ハチの巣・前編

 森の中を三十人ほどの集団が進んでいく。そのほとんどが猫の獣人だ。全員が手に武器を持ち、防具を身に着けている。彼らはグールビーそっくりなモンスター討伐のために集められたケーナモの森の住人だ。

 先頭を行く一団の中にスモーク達の姿がある。隊長がランの父親であるため、ランが父親のそばに置かれ自然と先頭にスモーク達が行くことになった。


「ダニエルの修行はどうだったんだ?」


「とても充実した時間だったわ」


 森を進みながら答える。レヴィヤはイリシアの魔法でダニエルと精神を繋いでもらい、ほんの五時間ほどの睡眠時間で一年に及ぶ修行をしてきた。


「新しい魔法を一つ覚えたの。きっと役に立つはずよ」


「それは楽しみだ」


 新しい魔法とはどんなものなのだろうかと気になった。この戦いの中できっと見れるだろう。


「あそこが問題のモンスターの巣だ」


 隊長の声で全体は動きを止めた。土が盛り上り穴が空いている。その周囲にはグールビーにそっくりなモンスターが見張っている。普通のグールビーは黄色と黒のシマ模様だが、これは話の通り黒と灰色のシマ模様だった。


「確かに見た目はグールビーだな」


 スモークが言いながら巾着に手を入れた。取り出されたのは前に戦った植物モンスターの触手だ。短剣で一握り出来る大きさに斬る。


 ポイ


 ベチャ


 ブーン、ブーン、ブーン


 スモークが斬った触手を巣に向けて投げる。触手は巣の入口に当たり、触手内の液が入口に張り付いた。見張りのハチ達が警戒し巣の周囲に集まる。巣の中からもハチが出てきた。


「何してるにゃ?」


 スモークの意味不明な行動にランが訪ねる。討伐隊の者からは疑問の声は上がらなかった。ランはめんどくさがって聞かなかったが触手を投げる事はすでに隊の者には伝えてあったし、昨日の戦いでスモークの実力は隊の全員に知れ渡っている。

 それにダニエルからの口添えもあったようで、スモークにはある程度自由な動きを認められていた。


「あれがグールビーなのか確かめようと思ってな」


 葉の擦れる音がそこら中から聞こえ、大量の虫モンスター達が現れる。


「あの触手から出てる液体はモンスターを呼び寄せる効果がある。液は巣の入口に付いてるから虫達は巣を目指すわけだ。そして迎撃に来たハチとの戦いになる」


 スモークの言っている通りのことが目の前で起こった。


「もしあれがグールビーなら尻に付いた針で刺された奴はドロドロに溶けるはずなんだ」


 グールビーの針には肉も骨も溶かしてしまう効果がある。そしてドロドロに溶けたものを一度体内に納めて巣に運び、巣で待つ仲間に届けるのだ。


「もし違うモンスターならこれで相手の能力がわかるかもしれない」


「にゃるほど~」


 ランは戦いの様子を眺めている。


「スモーク、あのクワガタかっこいいにゃ」


 ランが指さす。角から両側にトゲが出ていて、それが角の周りを回っている。


「あれはデンノコクワガタだな」


「ランの靴にもあの角欲しいにゃ」


 ランは自分の靴の周りにトゲが回転している姿を想像する。その蹴りで木を綺麗に破壊する。そんな姿だ。


「面白い発想だな」


 余裕があったらあの角を回収しようか。そうスモークは思った。

 モンスター達の戦いが始まる。キャノンビートルの空気弾がハチ達の体を貫き、デンノコクワガタが角を回転させ突進する。

 ハチ達もやられるばかりではない。針で応戦する。刺されたモンスターが溶け出す。


「グールビーで間違いようだな」


 スモークはそう判断した。仮にハチモンスターの事をグールビー亜種と呼ぶことにした。


「それでこれからどうするにゃ?」


 入り口では虫とグールビー亜種が戦っている。この中を突っ切るのは大変だ。


「大丈夫だちゃんと考えているよ」


 スモークが巣の右側に触手を斬って何個かばら撒いた。虫達の戦場が自然と右側に集中する。


「今のうちに行くぞ」


 討伐隊が巣の左側に回る。


「氷の槍よ、その鋭き穂先で敵を刺し貫け。アイスランス」


 レヴィヤが入口左の壁に氷の槍を撃って横穴を開けた。


「ここから侵入するぞ」


 グールビー亜種達は虫の迎撃に出ているため、討伐隊の侵入に気付いたものは居なかった。

 巣を進んでいくと五本に分かれ道にぶつかった。グールビーの巣は土の中で巨大に伸びている。その中には食糧庫や幼虫の眠る部屋。成虫達の集まる部屋など、そして女王の居る部屋がある。それぞれの道がどこに繋がっているかは分からない。


「ここで隊を分けるぞ」


 六人ずつに隊を分けしばらく進む。少し広い部屋にたどり着いた。グールビー亜種が天井や壁に張り付いている。侵入者が来たことによりグールビー亜種たちが羽を広げ戦闘態勢に入った。

