猫の国にようこそ

 そこは森の中に作られた集落だった。住人たちの顔はすべて猫。ここは猫系の獣人族が住むケーナモの森。


「ラン様だ」


「おかえりなさいラン様」


「どこ行ってたんですかラン様」


「心配してたんですよラン様」


 村に入った途端にランの周囲に人が集まった。


「様づけで呼ばれてるわ」


「ダニエルの孫らしいし、やっぱお嬢様なんじゃね」


 そんな様子を少し離れたところで二人は見ていた。


「ダニエルって師匠と一緒に魔王を倒したあの?」


「そうだ。あれ、言って無かったか?」


「ええ、初耳よ」


「わりい、言い忘れてた」


 すっかり話したつもりになって言い忘れていた。二人がそんなやり取りをしている頃、ランのもとには杖をついてゆっくりと歩く老猫が向かってきていた。


「おじい様……」


「怪我は無いっスか?」


 老猫がランの頭を撫でた。


「うん。穴に落ちたけどスモーク達のおかげで助かったにゃ」


「そうでやんすか。それでその方達はどこでやんすか?」


「あの人にゃ」


「そうでやんすか、あの方達が……」


 ランが示した先にいる二人を老猫が見た。




「ずいぶんと年取っちまったな、ダニエル……」


 老猫の姿を見てスモークが呟く。


「あれが師匠と共に魔王を倒した勇者のお一人、弓の名手ダニエル様か」


 レヴィヤはイリシアから聞いていた彼の話を思い出していた。百発百中の腕を持ち、どんな逆風の中だろうと乱戦の中の敵だろうと狙った獲物を確実に射貫く。トラップを見抜く感覚は鋭いがハニートラップには弱い。あと買い物を頼んだら必ず五分以内に買ってくる最高のパシリ。そんな可愛い弟分だと。


「ところで、スモークはダニエル様とも面識があるんだな」


 レヴィヤはスモークがイリシアのただの幼馴染だと聞かされている。だからイリシア以外の勇者達と知り合いなのに驚いた。


「イリシアに紹介された事があるんだよ」


 嘘をつく。勇者ともてはやされ、様々な責任やしがらみを持たされるのが嫌で魔王を倒したときに自分は死んだことにしてもらい、誰も来ない森の中で隠居生活を満喫していたのだ。だから自分が勇者パーティーの一員だった事を話すわけにはいかない。

 それに魔王復活の可能性もある。話してしまうとレヴィヤに要らぬ不安や心労を与えてしまうかもしれない。


「じゃあさ、魔王にとどめを差した勇者様にも会ったの? どんな資料を探ってもその人の事は分からないし、師匠に聞いてもはぐらかされるだけなのよね」


 パーティーに四人目が存在したのは確かだ。それが男性だという事は分かるが、それ以外が不明なのだ。


「いや、ちょっと見ただけで話はしなかったからな……」


「そう、じゃあせめて武器だけでもわかんないか? 実際に見た人の話だと槍を使ってたって人もいれば、短剣や斧、熊手や草刈り鎌を使ってたって話もあってどれが真実なんだか」


 その全てが真実だ。その時に戦った相手の特性や手近にあった物、ゴスケが実験的に作った武器のテストなど様々な理由で使う武器を変えていたからだ。


「俺が見た時は長剣だったな。白銀に輝く剣だ」


 スモークは最も多く使った武器を答えた。それは自身の相棒である聖剣デーモンスレイヤーだ。今は上手に扱うことが出来ず、巾着の中にしまってある。


「そうか……」


「スモークさんとレヴィヤさんでやんすね」


 話をしていた二人に老猫ダニエルが話かけた。


「オイラはダニエルでやんす。孫のランを助けていただいたようで、なんと礼をしたものか」


「礼ならここに書いてあるだけで充分ですよ」


 スモークが懐から迷子探しの依頼書を取り出す。別に礼なんかいらないが、断って変に気を使われるよりちゃんと報酬だけをもらっておいた方が後腐れがない。


「それは息子が出した依頼……ん?」


 ダニエルが鼻をヒクヒクと動かしながらスモークの匂いを嗅ぎ始めた。


「やっぱりこのニオイはアニキでやんすね」


 ダニエルがスモークの手を両手で握り激しく上下に動かす。


「でもその姿はどうしたでやんすか? アネゴの実験にでも巻き込まれたんでやんすか」


 アネゴとはイリシアの事だ。彼女なら他人の姿ぐらい簡単に変えてしまえそうだ。モンスターによって力を奪われ若返ったより信じられる。


「にゃにゃ? おじい様とスモーク知り合いだったのかにゃ?」


「いや、俺から知り合いのニオイがしたんだと」


 ランがダニエルの様子を不思議がり尋ねた。スモークは適当に誤魔化しつつ事の成り行きがわからずにいるダニエルが余計なことを言わない様に。昔決めたハンドサインで「話を合わせろ」と伝えた。


