VS.花とカブト虫

 グールビーの巣を探して三人は歩いている。


「お、あの花綺麗ね」


 レヴィヤが紅い花に近づく。


「レヴィヤ、離れるにゃ」


 ランの野生の勘が危険信号を発した。紅い花が良くない気配を感じる。


「え?」


 ランの忠告に振り返る。その時、地面から触手が伸びレヴィヤの足を掴んだ。そのままレヴィヤが逆さ吊りになる。驚いて魔法の杖を落としてしまった。

 地面から大きな花が顔を出す。花の中心に口のようなものが見える。


「植物型のモンスターだったか。あの頭に付いた紅い花で獲物を誘い出し捕食するんだな」


「冷静に分析してないで助けてくれないかな?」


「おっとすまない」


 短剣を取り出しレヴィヤの捕まっている触手を斬りに行く。そんなスモークを新たな獲物と見たモンスターが彼に向けて何本もの触手を伸ばす。


「ラン、そっちは任せた」


「ほいにゃ~」


 スモークの背後からランが飛び出し、スモークの肩に手を置いて回転する。ランの両足と尻尾がスモークに迫る触手をすべて同時に弾いた。

 ランがスモークから離れる。スモークは弾かれた触手を足場に上に飛んで行き、レヴィヤを捕らえている触手を斬る。斬られた触手からドロッとした液体が飛び出しスモークの頬にはねた。

 落ちてきたレヴィヤをランが受け取る。スモークは着地するとレヴィヤの杖を回収しその場を離れた。


「すまない。助かったわ」


「無事でよかったにゃ」


 植物モンスターが暴れている。触手が届く位置に何も居ないとわかると暴れるのをやめ、地面に戻っていった。


「あいつはその場から動けないから、攻撃範囲から逃げさえすれば安全だな」


「あいつどうするにゃ?」


 ランが植物モンスターが埋まった地面を眺めている。


「別にどうもしないさ。さ、行こうぜ」


 スモークが歩き出し、レヴィアが続く。


「冒険者はモンスターを倒すものじゃにゃいのか?」


「他の奴は知らねえが、倒す必要のないモンスターをワザワザ倒さなくたっていいと俺は考えてるんだ」


 こちらを攻撃してくるモンスターなら生き残るために戦うし、食べるために狩ることもある。だが人間を襲わないモンスターを無意味に倒す必要は無いと考えている。


「そうなのにゃ。ランは冒険者はモンスターを見つけたら片っ端から倒す存在だと思っていたにゃ」


「魔王が生きてた頃と違うんだ。全てのモンスターが狂暴な訳じゃないし、無駄にモンスターを狩っていけば生態系が崩れちまう」


 もっとも、戦いが大好きで片っ端からモンスターを狩りまくる冒険者もいなくはないだろう。これはあくまでスモークの考えであり、このギルドの方針である。


「スモーク、ほっぺに何かついてるにゃ」


 ランがスモークの頬に付いたモンスターの体液を舐め取る。


「甘いにゃ~」


「ちょっと、そんな得体のしれないもの舐めて毒があったらどうする気なのよ」


「その時はスモークに何とかしてもらうにゃ。それより甘い匂いに我慢できなかったにゃ」


 スモークは状態異常を治す魔法を覚えている。それでも何でも治せるわけではない。それに即死するような毒だったら治す暇などないだろう。もっとも、スモークの肌に暫くついていても痛みは無かったし無害な可能性は高かったのだが。そこまでの事をランが考えていたようには思えない。


