくるだろう。
「ち、仕方がない」
巾着からダニエルにもらった果実酒を取り出す。服の袖をちぎりビンに入れ、火打石で火をつけて投げた。
燃やすことで早く倒そうという作戦だ。
「せっかく土産にもらったけどごめんな」
帰ったらまたダニエルに買ってもらえばいいか。
女王の体に火が移る。そこに向かって残り二本の瓶も投げた。女王の全身を火が包んだ。
「やったにゃ」
地面に落ち、苦しそうに悲鳴を上げる女王を見ながらランが喜ぶ。
「いや、油断するなよ」
虫の羽音が大量に聞こえる。スモーク達の頭上をグールビー亜種達が通り過ぎ、女王の元に向かう。女王を兵たちが覆っていく。
「何やってるにゃ?」
「集まることで酸素を早く消費して火を消そうとしてるのよ」
グールビー亜種が女王から離れていく。内側にいたグールビーは真っ黒に焦げている。女王の全身にも焦げ目は見r、羽はボロボロであれならもう飛べないだろう。
「一撃で仕留めることは出来なかったが確実に弱っている。このままいくぞ」
「うにゃ~」
「作戦はあるのかしら?」
「レヴィヤの攻撃した頭、あそこを集中的に狙おうと思う」
女王の頭にはビビの入っている部分がある。その中心には氷の槍によって空いた穴があり、いまだに血が流れ出ている。
「でもそのためには……」
女王とスモーク達を隔てる壁。それは大量のグールビー亜種だ。女王に攻撃を当てるためにはこの壁を超える必要がある。
「ランはあの中を突っ切って女王を目指してくれ」
ランの身体能力と第六感があればグールビー亜種の攻撃を避けながら女王の元まで行くのも可能だろう。
「俺とレヴィヤはランのサポートだ」
ランを狙ってくるグールビー亜種を排除していくのが二人の役目だ。アイスボムならそれが可能だし、スモークにもマジックシールドがある。最悪イリシアの護りがあればこの身を盾にしてかばう事だって出来る。
「それじゃ行くにゃ」
作戦を聞き終えランが走り出す。アイスボムがランの周りを浮遊し、近づいてきた敵にぶつかる。それでも間に合わない部分はスモークが短剣で攻撃する。ランだってただ守られているだけではない。目の前にいる敵を倒しながら前進していく。
「くらえにゃ」
ランのかかと落としが女王の眉間に決まった。女王の巨体が倒れる。
「まだまだ」
周囲を飛ぶグールビー亜種は動いている。つまりまだ女王は生きているのだ。ランが休むことなく連続で攻撃をしていく。
ボトボトとグールビー亜種達が地面に落ちていく。返り血を全身に浴び、ランが肩で息をしている。
「ようやく終わったか」
スモークがランに声をかけようと近づいた。
「まだにゃ」
ランの野生の勘が警告を発している。その声と時を同じくしてグールビー亜種達に変化があった。突然黒い霧になった。部屋の外からも霧が集まってくる。この巣全体のグールビー亜種が霧となったのだろう。
その現象には見覚えがある。カマキリのカマを破壊した時と同じだ。
スモークは女王が復活するのかと警戒したがそうではない。女王も霧となり別の所に向かっている。そこは部屋の奥に置いてあった繭の所だった。
ドクンッ――。
繭にビビが入る。
ドクンッ――。
繭から手が出てきた。形は人間の手のようだが、節がありどことなく虫のようだった。
ドクンッ――。
手が合計四本出ていて、ヒビを大きく広げていく。
ドクンッ――。
人とハチを混ぜたようなものがゆっくりと繭から出てきた。背中を嫌な汗が流れる。あれはヤバい、スモーク達三人は直感的に感じ取った。
「何にゃあれ?」
「新しい女王の誕生ってわけか?」
あれをグールビーと呼んでいいのかスモークは悩んだ。これまでのグールビーと見た目が全くの別物なのだ。普通の女王はさっきまで戦っていたのと同じ、少し大きいだけで普通のハチだ。だけどこれは……。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアア!!」
女王が大きな声を上げた。
「アーアーアー」
女王が高い声や低い声を出し、まるで発声練習をしているようだ。
「ワレ……オウ……」
女王が何かを言っているようだがスモーク達には上手く聞き取れない。
「スモーク、下の左手を見て。黒い結晶よ」
レヴィヤに言われてスモークも気付いた。女王の手の甲に結晶があることを。
女王がレヴィヤの声に反応し、こちらの存在に気付いたようだ。
「オ…エハ……ウシャ……タオス」
女王の複眼がスモークを見つめている。女王の背後から黒い霧があふれ出し、空中に集まる。そして二本の針に形を変えた。その大きさは大人一人と同じくらいだろうか。
針がスモークに向かって飛ぶ。
「……ノウ…ミ」
スモークはジャンプして針を避けた。針の刺さった地面が溶け、変色した。グールビーの毒針がより強力になったようだ。
「ニガ…ヌ」
女王が羽を動かしスモークに向かって飛ぶ。だんだんと発音の方もちゃんとしてきている。