「そうでやんす。スモークさんの懐からアネゴのニオイがしたんでやんす」


 ダニエルが口裏を合わせる。上手くサインが伝わったらしい。ついでに懐と言われてイリシアから頼まれていたことを思い出した。


「そうそう。この手紙をダニエルに渡すようにある人から依頼を受けててさ」


 懐に仕舞っていたイリシアの手紙を取り出す。ダニエルはスモークのニオイを嗅いだ時にこの手紙からイリシアのニオイも嗅ぎ取ったのだろう。


「そんな訳でオイラはスモークさんと大事な話があるでやんす。お父さんやお母さんが心配していたからランは早く元気な顔を見せてきてあげなさい」


「……分かったにゃ」


「レヴィヤはランについていてくれ」


 ランが少し不安そうな表情をしていた。こっちの話を聞かれても困るしちょうどいいからレヴィヤにランの付き添いを頼んだ。


「わかったわ」


 レヴィヤもそんなランの様子が心配らしくついていく気でいた。





 ダニエルの部屋に二人で入ると早速手紙を開いた。スモークの事も気になったが、イリシアの用事を優先しなかった事が彼女にバレたら後でどんな制裁が待っているか分からない。

 スモークは手紙を読んでいる間に何か時間をつぶすものはないかと部屋の中を見た。壁にはダニエルと家族が描かれた絵が飾られている。あとは仕事用の机と本棚とベット。シンプルな部屋で特に興味を引くものがなさそうだ。


「終わったんでやんす」


「もう読んだのか?」


 だま読み始めてから十秒もたっていない。そんなに短い内容だったのだろうか。


「読んだっていうか、直接脳内に情報を詰め込まれた感じでやんす」


「そうか……」


 きっとそういう魔法が込められていたのだろう。イリシアならそれぐらいのことをやりかねない。


「内容はアニキが子どもに戻った事に関してだったでやんす」


 これで説明する手間が省けて助かる。そのためにイリシアは手紙を持たせたのだろう。それなら手紙を渡すのにとくに期限が無かったのも納得できる。


「それと魔王を倒したときに何か気になることは無かったかと。読んでいたら急にあの時の場面が鮮明に浮かんできたので、たぶんそういった魔法も組み込まれてたんでやんしょ」


 そこまでやって体に悪影響は無いのだろうか。イリシアならその辺もなんとかしていそうだが不安に思う。


「それで何か気になることはあったか?」


「面目ないが何もないでやんす。魔王を後した後もオイラがいつまでもビクビクしていて皆に笑われていたのを思い出して恥ずかしくなったくらいでやんす」


 イリシアが灰も残さず消し炭にするまでダニエルはまだ生きてるんじゃないかと怯えていた。そして魔王の住処すみかを後にするまで何度も後ろを確認していたことを思い出した。

 もしかしたらそれはダニエルの第六勘が何かを伝えていたせいなのかもしれないとスモークは考えた。


「そうか、ありがとなダニエル」


「いえいえ。アニキのためならなんだってするでやんす」


「そうか、なんだってねぇ~」


 それならばついでにあのことも頼んでおくか。


「この感じはアンパンや牛乳を買いに行かされた時に似てるでやんすね。なにか欲しいでやんすか?」


「ランが欲しい」


 ダニエルをこっちの味方にしてランの夢を後押しいてやろう。そうスモークは考えた。


「いやいやさすがにそれはマズいでやんす。確かにランは超絶美少女で性格も素直で優しく、家事も戦闘も完璧にこなすパーフェクトガールでやんすが、アネゴが許さないでやんすよ」


