武器紹介

「スモーク起きるや」


 体のゆすられる感覚に目を覚ます。窓の外を見ると日が沈みかけていた。久しぶりのベットだったので少し眠っていたのだ。


「里の人たちへの謝罪は済んだのか?」


「父様と一緒に行ってきたにゃ」


「そうか、偉かったな」


 ランの頭を撫でる。


「そうにゃ。頑張ったからご褒美が欲しいにゃ」


「ご褒美?」


「今から戦闘訓練に付き合ってほしいにゃ」


 ランが手にもっている袋から何かを取り出した。それは靴とグローブだ。


「これはランの武器にゃ。家出した時はいらにゃいと思って家に置いていったけど、冒険者には必要にゃ。スモークにはランの戦い方を知っといて欲しいにゃ」


 だから戦闘訓練なのか。たしかに一緒のギルドにいる以上、連携のため仲間の戦い方を知っておく必要がある。

 いまさら気付いたが部屋の入口にレヴィヤも立っている。彼女も同じ理由で誘われたのだろう。

 急いで庭に出る。


「このグローブは甲の部分に鉄板が入ってるにゃ。それで防御や攻撃に利用するにゃ」


 指の部分には穴が空いていて手の甲だけを守るグローブだ。猫獣人であるランは爪でひっかく攻撃もある。だから指が出る作りになっている。


「それとこっちの靴は……」


 靴はつま先とかかとの部分に三角すいの形をしたトゲのようなのが付いている。


「これで攻撃力を少し上げてるにゃ」


 説明が終わり実際に戦ってみる。ランがスモークを殴る。スモークが殴りに来た腕を左手で弾き、右手に持った短剣で首を狙う。ランは弾かれた勢いを利用してさっき攻撃をした反対の手で裏拳を繰り出す。

 これは危険だと判断し後ろに下がろうとした。スモークの足を何かが掴んだ。ランの尻尾だ。尻尾で足を引っ張り、スモークの体が仰向けに倒れる。ランがかかと落としを放つ。


「マジックシールド!」


 魔法の盾がスモークの前に現れた。靴に付いたトゲによって攻撃が一点に集中しまばたきする間に盾が破壊された。

 少しでも稼げた時の中で足に絡まった尻尾を斬りにかかる。攻撃が迫る瞬間、斬られてはたまらぬと尻尾が自ら離れた。これで自由に動ける。でもまだ迫る足をなんとかしなくてはならない。

 短剣を戻しながら柄頭でランの靴を叩いた。攻撃がズレて地面に当たる。大量の土煙を上げ地面がえぐれた。

 


 土煙が収まりレヴィヤにも二人の様子が見えるようになった。スモークはすでに体勢を立て直している。スモークの攻撃をランがグローブに仕込んだ鉄板で受け、カウンターを繰り出す。その攻撃を片手で受け止め空中に投げる。

 ランは空中で一回転すると蹴りを出す。スモークは紙一重でかわした。


「すごい……」


「綺麗……」


 松明の明かりに照らされ戦う二人を庭の柵越しに里の人達が眺めていることにレヴィヤが気付いた。

 皆は二人の戦いに目を奪われいる。


「まるで神に奉納する演武のようでやんす」


 レヴィヤの横にいつの間にかダニエルが立っていた。彼の接近に気付かないほど自分もスモーク達の戦いに意識を奪われていたらしい。


「高い技術を持った二人だからこそあんな動きを見せられるんでやんすな」


 攻撃と防御を交互に繰り返し二人が戦いを続けている。


「ところで、レヴィヤさん達のギルドは今どのランクでやんすか?」


「Fランクです」


「そうでやんすか……。Cランクぐらいならすぐに行けそうでやんすな」


 ランとスモークの戦いを見ながらダニエルはそう判断した。スモークはイリシアの護りによって普通より早いスピードで成長している。それに力は弱くなったが、過去に体に覚えさせた技術や旅で得た知識を忘れたわけではない。

 今までは覚えた技術に体がついてこなかったが、これまでの旅のおかげで少しは昔のように戦えるようになった。それはもう初心者冒険者の戦い方などではない。あれだけ動けるならCランクの任務はこなせるだろう。


「二人は強いが、私はダメだ……」


「そうでやんすか? レヴィヤさんは魔術師なのだから直接な戦闘力は無くても大丈夫でやんすよ?」


「いえそうではなくて……」


 レヴィヤはキャノンビートルとの戦いやカマキリとの戦いを思い出した。あの時自分の攻撃はまったく相手に当たらなかったのだ。

 そのことをダニエルに話す。


「私が使える魔法はアイスランスだけです」


 当たりさえすれば強力な技だが、その当てることが出来ないのならいくら強くても意味がないのだ。


「そのアイスランスは遠距離攻撃でやんすね?」


「はい」


「じゃあオイラが修行に協力するでやんす。昔は弓を使ってたから、遠距離の戦い方は得意でやんすよ」


 ダニエルは百発百中の弓使いだとイリシアから聞いている。その彼から遠距離の戦い方を教えてもらえるとはとんでもない幸運だ。


「ぜひお願いします」


「分かったでやんす。でもオイラはもう年を取ったでやんす。だから思うように動くことは出来ないでやんす。そこでレヴィヤさんの師匠に連絡を取ってほしいでやんす」


「師匠に?」


「そうでやんす。アネゴの力でオイラとレヴィヤさんの精神を繋いで夢の中で修行するでやんす」


 イリシアならそれぐらいの事簡単に出来るだろう。話しているダニエルも、聞いていたレヴィヤもそう考えた。


「魔法は精神の力、夢の中での修行でも十分強くなれるっすよ」


 ダニエルが柔らかい笑顔を見せた。一通り話が済んだ頃、周囲から拍手が響いた。スモークとランの戦いも一段落ついたようだ。


「楽しかったにゃ」


 ランたちが戻ってくる。全身が泥だらけだ。


「いつの間にか見物客がいっぱいだな」


 スモークが周囲を見回す。ダニエルの家は里の中心部にある。その庭で盛大に戦っていればそれは目立つか。


「せっかくだからラン達の歌やダンスを見せたいにゃ」


「初コンサートをここでするのか……」


 ランの夢は歌手となり歌と踊りで生きていくことだ。スモークをそのパートナーにしたく彼のギルドに入ったのだ。その時に村を訪れる度に一緒に路上パフォーマンスをする約束をしていた。