女王がスモークを殴った。溶けた地面に向かって真っ逆さまに飛ばされる。
「危ないにゃ」
ランが飛び出し尻尾でスモークを掴んで溶けた地面に落ちるのを阻止した。
「サンキュ」
「あいつどうしてスモークを狙うにゃ?」
「さあな? 俺にもわかんね」
また針がスモークに向かって飛んでくる。ランがそれを蹴った。
ジュワ――。
靴が当たった瞬間に靴が溶けだした。すぐさまランが靴を脱いだ。
「大丈夫か!?」
ランの足は皮膚が
「針の先だけでなく全体に注意しないとダメなのか」
普通のグールビーの針ならその先端だけに注意していればよかった。だが今回ランが針の横を蹴ったのに溶けた事から、あの針全体が触れてはいけないようだ。
「こんなのどう対処すればいいにゃ」
女王がどんどんと針を生み出し続け攻撃してくる。スモークはそれを避けるのに精一杯だった。
「どうして俺ばかり狙うかな……」
ランから離れていく。攻撃はスモークにしか来ないのでこれでランとレヴィヤは無事だ。
「ドウシテダト? ワレヲ忘レタカ、勇者ヨ」
突然目の前に女王が現れた。女王の発音はもう完全に何を言っているか分かるくらいになっていた。
「どこかで会ってたか?」
女王が殴ってくる。短剣を使って
「コノ姿デハ解ラヌカ、我ハ魔王……」
「今なんて言った……」
驚いて一瞬の判断が遅れた。女王の拳がスモークに入り、さらに蹴りが来てスモークは壁まで飛ばされた。
針の攻撃がさらにスモークを襲う。ランが針を蹴り飛ばす。
「スモーク生きてるにゃ?」
「お前こそ針に触って大丈夫か?」
「レヴィアのおかげで平気にゃ」
ランの手足は氷で覆われている。右足の氷だけは変色し砕け散った。
「そうか、アイスボムで……」
氷で守ることで毒を防いで、氷が壊れたら次の氷を張るの。そうやって使い捨ての防御にしているのだ。
アイスボムは攻撃魔法だ。それを手足に食らっているのだから彼女の身にはとんでもない負担になっているだろう。
「サンキュ、助かった」
立ち上がって武器を構えなおす。色々なことが気になったが、今は目の前の敵に集中しなくては。悩みながらの戦いで勝てる相手ではない。
現状を確認する。殴られたダメージはそんなにない。イリシアの護りのおかげだ。針の攻撃は一撃でアウトなので避けるしかない。つまりは針をどう対処して奴に接近するかだ。
とりあえず女王にむかっていく。針が攻撃してきた。イリシアの護りが発動中なので体が軽い、簡単に針の攻撃をかわして相手の懐に飛び込んだ。黒い結晶のついた腕を狙って斬る。
カンッと金属がぶつかりあう音がした。短剣を握った手にしびれが伝わる。
「固すぎる」
女王がスモークの頭を掴み、連続のパンチを行う。
「アイスランス」
女王の頭に氷の槍が当たり、砕けた。女王はレヴィアの方を向き、針を三本放った。そして何事も無かったのようにスモークを殴り続ける。
レヴィヤは必死に走り、なんとか針を避けることが出来た。
「スモークを放すにゃ」
ランが女王の背後から攻撃する。全く痛みはなさそうだ。女王がハエを追い払うように腕を振ってランに当てた。
スモークへの注意が一瞬緩んだ。巾着から封印の水晶を取り出し、黒い結晶に当てた。
女王が苦しみだしスモークを手放した。すぐに女王から距離をとる。
結晶を封印し終わる。女王の姿に変化はない。女王の複眼がスモーク達を見ている。女王が手を挙げると土が集まり、空中に針が現れた。
「技も変わらないのか……」
「封印は終わったにゃ?」
「そのはずだぞ」
会話をしていると針の攻撃が来た。避けた場所が溶けたが、さっきよりは範囲が狭い。確実に弱くなっている。
弱くはなっているが、さっきと違ってランやレヴィヤにも攻撃が向かっている。慌ててレヴィヤのフォローに入る。マジックシールドで攻撃を止めながらレヴィヤを抱きかかえる。
避けながら一つ確かめたい事があったので針に石を投げた。横に石が当たる。石は溶けることなく地面に転がった。
「ラン、この針は触っても大丈夫そうだ」
そう言いながら短剣で針をはじく。針先にさえ注意すればいいのならやりようはある。
「本当だにゃ」
ランも針を尻尾で掴むと、女王に向けて投げ返した。黒い結晶は無くなったが、女王はこちらを攻撃してきている。倒さなければこちらがやられる。
「ラン、大丈夫か!?」
スモーク達が女王と戦っていると討伐隊の人達が合流してきた。巣の中の全てのグールビーが霧になったので討伐隊は合流し、ケガ人の応急処置をしてから動ける者だけがスモーク達三人を探してここまできたのだった。
討伐隊の人達に協力を願い、全員で女王を倒した。負傷者は出たがさいわい死者は出なかった。
全員でケーナモの森に帰る。
スモーク達が無事に戻ると、ケーナモの森では宴会が開かれた。
その宴会の中でランの歌やスモーク達の演奏がまた披露され、おおいに盛り上がった。
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