 ダニエルが急に焦りだす。その内容を聞きながらスモークは考えた。

 スモークの敵は不明だ。多くの仲間は欲しいが、信頼できる相手でないと連れていくわけにもいかないし、自分の事情を話すわけにもいかない。ランはダニエルの孫だしその辺は大丈夫だと思っていたが、やはりイリシアにもちゃんと意見を聞いておくべきだったか。


「そうだな、イリシアにも聞いておくか」


 普段は風のように自由で何にもとらわれない雰囲気のイリシアだが、彼女に内緒で行動すると不機嫌になったりする寂しがりやな所もある。また仲間外れにされたと知ったら恨み言の一つも言われるかもしれない。


「通信ってどうやんだたかな……」


 イリシアの護りを取り出す。これに通信機能があると言っていたが使い方がわからない。


『手で持って通信したいと思えば繋がるよ』


「おう、そうかありがとう」


 イリシアの護りからイリシアの声がした。護りが光りだし、イリシアの顔が浮かび上がった。


『昨日レヴィヤから結晶を受け取った時にケーナモの森近くだと言っていたが何かあったのかい?』


「じつはギルドに新しい仲間を加えることになってな……」


 スモークがランと出会ってからの事や、ランが歌や踊りで生きていきたく、ギルドに入って一緒に旅をしたいと話していることや戦力としても期待で来る事を伝える。


「ランが欲しいってそうゆう意味でやんすか……」


 スモークの話を横で聞きながらダニエルが呟く。その声はイリシアと話しているスモークの耳には届かなかった。


「あの言い方じゃ嫁にでもやるのかと勘違いするでやんすよアニキ」


 自分が勘違いしたのが悪いのだが、スモークにももっと分かりやすい言い方をしてもらいたい。

 そんなことを思っている間も二人の会話は続いている。


『そうだ、せっかくだから今度連れてきてくれよ。私も直接会ってランの歌を聞いてみたくなった』


 スモークの話を聞いて興味をもったイリシアがスモークに頼む。ランのギルド参加は問題ないようだ。


『おいダニエル。必ずランを旅に出してやれよ』


「もちろんでやんす!!」


 反射で背筋を伸ばし敬礼する。イリシアの言葉は絶対だ。彼女の命にそむくなんて選択肢は彼には無い。


「ランにやりたいことがあるのなら自由に生きていいでやんす。無理にこの森のために身を犠牲にするなんて誰も望んでなんかいないでやんす」


 ランは文句ひとつ言わずに修行をしていた。飲み込みも早く教えたことをすぐに出来るようになっていたから兄弟の誰よりも熱心に色々な事を教えていた。ランから夢の話など一度も聞いたことがないから彼女もケーナモの森を守る一翼に加わるつもりなのだとダニエルは思い込んでいた。