「でもやっぱダンスは恥ずかしいな」


 人前で踊るなど恥ずかしい。


「だったらこれはどうでやんす?」


 ダニエルがそのへんから葉っぱを一枚ちぎって渡した。


「これならまあいっか」


 葉を口に近づけて吹く。


「草笛でやんす」


 前にランが歌っていた歌を思い出しながらそれに合わせたメロディーを奏でる。


「これはこれでいいにゃ」


 ラン、ラン、ラララ~ン♪


 ランが踊りながら歌う。見物に来ていた人達から声援やアンコールの声が聞えた。評価は上々のようだ。


「まさかランにこんな才能があったとは、驚きでやんす」


 これなら十分やっていけそうだ。周囲の反応を見ながらダニエルはそう感じた。


「レヴィヤは何か楽器出来るのかにゃ?」


「ハープなら出来たわ」


 ハープは子どもの頃に親から教えてもらった。イリシアと旅に出てからは全く弾いていないので今でも出来るかは微妙な所だが。


「もっとも、弾けたとしてもこの場に楽器が無いから意味が無いのだけどね」


「そっかにゃ~」


 残念だ。もしレヴィヤも楽器を使えたらギルドのみんなでセッションが出来たのに。


『ハープならあるよ』


 レヴィヤのペンダントから声がした。その声はレヴィヤとその周りにいたスモークとラン、そしてダニエルの四人だけに聞こえてた。


「師匠、どうして?」


『暇だったのでレヴィヤたんとお話でもしようかと思ってね。今は話して大丈夫な状況なのか確認するために暫く話を聞いていたんだよ』


「誰か知らにゃいがハープがあるにゃ?」


 ランは突然の声に驚いたが、そんな事より楽器が手に入る方が重要だった。


『その声はラン君だね。そうだね、おいダニエル。ゲートの許可をよこせ』


 ゲートはその名の通り門を開いて離れた二か所を繋ぐ魔法だ。だがこの魔法はなぜか他人の所有地にはそこに住む者の許可がなくては繋ぐことが出来ないのだ。


「アネゴのすることをオイラが拒むわけがないでやんす」


 その返事を聞いた瞬間にレヴィヤの手元に黒い穴が現れ、片手で持てるサイズのハープが送られてきた。


「アネゴ、もう一つ頼みごとがあるでやんす」


『大丈夫。そっちもわかってるよ。任せな』


「さすがでやんす……」


 いったいどこから聞いていたのだろうか。気になったがダニエルは藪をつついてヘビが出てきては大変だと思い黙っていた。

 そんな間にレヴィヤはハープを弾いてみた。


 タラリラポロロン――。


 体が動きを覚えている。問題なくいけそうだ。

 ハープの音に合わせてスモークが草笛を吹く。ランは知らないメロディーなので歌うことはせずにただ感じたままに踊りだす。

 こちらも客の受けは良く、ギルド『クリスタルイーグル』の初コンサートは大成功と言えるものになった。




コンサートを終えたランは汗を流しにレヴィヤと一緒に風呂に向かった。スモークはダニエルと一緒に宿屋のシャワー室を借りていた。


「アニキ、ついでに一杯どうでやんす?」


 宿屋の食堂を指さす。食事をしながら楽しそうに騒いでる酔っ払いの姿が見えた。


「さすがにマズくないか?」


 今のスモークの見た目は十歳の少年だ。酒を飲む所を見られたらまずい。


「そうでやんすか……。この里の果実酒はけっこう人気があるからぜひアニキにも飲んでもらおうと思ったのでやんすが……」


「そうか。それなら元に戻った時に存分に飲ませてもらうよ」


「ぜひそうしてください」


 ダニエルが食堂に向かい、土産用の果実酒を三本購入した。


「二本はアネゴと旦那の分でやんす。二人を訪ねた時についでに渡してください」


「おう、サンキュウ」


 巾着の中に酒を仕舞う。


「ランの事、これから頼むでやんす」


「任せろ。と言いたいところだが今の俺にどこまで守れるか……」


「大丈夫でやんす。アニキの強さは純粋な戦闘力じゃないでやんす」


 確かに今のスモークはダニエルと旅していた頃に比べればとんでもなく弱い。戦うモンスターによっては仲間どころか自分の身を護るだけで精一杯だろう。だがそんな事は心配していない。


「アニキの強さは周囲にあるあらゆるものを使って生き残る事が出来るとっさの判断力と応用力でやんす」


 だからこそ自分達は魔王相手でも生き残る事が出来たのだとダニエルは思っている。


「それに……」


 今夜レヴィヤの修行をつけることも決まっている。それによってスモーク達の戦力もより強化されるだろう。


「それになんだよ?」


「なんでもないでやんす」


 だが修行の事は黙っておこう。本人の許可もなくかってにレヴィヤの悩み事を他人に伝えるのは良くない。

 適当に誤魔化しながら家に向かう道をゆっくり歩く。そのあとは星空を見ながら共に冒険していた頃の思い出話に花を咲かせた。

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