「獣人には第六感と言われる高い危機察知能力を持つ者が生まれやすいと聞いたことがある。もしかしたらランはそういう力があるのかもな」


「だから私が花に近づいた時すぐに止めたのね」


 二人でランを見る。彼女の仲間入りは戦力だけでなくギルドにとって良いものだったかもしれない。


「もっと舐めたいにゃ~」


 ランがスモークが切った触手とそこから垂れている液体を眺めている。その無邪気な姿を見ると、とてもそんな頼りになる存在には思えないから笑えてくる。


「近付くのはやめとけよ」


 スモークが注意する。触手が落ちているのは植物モンスターのテリトリーだ。下手に近づくのは危険すぎる。

 そこへ甘い匂いに誘われた人の顔ほどの大きさのカブトムシのようなモンスターが複数匹飛んできた。


「ああなるからな」


 カブトムシが植物モンスターによって捕らえられ、食われている。


「傷を負っても、そこからさらに獲物を呼ぶ罠を仕掛ける。よく考えてるわね」


 レヴィヤが感心しながら眺める。


「ところであの虫モンスター、スモークの事見てない?」


「スモークからも甘い匂いまだしてるにゃ。だから見てるにゃ」


「ってことはヤバくないのか?」


 レヴィヤが杖を強く握る。スモークも事態を察して短剣を構えた。


「スモーク、あれはなんてモンスターにゃ?」


「あいつはキャノンビートル。角の部分に穴が空いてるだろ。そこから空気の塊を飛ばしてくるんだ」


 カブトムシ達がスモークに向かって飛んでくる。数は十五匹。


「氷の槍よ、その鋭き穂先で敵を刺し貫け。アイスランス」


 カブトムシに向かってレヴィヤが魔法を放った。だが目標が小さく当たらない。今までは敵は大きく、しかもスモークが足止めしていたので簡単に当てることが出来た。だが今回は小さく、複数いる。

 どこを狙っていいかもわからず闇雲に撃ったのだ。当たるわけがない。


「いっくにゃ~」


 ランがジャンプし空中で回し蹴りをする。二匹にランの足が当たった。ランの蹴りを避けたカブトムシの内、一匹はランの尻尾があたり地面に落ちた。

 ランの攻撃では致命傷にはならないらしく、地面に落ちたカブトムシもしばらくしてまた動き出す。


「攻撃は当たるが一撃が弱いのと、当たるとデカいが命中精度が悪いのか……」


 カブトムシ達の集中攻撃を避けながら二人の様子を見ている。カブトムシ達はスモークから出る甘い匂いにつられランやレヴィヤには全く興味がないようだ。

 相手は複数で、しかも空中を飛んでいるのだ。他の二人に向かった時それを阻止するのは難しい。ランならその攻撃も避けれるだろうが、魔導士であるレヴィヤは無理だろう。だから攻撃が自分に集中しているのはありがたい。

 カブトムシが突進してくる。それを避けたタイミングで別のカブトムシが空気の塊を撃ってくる。


「盾よ、迫りくる脅威を止めよ。マジックシールド」


 魔法の盾で空気の塊を止め、突進してきたカブトムシの羽を切り落とす。地面に落ちたカブトムシを植物モンスターのほうに蹴った。あとは植物モンスターが処理してくれるだろう。


「にゃるほど、そうすればいいのにゃ」


 そんなスモークの様子を見ていたランが両手、両足、尻尾を使って四匹のカブトムシを殴り飛ばした。レヴィヤに向かって一列に飛んで行く。


「レヴィヤ、後は頼むにゃ」


「え……え?」


 レヴィヤが慌てて呪文を唱える。アイスランスが向かってきた四匹をいっきに貫いた。


「ラン、こういうのは行動の前に説明をしてくれ」


「ごめんにゃ。でもレヴィヤにゃら間に合うと思ったにゃ」


 言いながらまた二匹をレヴィヤに向かって飛ばす。ランの動きは戦場にいるのにまるでダンスを踊っているようだった。レヴィヤが呪文を唱えている間にさらに三匹の虫を攻撃する。

 カブトムシ達がラン達を警戒し始める。空気の塊をランに向けて撃つ。複数の弾がランに迫る。ランは紙一重で空気の塊を避けていく。避けながらもカブトムシに攻撃を当てていく。


「戦いの才能があるってのは本当なんだな」

 

 そんなランの様子を見ながらスモークが感心する。


「っと、こいつで最後だな」


 スモークが植物モンスターに向けてカブトムシを飛ばし、彼に向かってきていたカブトムシは全部片付けることが出来た。

 レヴィヤのアイスランスによって倒されたカブトムシを見る。胴体には大きな穴が空いているが、角の部分は無傷だ。


「これなにかに使えっかな?」


 とりあえず角を回収する。依頼案内所に持っていけば金になるかもしれない。

 残った胴体を植物モンスターの近くに転がす。そしてそれを取ろうと迫ってきた触手をスモークが短剣で切った。


「モンスターを呼び寄せる液。何かに使えるかもしれないからな」


 すべてのモンスターに有効なのか、一部のモンスターしか呼び寄せないのかわからないけど、これはこれで何かに使えそうだ。

 手に入れた触手と角を巾着にしまう。


「触手切っちゃっていいのかにゃ?」


「大丈夫だろ、もともと切られてもそこから甘い匂いの液を出す仕組みなんだ。切ってもしばらくしたら回復するだろう」


 結局、触手を三本切り持っていく。代わりにカブトムシの胴体はすべて植物モンスターの食事になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る