 まさか家出するほどにまで彼女を追い詰めていたなんて思いもしなかった。それと同時にそんなランの思いに気付いてやれなかった自分が恥ずかしい。


『家族だって所詮は他人さ。言葉に出さなきゃ何も伝わらないよ』


「そうでやんすね……」


 イリシアにとって家族と呼べる存在はスモークだけだ。そして彼に彼女の思いが正確に伝わっているとはダニエルには思えない。


「アネゴも言葉で伝えたんでやんすか?」


『死にたいようだなダニエル』


 調子に乗って余計な事を言ってしまった。すぐに土下座の構えをとる。


「何でもないでやんす。いや~年を取ると変な事を言い出したりして困ってしまうでやんすね」


『そうか、空耳だったか』


 イリシアの怒りも収まったようで安心する。


『奥さんに会いたくなったら言ってくれ。私がすぐに会わせてやろう』


 やさしく微笑んでいる。ちなみにダニエルの奥さんはすでにこの世にいない。その彼女に会わせるという事はつまり……。

 彼女の怒りはまだ完全に収まっているわけではないようだ。


『さて、私もそんなに暇ではない。用事が済んだのなら失礼させてもらいたいのだが』


「おう、ありがとな」


「久々にアネゴの元気な姿を見れてうれしかったでやんす」


『ダニエルも元気でな』


 ペンダントから光が消える。イリシアとの通信が終わった。


「おじい様スモークとのお話は終わりましたかにゃ?」


 部屋の扉がノックされた。スモークが扉を開けるために向かう。


「スモークやったにゃ。旅を許してもらったにゃ」


 扉を開けた瞬間にランが抱きついてきた。嬉しそうに尻尾が揺れている。どうやらランの方は上手く話が進んだようだ。

 レヴィヤはランの背後でしょうがないと言いたげにランの様子を見ている。


「そうか、よかったな」


「ランや喜ぶのは早いでやんす。旅立つ前にまだやることが残ってるでやんす」


「え!?」


 ランの尻尾が垂れさがる。スモークはさっきの会話からダニエルが変なことを言うとは思わなかったが、何を言う気なのか興味を持った。


「成人の儀式をやるでやんす。それをすればお前も立派な大人。自分の道を自由に進むでやんす」


「でも成人の儀式は毎年一月に行われるものにゃ……」


 それまでは森に残れというのだろうか。ランはすぐにでも旅に出たい気持ちだというのに。


「たしかに儀式は新年の初めに前年で五歳になった者が山に向かいアイスローズを取ってくるというものでやんす」


 アイスローズは花が氷でできているバラだ。冬の雪山で育つので今の時期では咲いてはいない。


「でも大丈夫、別に半年も待てとは言わないでやんす。ようは立派に育った事をここに住む皆に示すことが出来ればいいのでやんす。ちょうどいい厄介事があるからその解決にラン達も協力してほしいでやんす」


「ラン達?」


 ダニエルの言い方がスモークは気になった。達という事はもしかして自分も頭数に入れられているのだろうか。


「そうでやんす。これはアニ、スモークさん達のギルドに依頼として参加してもらうでやんす」


 ランの手前、スモークと言い直す。


「俺達に何をさせるきだ?」


「最近変わったモンスターの目撃情報があったんでやんす。見た目はグールビーなんでやんすが色が黒いんでやんす」


 変わったモンスター。もしかしたらそれは自分達の探しているモンスターのうちの一体なのではないだろうか。ダニエルがこの話をしたのもそれが目的なのだろう。


「そいつらの巣はもう見付けてあるでやんす。それで今度部隊を編成して巣に攻め込もうって計画してるでやんす」


「そこに俺達も参加しろと?」


「そうでやんす。こいつらが普通のグールドと同じだとしたら女王を見つけ出し倒せば終わりでやんす」


 グールビーには餌を集める役、巣を守る役など役割分担がなされている。そしてそれを統括しているのが女王と呼ばれる個体だ。女王だけが子を産む機能があり、それ以外のグールビーはすべて女王の子どもだ。そしてすべてのグールビーと女王は精神の一部が繋がっていて女王の意思ですべての兵を動かすことが出来る。

 精神が繋がっているせいかその女王を倒すことで配下のグールビーは動かなくなる。


「ラン達が女王を倒せばいいにゃ?」


「出来るのならやってもいいでやんすが、女王は巣の最深部に居るっす。しかも女王が一番強いっす。だから女王の討伐は別の者に任せていいでやんす。ランには兵を二、三体倒して無事に帰って来さえすればいいでやんすよ」


 討伐隊に参加し、無事に戻ってきた。しかもちゃんと敵も打ち取った。それだけで成人として認める程度の功績にはなる。


「討伐隊にはオイラから話を通しておくでやんす。討伐隊は明日出発の予定でやんすから今日はゆっくりしていくといいっす」


 話が終わるとダニエルは部屋を出ていった。討伐隊に話をしに向かったのだろう。


「さてと明日までなにするか」


「ランは心配かけた皆に会ってくるにゃ」


 里に入った時の人の集まりようから自分の家出が良くない事だと理解したランは謝って回るつもりだった。


「私は暖かいお風呂に入ってベットで横になりたいわ」


 ずっと外を旅していたのだ。レヴィヤは風呂や柔らかなベットが恋しかった。


「じゃあ俺たちは宿探しだな」


 ランが心配だったが、これは彼女の問題だ。ランの謝罪についていくわけにはいかない。


「宿ならこの家を使えばいいにゃ。お客様用の部屋はいっぱいあるにゃ」


 ダニエルの家はけっこう広い。さすがわ魔王を倒した一人の住む家といったところか。


「それなら遠慮なく」


「じゃあお母様にお風呂の用意を頼んでくるにゃ」


 ランが廊下を走り去っていく。そんな彼女の後を二人は追いかけた。

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