VS.カマキリ
「お、あったにゃ」
ランがグールビーの巣を発見した。今日一日で三個目の発見だ。ランがなんとなく行きたくないと思う方向を探すとそこにグールビーの巣があるのだ。
「巣の捜索はもういいかな」
ケーナモの森を目指して旅に出てからもう三日たっている。明日には目的地に着くだろう。その間に見つけた巣の数は八箇所。一箇所見つければ充分だろうぐらいに考えていたのでこれは予想外の成果だ。そのほとんどがランのおかげなのだから、彼女には感謝してもしきれない。
「う~やっぱり気が重いにゃ……」
ケーナモの森はランの故郷だが、彼女は家族に黙って家出中の身。スモークとの約束で一緒に旅をするためには一度家族と話をし、ちゃんと認められてから旅立たないといけないのだ。
そのことを考えると足が重く感じる。
「まだ目的地までだいぶ時間あるんだ。今から気にしたって疲れるだけだぞ」
「それもそうにゃ……」
ひとまず巣の近くを離れるために動き出す。
しばらく歩いているとランがまた立ち止まった。
「どうしたのよラン?」
レヴィヤが心配して尋ねる。
「なんだか嫌なものが近付いてきているにゃ」
巨大なカマキリが目の前に飛び出した。その胸のあたりに見覚えのある黒い結晶が見えた。
「スモーク、あいつの胸……」
「あ……」
レヴィヤに言われ、スモークも気付いた。それはスモークの力を奪ったものに繋がるカギだ。
「二人とも逃げるにゃ。あれはすごくヤバい気がするにゃ」
「悪いなラン、あいつには用事があるんだ」
「あの胸にある結晶。私達はそれを集めているんだ」
黒い結晶を前にスモーク達に逃げる選択肢はない。ランも二人に様子に覚悟を決めた。
「キュイキュイキュイキュイ――」
カマキリが鳴きながら右のカマを振り上げた。スモークが二人の前に出て短剣でカマを受け止める。
左のカマが横薙ぎに振るわれる。魔法の盾を出して止めようとする。盾はすぐに壊れたが三秒ほど稼げた。その隙に後ろに飛んで攻撃を避けた。
服が少し切れたが体に被害は無い。飛びのいたスモークの背後からランが飛び出しカマキリの顔面に膝蹴りを食らわす。
「キュキュウ――」
カマキリが苦しそうな声を上げる。顎から緑色の液愛が垂れていた。
攻撃した勢いで後ろに飛んだランをカマキリが睨んだ。右のカマを振り上げる。空中にいるランには避けるすべが無い。
「盾よ、迫りくる脅威を止めよ。マジックシールド」
スモークが魔法の盾をランとカマキリの間に出す。
「ラン、それを使え」
ランはスモークの考えをすぐに理解した。盾を蹴って方向転換し、カマを避けることが出来た。
「氷の槍よ、その鋭き穂先で敵を刺し貫け。アイスランス」
ランを狙った右のカマに氷の槍が当たる。氷の槍が砕け散った。カマは無事なようだ。
「そんにゃ、レヴィヤの魔法が効かにゃいにゃんて……」
スモークはその様子を黙って見ている。ランの攻撃で顎から血を流しているのだ。全く攻撃が通じない訳がない。考えられる可能性は二つ。
「氷の魔法に耐性があるか、あのカマが異常に硬いかだ……」
試してみよう。
「ラン、左のカマを抑えてくれ、俺は右をやる。その隙にレヴィヤは胴体を狙って魔法を撃ってくれ」
スモークが指示を出しすぐに行動に移す。短剣をカマに当ててカマキリの腕を広げる。
「ほいにゃ~」
ランが左のカマに繋がる関節を腕と尻尾で抑え込む。これなら相手の攻撃を食らうことなく動きを止めることが出来る。
「氷の槍よ、その鋭き穂先で敵を刺し貫け。アイスランス」
氷の槍をカマキリに向け放つ。
「キュキュウ――」
狙いがじゃっかんずれ、胴に小さな穴をあけたが致命傷には至らなかった。
「やったにゃ」
「カマが特別に
「了解した」
再びレヴィヤが呪文を唱えだす。カマを抑えている今ならもう一回攻撃が可能だろう。
カマキリの腕に黒い
「まずい」
「ふにゃ~」
カマキリが力任せに腕を振るった。スモークとランが吹っ飛ばされる。
「キョエエエ――」
空中の二人にカマが迫る。スモークはとっさにランをレヴィアの方に向けて蹴った。
その勢いで自分の位置も少しずれる。だがカマの軌道から完全に逃れる事は出来なかった。
「スモーク!?」
成り行きを見ていたレヴィヤが叫ぶ。魔法が中断され消えてしまったが、そんなことに構っている場合ではない。
その時、スモークの体から虹色の光が放たれた。カマがスモークの体数ミリ前で光によって止められている。スモークが自分の胸で光を放つペンダントに気付いた。
イリシアの護りが主のピンチに自動的に発動したようだ。