 討伐隊も武器を構える。ランの父親が弓を構えた。


「あの弓は……」


 スモークにはその弓に見覚えがあった。ダニエルが使っていた武器だ。風の力で矢の方向を変える事と、一本の矢を三本に増やす力がある。

 父親の放った矢がグールビー亜種の頭を正確に射貫いた。


「弓の腕は父親ゆずりか」


 十匹のグールビー亜種が一回の攻撃で倒されたのを見ながら感心する。

 仲間が倒されたことでグールビー亜種が攻めてきた。ランが壁を駆け上り応戦する。


「針には気を付けろよ。刺されれば防具も何も関係なく溶けるからな。それと攻撃するなら背後からで頭か羽を狙え」


 スモークが声をかける。グールビーは生命力が強く胴を攻撃しても仕留めきれずに反撃を食らう事がある。それを避けるために針の攻撃が来ない背後から攻め、動きを奪うため羽か確実に倒せる頭を狙うのが接近戦での定石となっている。


「分かったにゃ」


 スモークのアドバイス通りにグールビー亜種の頭を攻撃し、それを足場に次の獲物を攻撃していく。そうやってランが空中戦を繰り広げる。


「私も負けてられないな」


 そんなランの活躍を見ながらレヴィヤがやる気を出した。唱えるのは新しい呪文。ダニエルとの修行で手に入れた新たな魔法だ。


「凍てつく力をその身に刻め。アイスボム」


 レヴィヤの周りに拳ほどの大きさをした青色に光る球が浮いている。球はレヴィヤの意思で空中を自在に動き、グールビー亜種に当たった。球が当たった部分から氷が現れ、一瞬でグールビーの全身を氷が包んだ。地面に落ちた氷は粉々に砕け散った。


「今度は相手を凍らせるのか。しかも自由に動かせるようだな」


 アイスランスは威力はあるがまっすぐ進むだけで当てるのが難しかった。だが今回の魔法はレヴィヤの意思で相手に当てられる。それを可能にいているのは魔力で氷の何かを作っているのでなく、氷に変換させる魔力そのものを相手にぶつけているからだ。魔力なら物理法則など無視して使用者の思う通りの動きをしてくれる。

 スモークがレヴィヤの新しい魔法を分析している間にグールビー亜種の増援が奥からどんどんと溢れてくる。これではキリがない。


「どうするでばいいにゃスモーク?」


 ランが次々と敵を倒しながら訪ねる。今はまだ攻撃を避けられているが、このまま敵が増え囲まれれば避けきれず針に刺されるだろう。

 なにか対策を考えなければならない。だが時間はあまりない。悩んでいる間に敵がどんどん増えているのだから。


「ちくしょう!!」


 近くに転がっていたグールビー亜種の死体を力一杯蹴りつけた。死体が別のグールビー亜種にぶつかった。運よく針が刺さる。


「自分の毒ではやられないか。そりゅそうだ」


 針が刺さったグールビー亜種は苦しそうに鳴いているが溶け始める様子は無い。体の中に抗体があるのだろう。

 死体の刺さったグールビー亜種は重さのせいで飛べずにいた。重なりあったグールビー亜種。何かがひらめきそうだ。その時、レヴィヤの攻撃によって氷漬けにされた敵が落ちてきた。


「奥の入口に死体を積み上げろ」


 言いながら近くにあった死体を蹴る。入口から出てきたグールビー亜種にぶつかる。討伐隊の兵もスモークの指示に従い死体を投げた。

 ランの父親とレヴィヤはそんな皆が作業しやすいように敵を撃ち続ける。


「レヴィヤ、アイスボムをそこに」


 スモークが死体の積み上げられた入口を指す。向こう側からグールビー亜種が押しているのだろう、死体が揺れてる。崩れないよう討伐隊二名が抑えている。


「まかせろ」


「今だ離れろ」


 アイスボムが死体の山に当たる。一緒に凍らされないようその前に兵たちは手を離した。


「これでしばらく増援は防げるだろう」


 凍らされて完全に入口が塞がれた。今のうちにここにいるグールビー亜種を片付けてしまおう。





 五分ほどで戦いは終わった。幸い討伐隊にケガ人は居ない。その時、地面に亀裂が生まれ、大きな穴が空いた。


「父様!!」


 地面の崩壊にランの父親が巻き込まれた。


「「隊長」」


 討伐隊の二人が父親の後を追って穴に降りる。ランも追いかけようとした。だが、


「来るな!!」


 大声で止められた。ランの目には暗い穴の中が見えた。大量のグールビー亜種に囲まれた父親の姿を。

 穴を塞いだことで彼らは別の道を掘ったのだろう。その結果地面は崩壊し、ランの父は敵のど真ん中に立たされたのだろう。


「父さんは大丈夫だ。ランは先に行きなさい」


「でも……」


「行くぞラン。もしこの先に女王がいたら、それを倒せばお父さんは助けられる」


 それでも行こうとしているランをスモークが止めた。


「……分かったにゃ」


 少し悩んでから結論を出す。ここで立ち止まっていても誰も救えない。父親も他の二人もそれなりに強い。すぐに死んでしまう事は無いだろう。

 だからランは進むことにした。

 

 入り口を塞いでいる氷の塊を蹴り壊す。その先にグールビー亜種の姿は無い。地面には大きな穴が空いている。ここにいた奴らはここから父親の方に行ったのだろう。


「父様、必ず生きてまた会おうにゃ」


 それは小さな声で父親には聞こえなかっただろう。祈るようなその言葉を残しラン達は奥に向かって走り出した。

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