「サンキュ、イリシア」
この場には居ない幼馴染の顔を思い浮かべながら礼を言う。
「大丈夫なのかスモーク?」
「ああ、イリシアが守ってくれた」
ペンダントの防衛機能をオフにする。発動していられる時間には限りがあるから無駄に消費してはいられない。
「そっか師匠が……」
ゆっくり話をしている暇はない。スモークが無事だとわかるとまたカマが振るわれる。
いくらイリシアの護りがあるからって過信してはいけない。今回は大丈夫だったが次も平気とは限らないのだ。短剣を使ってカマの連撃を防いでいく。
カマの攻撃を受けるたびに短剣の刃は欠け、壊れてしまう。この剣が魔力を込めれば刃が元に戻る魔剣でなかったら今頃自分は生きていないだろう。
「氷の槍よ、その鋭き穂先で敵を刺し貫け。アイスランス」
少しでもカマキリの気をスモークからこちらに向けようと魔法を放つ。カマキリがそれを弾こうとカマを動かした。
「ランも忘れちゃダメにゃ」
槍の下に隠れランが走る。尻尾でカマキリの腕をつかんだ。槍が関節に当たるようにずらす。
ランの狙い通りに片方のカマが宙に飛んだ。
「これはおまけにゃ」
「キョエエエ――」
飛んだカマの背を蹴って、無事な方のカマを狙う。痛みで苦しんでいるカマキリは動きを止めていて容易に破壊することが出来た。
「今だ!!」
スモークが巾着に手を突っ込む。イリシアからもらった水晶を取り出すとカマキリの胸を目指して駆けた。
カマキリがスモークを睨む。取れたカマが黒い煙になる。
「スモーク、逃げるにゃ」
ランの野生の勘が警告を発する。スモークは警告に従い離れた。スモークがいた位置に黒い靄の集まった何かの攻撃が通り過ぎた。
カマが変化した煙がカマキリの腕に集まり、人間の手のようになっていた。そしてその手に
「何にゃ、あれ?」
「あれは太刀だな。鍛冶師の街で見た事がある」
「そっちじゃにゃい。なんで取れたカマが別の武器になるにゃ。しかもあの手、人間みたいだにゃ」
説明をと言われても困る。スモークにもよくわからないのだ。
「悪いがそれは俺たちもわかんない。あの黒い結晶のせいだって事は分かってるんだが、その黒い結晶が何なのか、それを調べるのが旅の目的の一つなんだ」
カマキリが刀を鞘に納め、居合の構えを取っている。そのまま走る。周囲に生えた木を足場に縦横無尽に飛んでいる。
スモークが背後から気配を感じた。ジャンプして避ける。
さっきまでスモークが居た位置を刀が通過した。
「危なかっ……」
安心したのもつかの間、左腕に痛みが走った。骨の折れる音が周囲に響く。
刀は避けたはずなのになぜ……。
そう思って左を見ると刀の鞘が当たっていた。刃は囮。仮に刃を避けても鞘で仕留める。そんな二段構えだったようだ。
吹っ飛ばされて木にぶつかる。イリシアの護りによって木に当たった時の痛みは無かった。スモークの持っていた水晶が地面を転がった。
「弱りし体に活力を取り戻し、その怪我を治したまえ。ヒーリング」
回復呪文を唱える。木にぶつかる時はイリシアの護りが働いた。でも鞘が当たった時には発動しなかった。自分も痛みがするまで鞘で攻撃されたことに気付かなかった。それだけ攻撃が早いのだ。
刀をまっすぐに構えスモークに向かってくる。突きの構えだ。痛みで回避できない。
「アイスランス」
カマキリが向かってきた氷の槍を刀で弾き飛ばす。カマキリがスモークに迫る。
ランが木を蹴り空中に飛んだ。弾かれた氷の槍を掴みカマキリに向けて投げた。カマキリが後ろに下がった。カマキリの目の前を氷の槍が落ちる。
「こんちくしょう」
痛む体を無理やり動かす。地面に刺さった氷の槍を取ると、カマキリを攻撃する。
カマキリが突きの構えを取り迎え撃つ。
「させにゃい」
ランが空から落ちてきて、刀の峰に着地した。刀が下がる。刀の上で回転し、尻尾でカマキリの顔面を叩いた。
スモークの持つ槍がカマキリを貫いた。
「スモーク」
レヴィアが水晶を拾いスモークに投げた。受け取って胸の黒い結晶に当てる。
「キュイー」
カマキリから黒い煙が噴き出し水晶の中に吸い込まれていく。
「終わったにょか?」
「おう」
水晶の中に完全に封印することが出来た。そこにはカマキリの死体だけが残っている。
「これは私が師匠に送っておく。スモークは少し休んでいて」
レヴィヤが水晶を受け取る。あとのことは彼女に任せ、スモークは少し休むことにした。
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